2-4


「なんだ、そんなに死にたいならお前から殺してやる」


 イリはピンティにレーザー銃を向ける。ピンティとスエはまだナノマシンのジャミングが効いているのか、這う這うの体でしか動けていない。


「あ、やべっ! ついつい今世紀に見るクソ男とそれに振り回される美女を見て乙女の心が黙ってられなくて、そんなクソ男に滅私で尽くしたっていう彼女めっちゃ心が美女過ぎて思わず、それでもだからって死ぬのは嫌ぁ!!」


 ピンティはスエと二人で何とかその場を脱しようとする。ラシャはその射線に間に合わない。イリの持つレーザー銃の引き金が引かれる。

 だが、その凶弾に二人が撃たれることは無かった。倒れたのは、怪物とされていた女性だった。イリの持つ銃に飛びついたのだ。

 怪物とされていた女性が倒れ、その手がイリを掴もうと宙を漂う。その手をイリは掴むことなく振り払い、むしろ彼女を踏みつけた。


「くそが! 銃が壊れたじゃねぇか! このレーザー銃がどれだけ高いか解ってるのか!? お前より余程価値があるんだぞ!!」


 そして、もう動かなくなった彼女に唾を吐き捨てる。

 その様にラシャは冷たく言い放つ。


「もう、結構です」


 ラシャはイリの前に姿を現した。


「あなたが救えないことは伝わりました」


 イリは即座にラシャの方へ壊れた銃を向ける。


「はあ? 救う救えないの話じゃないんだよ。お前みたいなのが生きてると無性にムシャクシャするんだよ、解るか!? 解らねぇだろ!? 気に入らない奴をこの世から排除して何が悪いんだよぉ!!」


 ラシャは距離を詰める。イリが引き金を引くが、壊れた銃は放電しながらイリの手からはじけ飛んだ。イリの手の木工デバイスがひしゃげ、痛みにイリがまた悪態をつきながら逃げ出した。

 ラシャがそれを追い詰めるが、肝心のところで失態をおかしたことにラシャは気付いた。

 イリがひしゃげた手を刃物として人質を取ったのだ。ロナは何が起きているのか解っていないようで、暴れることも無く宙を眺めている。


「こっちに来るな! 殺してやる! そうだ、お前、あの女どもを殺してこい! それで、それから、そうだ! 自害をしろ! さもなくばこいつを殺す!」


 イリはそうすることでラシャに有利になれると考えた。しかしそれはラシャの琴線に触れる一番やっていはいけない悪手であった。

 ラシャは今日一番の加速をしてロナをイリの腕から奪いとる。


「二度と触らないでください。これだけは、絶対にダメです」


 ラシャはイリを視線で殺すのだと言わんばかりに睨みつけた。その様にイリが思わず命乞いをし始める。


「わ、悪かった。オレが悪かった。だから、命だけは、命だけは助けてくれ」


 ラシャはため息交じりに、ロナを少し遠ざけた。イリの命乞いはなおも続いている。


「必要なら靴だって舐めても良い。だから頼む、命だけは取らないでくれ」


 そう言ってラシャの足元に這い寄ってくる。

 ラシャの答えは最初から決まっている。彼が、仮にも僧である限り。

 ラシャは深く息を吐いて冷静さを取り戻すように努力して答える。


「もちろん。如何な悪人でも改心すればよいのです。命を取るまでは致しません」


 その言葉を受けて、イリは何事か呟きながらラシャの脚に縋る。そして……


「そうして、オレを、見下すな!!」


 突然の怒声と共に、変形した腕をラシャの脇腹に突き刺した。

 血走った眼でイリは狂乱しながら、ラシャを再度突き刺そうとする。


「どいつもこいつも詰まらないことばっかり言って空気の読めないクズどもが! 人をイラつかせる奴らなんだから殺されて良かったんだ! むしろオレは感謝されるべきなんだ! なんでオレが責められるだ!」


 もはや、イリを何とかしなければ己が身が危ない状況であろうと、ラシャは突き飛ばすことすらできなかった。否、したくともその体力が無かった。

 肩に受けた銃創で既に血を多く流しており、ラシャの体は既に限界だったのだ。

 そんな時、イリにピンティが飛びついた。


「男のピンチに動けずして何が乙女か!」


 だがどうやらまだジャミングは効いているようで、ピンティはタックルを加えた姿勢から動けずに居る。イリが反撃しようとしたが、それより早くにスエの蹴りがイリの肩にあたる。だがこちらも以前より切れがない。

 ラシャも、ジャミングの影響で緩慢な二人に協力するために足に力を入れようとした。だが、突然膝から崩れ落ちる。

 何が起きているのかとラシャは思ったが、いざ自分の歩いてきた痕跡を見て納得がいった。


「あ……血を流し過ぎたのか」


 肩から流した自身の血の量を認識した途端、さっと意識が飛びそうになるのを、なんとか堪えようと自分で自分の肩の傷口を掴んだ。


「だめだ。今意識を失うわけにいかない。まだ、もう少し動け」


 ラシャは自分を鼓舞し、無理に体に力を入れる。

 そんなラシャの視界に、そこにあってはならない物が映り込む。


「ロナ、なんで、そんなものどこから……?」


 ロナがを持っていたのだ。困惑するラシャにそっと微笑んで、ロナは赤い鬼の面を差し出した。つけろと言わんばかりに。

 そして、ロナは口を開いた。


「ラシャ、修羅として、やるべきことを成して」


 その言葉に応えるように、非想緋緋蒼天の鯉口が独りでに鳴った。まるで、朝鳴き鶏の一声のように。ラシャは半ば吸い込まれるように、鬼の面を自身の顔に押し当てた。

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