4-3
スエの中でロナと言えば、すっかり抜け殻になって静かになっているイメージが定着していたため、恨めしそうに当時の悪戯への苦労をどこか楽しそうに語るシュリの話に聞き入り始めていた。
ロナはラシャより年下で、どこかからかナカン僧正が拾ってきた子供であったという。ラシャと違い行儀が悪く、悪戯を好み、じっとしていられないタイプの子であった。
時にお堂の仏像に落書きをし、時に食堂にカエルを投げ込み、屋根や木に登るのは日常茶飯事。いくつか危険な悪戯をした時はロナの頭に拳骨を落としたこともあるという。
すっかりロナに手を焼いていたが、ある時ラシャとロナの会話を意図せず盗み聞いてしまったとシュリは申し訳なさそうに言う。
寺の庭、御神木のすぐ下で、それはこんな会話だった。
「ロナ、僕は悪戯はどんなに誘われてもしないよ。ねぇ、どうして悪戯をするの? みんな困ってるよ」
「んなもん、大人たちが右往左往するのが楽しいからだ! あいつらいっつもデカい態度で、この間なんて殴って来たんだぜ? そんなに自分たちがすごいなら俺がやることぐらいどうにかしろってんだ」
「そっか、ロナは止めて欲しいんだ」
「はあ!? ち、ちげぇし! そんなんじゃねぇから! お前に何が解んだよ!」
「解るよ、少しだけ。大人って、結構頼りないよね」
「なんだよ……どうせ……どうせ、いつも一人でいるお前には解らねぇんだよ」
「そうかもしれないね」
「あ、ごめ、そ……んああ! ちげえ! そこは『じゃあ教えて』って言えよ! だからさ、その……なんか嫌なんだよ、お前が独りで居るの、なんか……悲しい」
「え? なんで? あ、そうか、ごめん。うん、解った。悪戯は参加しないけど……その……一緒に遊んでくれる? って言うので合ってる?」
シュリは二人の会話を聞かなかったことにして、ロナの悪戯に厳しくしすぎないように気を配る様にした。ラシャも皆の輪に加われるように気を付けた。もちろん、ロナも一緒に。
次第にロナの悪戯は簡単なものに変わったが、どう見ても二人がかりで行われているものに変わった。そうして、ロナの悪戯が止むにつれて、ラシャが明るく笑うようになった。赤ん坊のころから知っているラシャのその笑顔に、シュリは無上の喜びを胸に感じていたという。
そんなシュリは敬虔な僧として経験を積むため、
だが、出迎えた寺は既に形が変わっていた。
シュリが寺に着いたのは、天をひっくり返したような雨の降る日だった。
どうやら、シュリが寺に帰ったのは、寺が何者かに襲撃された直後であったようで、寺には火が放たれていた痕跡があり半分以上が消失していた。その様に、シュリは“家族”のこと、ラシャとロナのことでいっぱいになり、何も考えずに寺の中に駆け込んだ。
かつて同じ釜の飯を食った兄弟弟子たちが見るも無残な姿で死に絶え、寺のあちこちにまるで塵屑の如く散乱する様はシュリに強い精神的苦痛を感じさせるに余りある物だった。
そんな中で、血の海に沈んだラシャを見つけた。その姿はまるで神話の蛭子の様に、両手足が無く、挙句に胸は陥没し、首には咬み跡があった。流血が激しくその様に血の気が引いたが、そんなシュリに話しかける者が居た。
「お、おお、シュリか。立派になった。だが、すまない。出迎え、どころではなくてな」
振り返ると、そこには腹から血を流して息を荒くする住職ナカン僧正が居た。ナカン僧正に何があったのか聞くと、僧正は首を振って応える。
「わからん。ただ、鬼が現れ、皆を襲った。それより、ラシャは生きて居る。手を貸してくれ。ワシはまだ大丈夫だ。それよりラシャだ。まだ、助かる」
ナカン僧正の指示の元、シュリはラシャの傷を手当てし、あるいは更に傷を抉り、僅かに、しかし不規則に脈打つ心臓を何とか動かそうとした。ナカン僧正は、その事態を変えるため、寺の神木を切り倒すように指示。神木は切り倒すまでもなく根元から折れており、伐採の必要もなかった。
ラシャはただ、朦朧としながらもロナの名を呼び続けた。
シュリは自身の左腕の木工デバイスをバラして、その内部のナノマシンと神木を使って、僧正の指示の元にラシャの新しい心臓を作り出した。
「ラシャ、そうだ! 生きろ! もっと喋るんだ! 生きていると見せてくれ! 頼む、頼む! 話したいことがいっぱいあるんだ!!」
そうしてラシャは一命を取り留めたが、深い眠りに沈んだ。ナカン僧正の指示の元、ラシャの新しい手足を神木から切り出し、寺の仏像の中にご神体として埋められていた竜の髭を取り出し、僧正にその場を任せてシュリは街に下りた。
食料などの調達のため、そして何より寺に何があったのか、何故襲われたのかを知るためだ。
だが、ほんの一晩寺を離れた間に、ラシャは寺を出ており、何処にもいなかった。
ラシャはどこへ行ったのかとナカン僧正に聞いたが、既に僧正は息絶えており、ただラシャのために用意した神木デバイスが無くなっていたことだけ解った。
「以来、何処へ行ったのかと思っていたのです。まさか、一晩で起き上がって去るとは思っていませんでした」
シュリは物悲し気にそう語った。
そして、語り終えて何かに気付き立ち上がる。一瞬、その表情はとても優し気に微笑んだが、すぐにその笑顔を抑え込んだように見えた。その視線の先に何があるのかと振り返ると、ラシャとロナが歩いて来る。
スエも立ち上がり、二人に手を振る。が、直後に首元に強い衝撃を感じて意識が暗がりに沈んでいく。
「申し訳ない。あの二人が一緒ならば、拙にはもう選択する余地はないようです」
砂利道に倒れながら見上げたシュリの顔は、何か強い覚悟が浮かんでいた。
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