五話 いざや討たん元凶! 鬼を斬るため修羅と成りし候

5-1


 ラシャは夢の中に沈んでいた。はっきりと夢と解ったのは、自分の心臓からシュリの声がしたからであった。

 シュリの死より数日。ラシャはずっとこの夢を見ている。お喋りな心臓はシュリとの最後の寝物語をろうずる。


「良いですか。異星の異邦人たちの持ち込んだナノマシンは、地球の人類のある機能に強く反応する性質があります」


 最期の夜、シュリはラシャに様々な事を語った。例えば、異邦人と一時旅をした話。例えば、蝦夷えぞの地で天狗を見た話。あるいは、神木デバイスの構造について。あるいは、ナノマシンの扱い方など。

 あの夜、疲れたラシャが寝付くまで、シュリは様々なことを教え込んだ。まるで自身の最期を予期しているかのように。


「異星のナノマシンが好む地球人の性質、それは感情です。基本的には負の感情をナノマシンは好み強く反応します。ですが、負の感情だけでは物事はうまく行きません。だからナノマシンの制御のため、“祈る”のです。誰かの平穏、幸せ、成長を、あるいは時に自身のために祈ることでナノマシンを強く従えることができるのです。故にこそ、木工デバイスの内部には経文を書き記す。木工デバイスの装着者の感情に限らず、一定の効果を持つように」


 ラシャは次の日もまたシュリから色々聞けるだろうと、明日が来るだろうと疲れから徐々に眠りに落ちる。この日も血を流し過ぎた。木工デバイス以外の部分は、人間の自己治癒力で直すしかないのだから。


「だからナノマシンを飼いならすのです。祈り、願い、想い、そしてなにより愛することで……ふふ、眠れる時に寝るのが良いでしょう。明日のことは明日考えても良いのだから。しかし、ああ、弱い拙を、どうか……」


 そうして、いつかロナが口ずさんだ歌をシュリは鼻歌で歌う。

 ラシャはきりきりと痛む自身の胸に飛び起きて呼び掛けようとする。だが手足が動かない。違和感を感じて見てみれば、ラシャの手足には口と目が乱立し、その口が息も絶え絶えなナカン僧正の声で告げてくる。


「ラシャよ。仇を討ってくれ。シュリが訪れ、急に儂らを襲ったのだ。どうか、この育ての親の最期の願いを聞いてくれ」


 ラシャは自身の手足に不気味に蠢く老人の目と口に聞きたかった。何が嘘で、何が本当で、どうしてそんなことを告げたのか。だが体は動かず、自身の口が勝手に動いてそこからナカン僧正の声がする。


「仇を討つのだ。世のために、人のために、儂のために、ロナのために」


 決まって悪夢はそこで覚める。自分の心臓の音は変わりなく、神木で出来た手足に異常もない。だが、連日の悪夢は、確実に心をすり減らしていった。




 ヨウコウ市より沙羅しゃら寺への旅路で、ラシャとスエは何度かシュリの身に何が起きていたのかを考えて話し合った。

 あの日目覚めた後、ラシャたちはシュリの遺体を調べたが、何も殺害犯の手掛かりはなかった。どうやら強靭な力で、シュリの生体部分を何かが内側から的確に引き裂き、それが死因であったことが解った。また木工デバイスの中のナノマシンが枯渇していることも特徴的だとスエは言う。


「基本的に、木工デバイス内のナノマシンはそう簡単には霧散しません。それこそラシャさんの魔刀、非想緋緋蒼天ひそうひひそうてんみたいな、ナノマシンをどうにかする物なら違うかもしれませんが」


 しかし、漠然とではあるが、誰が、あるいは何が関係しているかは想像できた。

 ナカン僧正が鬼の血ドライブの製造に関わっていたのが事実であり、その関係者が未だに生きのこっていたならば、これは間違いなく警告だ。もはやこれ以上踏み込むなと。シュリが警告したその先に、何かがある。

 ならばこそと、ラシャたちの次の旅の目的地はラシャが居た沙羅しゃら寺へと向かうことになった。もはや兄弟子の仇にもなった事件の全容を知るために、数少ない手がかりを手繰るため。

