4-2


 ショウグウ寺の本堂より裏手の山、見上げるほどの竹やぶ林の奥に、小さなお堂がある。お堂の名は「ウサマ堂」と呼ばれている。かつてはここも信仰の対象であったというが、お堂の外見が華美ではないことから自然と廃れていったと言われているが真偽のほどは定かではない。

 風に竹林ちくりんがそよぎ、軽やかな音を立てている。ウサマ堂までの道は玉砂利が敷き詰められているため、足音は独特な物に塗り替えられており、一見騒がしくも静かな空間が広がっていた。だがスエの耳は、ある音に吸い寄せられていた。

 スエの前を歩く袈裟を着た僧侶の錫杖の音は、妙にスエの意識を吸いよせ、まるで導いているかのようだった。


「しかし、ラシャとは不思議な場所で待ち合わせをしているようですね」


 スエの前を歩く男が背中越しに話しかけてくる。


「ええ、というか、お互いに知っている場所がそれぐらいしかなくて」

「なるほど。仕方なく、と」


 会話が続かず、また騒がしくも静かな空間を、二人喋ること無く歩いている。妙な居心地の悪さと胸騒ぎに似た感覚をスエは覚え、前を歩く男に質問をする。


「ところで、シュリさん、でしたっけ? シュリさんはショウグウ寺には何か目的があったんですか?」


 当たり障りが無い、且つそれとなく探りを入れられる質問をスエは選ぶ。

 シュリと呼ばれた男は振り返らないため表情は見えないが質問には答えてくれる。


「ここには、人を探してきました。ラシャたちを探してはいなかったので、想定外の再会にはなりそうですが」


 このシュリという男、本人が言うには沙羅しゃら寺の僧であり、ラシャたちの兄弟子にあたると。しかし、ラシャは「寺が襲われて生きのこったのは自分とロナだけ」だと言った。つまり、怪しいのだ。そんな怪しい人物を連れ立って、鬼の血ドライブの取引現場へと移動している。

 ラシャの名を知り、沙羅寺のことを知っており、ラシャに関しても良い当てたため、スエは一時信用してしまったのだ。だが、よくよく考えれば怪しい。ふと、アタラ山で自分だけがまんまとイリを信用していたことを思い出した。


「さ、ウサマ堂が見えてきました。この時期にウサマ堂に来る者など早々居ないでしょうし、道もこれ一つ。ラシャたちが来ればすぐにわかりそうですね」


 そう言ってシュリが振り返り、スエの顔を見て何かを察したように微笑んだ。その微笑みにどこかラシャが過る。

 シュリはスエに提案する。


「まだ時間はありそうですし、お話などいかがですか? 見たところ……ラシャはあまり身の上などは話していないようですから」


 ウサマ堂への道の端にシュリは自身の羽織を何重かに居り重ねて座布団の代わりにしてスエに座ることを勧める。

 スエは来た道を一度見つめ、誰も来ていないことを見てからその座布団代わりに腰を下ろさせてもらった。


「それって、ラシャさんがいない間に彼の過去について話してしまうということですか? それならご遠慮を……」

「しかしそれではあなたはせつを信用なさらないようだ。なに、拙が一人で勝手に過去を語るのを、あなたは聞いてしまった。それだけのことです」


 シュリはスエを見据えず、されどこちらの心を見透かすような視線でどこかを見つめている。

 自分の不信感と好奇心を見透かされ、スエはどこか申し訳なさを感じ、無言で、肯定でも否定でもない答えを返してしまう。

 視線が泳ぐスエに、シュリは懐から懐紙かいしに包まれた砂糖菓子を取り出し、スエに勧めながら口を開く。


「さて、何処から話したものでしょう。拙の信用を得るためならば、昔のことから話しましょう。あれは今より十五の年月ほど前の事。大火事の有った年でした」



 シュリは淡々と、以下の様に語る。穏やかな声で、優しく。しかしどこか辛そうに。

 今から十五年ほど前、沙羅しゃら寺の近くで大きな火災があった。当時まだ修行を始めたばかりの小僧だったシュリは轟轟と音を立てて燃える街に覚えた恐怖を今も鮮明に覚えているという。寺には多くの人々が避難し、できうる限りの介抱を、当時の寺の者たちで総当たりしていたという。

 様々な人々が呻く中、シュリは一人の重篤な患者を見つけた。


「お願いします。お腹の子、だけでも。お願いします」


 そのうち一人、重篤な火傷を負った妊婦は、ひたすら自身のお腹の子を気にかけ続けていた。シュリは彼女が気になって積極的に看病したが、あえなく息を引き取った。

 だが、住職であるナカン僧正の咄嗟の機転で、お腹の子は助け出された。それがラシャである。

 ラシャは物静かな子に育ち、寺に住みながら学ばず、ナカン僧正により自由に育てられていた。そんなラシャを主に𠮟りつけていたのがシュリであったという。とはいえ、目立って悪戯などをすることもなく、𠮟るにしても簡単な物だけだった。


「箸の持ち方が成ってない。やり直せ!」


 などと叱れば、ただ無表情に言われたとおりに当時のラシャはやり直す。

 むしろ、物静か過ぎて心配になるぐらいだったとシュリはいう。妙に大人びて、なにより決して笑わない。冷たい子に育っていた。

 ロナという悪戯好きの子が引き取られてくるまでは……

 

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