クロスハウスと眠れる真実①

クロスハウスの中は教会と似たような作りになっていた。

いくつもの長椅子が並べられ、奥には大きな逆さ十字の飾りと、空へと両手を掲げたポーズをとった少女の像が置かれている。 少女の像は2人を襲ったクリスティーナ・デュームリングの姿に似ており、ドグは首をかしげながらも不穏な空気を感じた。

像のさらに先には、またしても巨大な逆さ十字が描かれた壁画があった。マルコフ司祭は2人をその近くまで、安心し、古い木の椅子を取り出して座らせた。

「さてと……どこから話したものかな。飲み物でも持ってきた方がいいかね?」

腰を低くしながら話すマルコフ司祭だが、ドグは腕時計を指しながら渋い顔を向ける。

「悪いが本当は2分もしないうちにここを出ないといけねえんだ。手短かつ簡潔に頼む」

そう言われるとマルコフ司祭は「わかったよ」と返しながら別の椅子に座り、ルーディに視線を移した。

ジッと見つめられれば、たまらずにルーディの方が先に言葉を放つ。

「お、教えてください!アナタは……私のことも、父のことも、知っているんですか?」

マルコフ司祭は腕を組み、逆さ十字のネックレスを握りながら答え始めた。

「もちろん知っている。というより私は、この街にいるほぼ鬼人のことなら誰でも知っているよ。ずっと手伝いを続けてきたんだ。奴らの、『狩り』の手伝いを」

 マルコフ司祭の返答からは、躊躇う様子は全く見られなかった。むしろ、このときを待っていたと言わんばかりな明るいトーンで、話すことを楽しんでいる様子さえ感じられる。

 「『狩り』だと?そりゃあ、人を殺してミイラに変えるようなことか?鬼人のお仲間が自慢げに飾っていたのを見たぜ」

 そう言いながらドグは、ファンダム博士の屋敷に飾られていた、無数のミイラのことを頭に浮かべていた。

ルーディも同じである。生気を一滴残らず抜かれたようなミイラの腕の感触は、今思い返しても身の毛がよだつほど気味が悪いものだった。

マルコフ司祭は、わずらわしそうに眉間のしわを深める。

「ファンダム博士のことか。君たち、あの気狂いを知ってるのか?奴は鬼人の中でも特にイカれてる。とっくに死んでくれてたらいいんだが」

 またしてもマルコフ司祭は辛辣な言葉を吐く。『死んでくれてたら』という言葉を聞いたルーディの表情が一瞬歪んだことに気付けば、ドグは急いで話を戻そうとした。

 「そんなのはどうだっていいんだよ!お前、鬼人を手伝ってきたとか言ってたな?どういう意味だ。お前も人さらいだとか、人殺しだとかをやってたのかよ?」

 ドグの問いにマルコフ司祭は、少女の像を眺めながら答えた。

 「我々デュームリング教は、鬼人たちの手助けをするため、鬼人たちによって作られた教団なんだ。都合よく使える駒として、信者ほど便利なものはないだろう?奴らを手伝うのは、言わば我々の責務だった」

 かつてドグとルーディを襲ったペドロも、デュームリング教を妄信していた男だった。彼の霊性が吹っ飛んだ様子を思い出しては、ドグは身震いした。

 「私の家は親の代からデュームリング教を信仰していてね。私も物心がついたときから、忠実な下部として鬼人たちに手を貸してきた。そして、私が仕えた鬼人たちの中に……君たちもいた。ギャラナーとその息子、ルーディだ」

 司祭がまっすぐ見つめる先には、ルーディがいる。

 「確かに鬼人たちは、人間をさらうこともすれば、殺すこともしていた。非道な生き物だよ。私も目が覚めてからは、奴らを残酷な存在だと思っている」

 マルコフ司祭がそう語ろうと、ドグは不信感をぬぐえない。

またルーディも、ようやく父親について話してくれる人物と出会えたものの、その内心は荒波のようになっていた。

『ギャラナーは私たちの仲間だった』というクリスティーナ・デュームリングの言葉が、再び頭の中で反響し始める。ずっと追い続けてきた父親の影が、突然角と翼を生やし、悪魔のような姿に変貌してしまったかのようだった。