 シュリの錫杖はロナの杖代わりに、遺品として貰うことになった。ロナもシュリの死は理解しているのか、寝床に入ってから件のシュリの歌を嗚咽交じりに諳んじている。それを、スエは聞かぬふりをし、ラシャはロナをあやしながら寝付いていた。



 ヨウコウ市より山道を行き、霊峰を越えて数日。山奥にその寺は有った。

 とう余り五つ前の年に起きた大火の折には人々を助け、市井の人々にとっても信仰の的になりつつあった沙羅しゃら寺は、その名が示す様に夏椿の木々に囲まれている。季節は初夏。今まさに白い花をつける季節であった。

 変わらぬ田舎の旧道をラシャが案内する。


「こっちです。この千段階段を上がれば、そこが沙羅寺です」

「うわぁ……すごい、今時こんなのあるんだ」


 スエが遥か高く遠くに小さくある鳥居までの距離を見ながらぼやいた。

 不思議と夏を思わせる類の虫の声はしておらず、それが救いのように感じられる。


「足腰を鍛えるため、ということだそうで……急ぐものでもありませんから、ゆっくり行きましょうか」


 ラシャが先行し、揺れる夏椿に見下ろされながら、三人は階段を上がっていく。しかし階段の中頃で、何かを感じ取ったのかロナの足が止まる。その様子にラシャが数段階段を戻り、俯くロナの顔を覗き込む。


「ロナ? 疲れた? ごめんね、一人置いて行くわけにいかないから」


 ロナはラシャのその気遣いに首を振る。

 スエは、ロナが最初と比べてずいぶんと表情豊かに意思を示すようになったと感じた。そういえば、この旅路において、ロナが回復していく理由は何なのかも謎のままだ。ロナが感情豊かになっていく切っ掛けがあったはずだが……いや、今はこのことを考えても仕方がない。

 などと、スエは一先ず思い浮かんだことを後にする。


「やっ! いや! やだ!」


 何せ、スエにとって初めて目の前でロナが声を荒げたのだから。

 ラシャは困り顔でどうしたものかと腰をかがめてロナと視線を合わせる。


「困ったな。少し待っててもらうのは駄目だよなぁ。どうしよう。できれば自分で歩いてほしいし」


 まだ半分ほどある長い階段をラシャは見上げてため息を漏らした。


「ねぇ、何が嫌なの? 疲れた? 休む?」

「嫌なモノは嫌!」


 ロナは視線をそらした。


「うーんと、何が嫌なの?」

「言いたくない」

「えぇ……それじゃ解らないよ。おんぶする?」

「違う!」

「じゃあ、ちょっと待ってて。僕一人でサッと行ってきて……」

「駄目! ラシャの分からず屋!」


 その後も頑として階段を上るのを嫌がるロナに、次第にラシャにも眉間にしわが寄る。連日の悪夢でラシャにも余裕がなくなって来ていた。ラシャは半ば無意識に自身の髪をもみくちゃにする。

 夏椿の花の寿命は短い。ロナを説得しようと試みる間に、白い花たちに元気がなくなっていく。そうして次第にラシャの語気も強くなっていく。


「だから、行かなきゃいけないんだ、ロナ。解ってよ。我儘やめてよ」

「嫌だって言ってる!」

「もう! 怒鳴らないでよ!」

「怒鳴ってるのはラシャだ!」


 流石に見かねたスエが割って入る。


「ああ、待って待って。一旦脇に座って、冷静に、ね?」

「そんな時間も無いです。夏でも日は暮れるんですから」


 ラシャはスエの方を見ないでぶっきらぼうに言葉を投げた。

 スエは苦笑いをしながら、冷静に成る様に諭す。


「私にまでイライラしないで。気持ちは解るけど」


 ラシャはその一言にムッとしつつも、少し冷静さを取り戻した。


「あ、すみません。その、そんなつもりじゃ」

「こういう時は、逆の立場で考えれば良いんですよ。ロナちゃんの立場で考えてみましょ?」

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