避けた夜空と鬼人の子③

静けさの中、まばゆい電光がクリスティーナの顔を照らす。

だがその光に照らし出されたのは、勝ち誇った表情でも、狂気に満ちた笑みでもなかった。まばたきをすることさえ忘れてしまったような、驚きに満ちた表情だったのである。

見開かれた彼女の目には、ルーディを目掛けて落とされた稲妻が、消えることなく写り続けている。

2人を喰らうように枝分かれした青い雷を、はっきりと目で捕えることができた。クリスティーナが落とした雷は、バチバチとスパークを放ちながらも、空中で凍りついたように静止していたのである。

ピタリと止まった雷の下では、ルーディが、震えた両手を掲げていた。

その様子はまるで、夜空を引き裂く亀裂が、彼の手から天へと走っているようだった。もしくは、神々しい雷光の樹が、はるか空をつらぬいているようにも見えた。

ルーディは歯を食いしばる。ふらっと倒れそうになりながらも、ドグと自分に迫ろうとする雷を、鬼人の力で押さえ込んでいた。

腕には血管が浮かび上がり、ブロンドの長い髪の毛は、電気でバチバチと逆立つ。稲妻の先端は、彼の指のすぐ先まで迫っていた。少しでも集中を切らせば、そのまま雷撃に飲まれてしまいそうだった。

ルーディは息を吸い込み直しながら、雷へと力を流し込み続ける。ドグは未だに眠ったように倒れたままだ。

ドグ!こういうことだろ!?『明かりを使う』ってのは、雷を操れってことだったんだ!

小さな稲妻がバチッと散っては地面を焼いた。だがルーディにはそれに気付く余裕もなく、ただ上を見ながら、雷をコントロールすることに必死だった。

雷はルーディの力から逃れようとするかのように暴れた。稲妻が右へ左へと伸びては、ルーディたちの周りの地面に、またしても焼け跡を残す。ルーディは膝をつきながらも、空を睨み、最後の力を振り絞った。

「お願いだから……言うことを……聞いて!」

ルーディの鼓動がようやく落ち着いてくると、散っていた線香も段々と小さくなり、雷は完全に彼の手に支配された。

ルーディは青く輝く瞳を、声を失って立ち尽くすクリスティーナに向ける。

クリスティーナはようやく我に返り、もう一度空を操ろうとする。だが、ルーディの反撃は、もはや止めることが不可能となっていた。

もう一度呼吸を落ち着かせたルーディは、痙攣している両の手を握り、少しづつ前へと伸ばしていく。空中に留まっていた雷が、バチバチと息を吹き返し始めた。

ルーディの腕がガタガタと震える。心臓はまたしても、破裂しそうなほど激しく暴れている。

意識が飛びそうになりコントロールを失いかけるが、何とか雷に意思を流し込む。喉が裂けるような叫び声を響かせながら、振り絞った最後の力を解き放つように、両手の指を開いた。

その一瞬、ルーディの頭上でうごめいていた雷が、竜のようになって夜空をかけた。

火花散らす雷撃のレーザーが、ルーディの上から打ち出される。ものすごいスピードで真っ直ぐに飛んでは、その先にいたクリスティーナを、巨大な光で包んでいった。

クリスティーナは何かを悟ったように目をつぶり、両手を下ろす。次の一瞬で、雷の息吹が、影すら残さず全てを飲み込んでしまった。

稲妻が舞い、衝撃波が地面に亀裂を走らせる。夜空も、はるか遠くの彼方まで照らされた。

バチバチとした音が、空を叩きながらこだまする。

力を出し切ったルーディがふらついて倒れれば、雷は炸裂したように散り、その光も消えていった。

雷が消え去れば、ようやく空に、夜の色が帰ってくる。燃えゆくクロスハウスの下は再び、静かな空気に包まれた。

辺りの木々はほとんどが焼かれてしまい、やっと穏やかな吹き方を思い出した夜風が、あちこちで炎を踊らせている。空では、数秒前の雷雲を忘れるほどきらびやかに、星たちが輝いていた。

ルーディはしばらく、眉すら動かせないままで、夜空できらめく星々を見上げていた。しかしやっと意識がまともになると、慌ててドグの方に走り寄った。

「ドグ、ドグ!しっかりしてよ!もう大丈夫だから!」

何度か呼びかけてみても、ドグからの返事はない。息をしているかもわからない様子だ。

ルーディは助けを呼びに行こうとするが、2人はすでに炎に囲まれてしまっていた。何とか逃げ道を作ろうとするが、手を上げることもできないほど力が入らず、火を操れそうにない。

「誰か!誰かいませんか!」

段々と風が強くなっていく中、ルーディは枯れた声で叫んだ。朝日が昇り始めた空の下で彼の声が響くが、誰かの声が返ってくることはなかった。

それでもルーディは、力を使い果たした反動で灰色に染まった手でドグの手を握りながら、今にも擦り切れそうな声で叫び続ける。

燃え上がる炎が、2人の影を揺らしていた。

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