四話 兄弟子より明かされる過去 漆黒の獣を寺にて看取りて候

4-1


 アタラ山より南下した先、ヨウコウ市の中心に、江戸時代の偉人を神として祀った寺がある。

 寺の名はショウグウ寺といい、江戸時代に造られたとは思えない様々な超絶技巧が尽くされた木造の巨大建築物である。明治に入る前に造られた、とはそれすなわち異星の技術が訪れる前に作られた建築物であり、歴史的価値もさることながら、見る者に地球の技術力を感じさせることから国内外問わずに人気の観光地でもあった。


「で、そんなショウグウ寺で鬼の血ドライブの取引がされてるって、本当に?」


 多くの観光客が往来し、様々な出店が軒を連ね、祭りも無いのに祭りでもあるかのような賑わいがある場所で、本当にそんな危険物の闇取引があるとはとても信じられない。

 スエは思わずラシャに聞いたが、肝心のラシャはといえば、別の事が気になっていた。


「ロナ、次はあれ! あれ食べて! ブルバンバ星チョコバー!」


 ロナがある程度反応をするようになったことから、ラシャはロナの反応に一喜一憂し、ここ二、三日は「ロナが食べ物を食べた際に美味しそうな表情で頬張る姿」が個人的なトレンドらしい。ちなみに、ブルバンバ星チョコバーとは、異星の異邦人たちが持ち込んだ中身が空洞で香りを楽しむチョコ菓子である。なお、ブルバンバ星などという星は存在しないらしい。

 スエは観光をすっかり楽しんでいる二人に少し微笑ましさを感じたが、それを押し込める。ロナのチョコで汚れた口周りを幸せそうに拭くラシャにスエは注意をする。できる限り優しい口調を心がけて。


「ねえ、観光も良いけど……ほどほどにね」

「え? あ、そうでした。すみません」


 とはいえ、本来の目的が血なまぐさい内容だけに、それをラシャが嫌っているということに気付いているが故に、この旅の元の道に連れ戻すのをスエは少し気が引けていた。自身の復讐を少しの間脇に置いておいても良いのではないかとさえ、スエは思ってすら居た。

 スエの復讐、ドライブそのものへの憎しみ、かつての旅の一座の仲間への思い、そういった物が無いわけではないが、女一人の旅芸人という今も悪くはないとスエは思っている。そして、ここ最近は特に旅は騒がしくて楽しいと感じている。誰かと食事を共にしたり旅の同行者を気に掛けたりする気苦労に心が躍った。

 ふと、ここまでの道すがら、ラシャの旅の目的が「寺を襲った赤いお面の鬼への復讐」だとは聞いていたが、その詳細などは聞いていなかったとスエは気付いた。

 寺が襲われて生きのこったのはラシャとロナの二人。その際にラシャは四肢を失った、と勝手に思っていたがそうなのだろうか? もしそうなら重症の彼を助けたのは誰だったのだろうか? あの四肢は沙羅しゃら寺の住職ナカン住職の絶筆だと言っていたが、ならば助けたのはその住職か? いや、絶筆とは亡くなる直前に書いたという事。つまり住職も襲われて無事ではなかった? それにロナはショックで喋らなくなったというが、見たところ体のどこも木工デバイスに変わってはいない。寺が襲われた際に一切怪我がなかったということだろう。逆にそれはどうやって助かったのか。誰が、どうやって二人を助けたか。あるいは、何がラシャの復讐心を作ったのか……。

 気になって考えてしまえば次々に気になって仕方が無くなってしまう。かといって内容的に直接聞けるような内容でもない。自身の旅の一座での事などとりとめもないことで、聞いた代わりに語るには薄っぺらい内容に感じられ、お互いに過去を語り合おうなどと言えるわけもなかった。

 スエは浮かんだ考えを振り払ってピンティに言われた取引場所を思い出し、ラシャにそろそろ目的地へ向かうことを提案しようと……


「ラシャさん、そろそろ目的地に……あれ?」


 往来の多い人混みに行く際、我々人類は気を付けねばならないことがある。例えば、「はぐれた場合の待ち合わせ場所を決めておく」「はぐれないように団体行動を意識する」などである。なお、この世界にはスマートフォンは存在しない。異星からの異邦人たちなら持ってるかもしれないが。少なくともラシャとロナは持っていない。


「も、しや……もしや」


 スエは人混みの中からラシャとロナを探すが見つからない。


「もしや、はぐれた? この人混みで!? え、どうしよう」


 何故か人混みではぐれた場合、相手が特徴的な格好、例えばサイズ違いの袈裟を着ているなどしていても、不思議と見つけられない物である。

 スエはラシャと会える場所を考え、一つの結論にたどり着いた。


「ひとまず、先に目的地へ行けば、もしかしたら……どうだろうなぁ」


 元々このショウグウ寺に来たのは、ドライブの取引現場を抑える事が目的であり、ラシャとは共通認識である。彼がその事を忘れていなければ、取引現場、あるいは取引現場が見える場所へ来る……来るだろうか?


「なんだろう。ロナちゃんを甘やかすのにハマってデレデレダメダメお兄ちゃんになってるから駄目な予感がする」


 そんな予感に身震いしながら、スエはラシャの名を呼びながら目的地へ歩いて行く。

 もちろん、ロナどころかラシャも呼びかけに答えることはない。

 だが、スエはこの時考えもしなかったのである。


「もし、そこのお嬢さん」


 例えば、ラシャの名を知っている人物が人混みの中に居るケースを。


「ラシャという人物を探しておいででは?」


 そう言ってスエに声をかけてきたのは、ラシャより年上の青年であり、袈裟に藁傘を被り錫杖を手にした僧侶だった。

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