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「元気にしていたと聞きましたよ、ラシャ」


 シュリは地面に倒れ込んだスエを道の脇に丁寧に寝かせて続ける。


「会うのは七年ぶりですか。兄弟子に挨拶を忘れていますよ」


 その表情は決して微笑まず、とても冷たい視線を投げかける。それに対しラシャも嫌悪の視線で応える。


「お前、お前なんかが兄弟子なもんか! ナカン僧正から聞いたぞ!」

「ほう、あの死にぞこないはまだ喋る気力があったとは」


 ラシャは背負っている非想緋色蒼天ひそうひひそうてんに手をかける。


! 僕らの育ての親のであるはずのナカン僧正を手にかけ、ロナに心の傷を負わせて……ミゼンもワトもオダもコマリもソウリもデンもジモもマウリもヒセもカイトも、みんな、みんなあんな死に方をしていい人たちじゃなかった! 良い人だったって、お前が一番知ってたくせに! ……あなたが教えてくれたはずなのに。それなのに!!」


 シュリは冷たく鼻で笑った。


「余程、あの古臭くかび臭い寺がお前は気に入っていたのですね。やはり、ラシャはあの寺を知らなかったようだ」


 そう言ってシュリは赤黒い液体が入った瓶を取り出して見せる。


鬼の血ドライブは、異星の技術であるナノマシンを活性化させるためのものです。ご存知でしょう? あなたたちはその買い手を求めてここに来た。なぜなら、あなたもまたドライブを求めている。そうではないのですか?」


 ラシャはその言葉に疑問を浮かべる。


「何を言ってる? 僕が? 確かに買い手を追ってきた。でもそれは僕が欲しいからじゃない」


 シュリは少し微笑み、小さく「そうか」とこぼして続ける。


「では教えておきましょう。あの寺の裏の顔は『ドライブの生産』です。ナカン僧正はその元締め。ナノマシン培養槽をあの爺が持ってきた時点で察しておけば……寺はああはならなかった」


 ラシャは首を振ってシュリの言葉をかき消そうとする。


「嘘だ。お前はもう嘘をついていた。あの日々を、お前は嘘にした! なら、その言葉だって嘘かもしれないじゃないか!」

「嘘ではありません。あの寺は焼かれるべきだった。もっとも、拙が直接手を下すことも無く、ドライブの培養槽の暴走の結果があの惨状でしたが。これだけは決して嘘ではない、事実です」

「信じない。信じられるか! ナカン僧正はそんなこと、一言も……」

「信じようが信じまいが、拙にはもう一人、殺さねばならない者が居るのです」


 そう言って、シュリは青い鬼の面を付け、手に持っていたドライブの瓶を握りつぶす。すると瓶の中にあった赤黒いナノマシンがシュリの体に吸い込まれていく。ナノマシンは、シュリの体を漆黒の影となって覆い、まるで闇夜をそのまま毛皮にした狼のような、しかし頭上に牡鹿を思わせるゆうゆうたる角を持つ姿に作り変える。青い鬼の面を付けた漆黒の狼。その毛皮は不気味に蠢きまわり、まるでその体をむさぼる蛆のようでもあった。みるみるうちにその右腕が肥大化する。

 次の瞬間には大きく跳躍し、そのまま肥大化した右腕でロナを叩き潰そうとする。ラシャはロナを庇い、からくも攻撃を回避する。

 喉に痰の絡まったような声でシュリが、漆黒の獣が鳴く。


「さあ、戦いなさい! 己と己の大事な人の運命など、自力で捻じ曲げるために!」


 ロナを立ち上がらせ、庇うようにラシャは漆黒の獣と相対する。

 その背中で非想緋緋蒼天ひそうひひそうてんの鯉口が独りでに鳴った。


「やっぱり、お前は……僕らの知っていたシュリ兄ではなくなっていた」


 ラシャは赤い鬼の面を付ける。

 決して、手心を加えることなどないように、仇と信じた相手を斬るために。己の心を修羅に落として……。


「僕は、仇を取る! そのために、この心臓はまだ動いているのだから!!」


 ラシャの神木デバイスが彼の体を神速にまで押し上げる。脈打つ心臓が彼の時間を倍速させ、世界を置き去りにする。そして引き抜いた魔刀、非想緋緋蒼天ひそうひひそうてんを漆黒の獣を斬りつける。

 だが、獣の毛皮の一部が赤黒い霧になって弾けるだけで、その肉を、その内部の者まで届かない。


「その魔刀の使い方が解っていないのでは、拙に一太刀浴びせる事すら難しい。やり直せ!」


 そして、こうやるのだと言わんばかりに、姿を変えた際に地面に落とした自身の錫杖を足で器用に掴み取り、錫杖に祈りを込める。すると、錫杖の周囲に赤黒いナノマシンが集まり、錫杖より巨大な大鉈へと形状が変わる。否、正しくはナノマシンで刃を作り出したのだ。

 そして、その刃でラシャを横薙ぎに払う。錫杖自体は魔刀で止めれても、ナノマシンの刃までは防げない。その捉えることも難しい刃がラシャの脇腹を切りつけながら、巨大な獣の膂力が小さな体を吹き飛ばす。


「神木デバイスを持っていながらその程度とは! 木工デバイスの中に経文がある意味を考えたこともないようですね。己の中のナノマシンが飼いならせないのでは意味がない。ナカンの爺も無駄死にだったと!」


 ラシャは竹林に体を投げ込まれ、切られた脇腹を抑えながら立ち上がる。

 ナノマシンの扱いに関して、シュリの方がラシャより遥かに格上であった。その事をラシャは身をもって知り始めた。だが、退くわけにもいかない。シュリは、あの漆黒の獣はロナを狙ってきたのだから。

 血が抜けていく最中、ラシャはどこか冷静に考え始めていた。

 体外にナノマシンを放出する方法があり、シュリはそれをやってみせている。ナノマシンを飼いならす? 木工デバイスの中に経文がある意味? 何故、そんなことを、まるで教えるように……?

 だがそんな考えを邪魔するように、漆黒の獣が空に向かって吼える。竹林がけたたましく共鳴する。


「怯えて出てこれないか。ならば、まずは一人殺すまで!」


 漆黒の獣の振り下ろした大鉈がロナに迫る。迷っている暇もなく、ラシャはロナを庇うために前に出る。今度は防げた、ということも無く、大鉈のナノマシンの刃がラシャの肩を深く切り裂いた。

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