 「私の父のことも話してください。父は、人殺したちの仲間だったって言うんですか!?私もそうだったのか!?私と父さんは、この街で何をしていたんだ!」

 声を荒げるルーディは、手にしていた写真を思わず握りつぶしてしまいそうになった。

 「人殺し?そんなに単純な話ではない」

 マルコフ司祭はそう言うとおもむろに立ち上がり、後方にあった壁画の方に歩み寄った。ドグはルーディの肩を支え、「落ち着けよ」と声をかける。 

 「ルーディ、君は何も覚えていないんだろう?きっとギャラナーに記憶を消されたんだな。彼は、『記憶』を操る鬼人だった」

 ルーディの様子を気にもせずに話を続けながら、マルコフ司祭は、壁画の一部から突き出ていた、石のブロックに触れる。

ブロックを押し込むと、中央に置かれていた逆さ十字の像が、ズズズと音を立てながら揺れた。そして表面には、キーボードのような文字列が浮かび上がった。文字といってもアルファベットではなく、パズルのピーズのような形をした記号ばかりだ。

 マルコフ司祭は逆さ十字のネックレスを外すと、何かの形を描くように、文字列をネックレスでなぞっていく。しばらくするとなぞられた文字が青白く発光し始め、壁画に彫り込まれていた溝も、それに呼応するように光を放つようになった。

 ドグとルーディの足元からは、歯車か何かが動いているような、ガタガタとした地鳴りが響き始める。ついには壁画そのものも動き出し、シャッターのように上方へとスライドした。

 「オイ、何だこりゃ!?何をしてやがるんだ!」

 壁画が完全に開門すれば、先の見えない地下へと繋がる、石造りの隠し階段が姿を現した。古そうな建物に眠っていた神秘的なテクノロジーに、ドグは開いた口が塞がらなくなってしまった。

 ルーディは、ポケットから取り出したチャームを見つめる。マルコフ司祭が壁画を動かしたのを見て、ずっと持っていた逆さまの十字架は、この仕掛けを動かすための鍵だったのだとようやく知った。

 「そんなに驚くようなものじゃない。大袈裟なドアというだけだよ。さあ、進みなさい」

 マルコフ司祭は二人をせかすように、暗闇へと続く階段を指さす。ルーディは引き込まれるように階段に進みそうになったが、ドグは大きく首を横に振った。

「冗談じゃねえ!こんないかにも怪しそうな場所を見学してる余裕はねえよ!なあルーディ!もう十分だ、戻ろうぜ!」

「いやダメだ。君たちは進むしかない」

ルーディが答えるより早く、マルコフ司祭が、脅すような低い声で二人に告げた。

驚いて司祭の方を見たドグとルーディは背筋を凍らせる。彼の右手に、ピストルが握られていたからである。銃口の先にはルーディがいた。

「言っただろう。私は、私が見た全てを話すためにここにいた。そして君たちこそが、私が待ち続けていた存在だった。全てを話し終えるまでは、君たちをここから帰すつもりはない」

 そう言われてもドグは拳を握って反抗しようとするが、マルコフ司祭が引き金に指をかけたのを見れば、手を引くしかなかった。

 「やめておきなさい。ルーディ、君も妙なことはするな。この辺りには、君の力で動かせるものは何もない」

 ルーディの力についても知っていたのか、マルコフ司祭はそう告げると、再び2人に奥へと進むよう顎で指示する。もはやルーディとドグは、後戻りすることができなくなってしまった。

 「畜生、お前も結局サイコかよ。ふざけやがって。もう二度と、こんな街には来ねえからな」

 ドグはそう言うとルーディの腕を離し、恐る恐る階段の方に歩く。ルーディもその背中を追った。

 二人の背中を押すように銃を構え続けるマルコフ司祭も、ともに階段を下っていく。壁画の隠し扉は開いたままだったが、少し進めば外からの光は全く届かなくなってしまい、ドグはぼやぼやしたランプを頼りに歩くしかなくなった。

 「ドグ、すまない。また私が、わがままを言ったばかりに……」

 ルーディに小声でそう言われれば、ドグは彼を安心させるように、いつもと変わらない口調で声をかける。

 「ああ、まったくだぜ。お前といるといつもロクなことにならねえな……それにしても、お前とお前の親父は、こんなトコで何をしてやがったんだ?」

 壁に目をやると、少しさび付いたケーブルのようなものが、あちこちから伸びてきていることがわかった。全てドグたちと同じ、地下に眠る空間へと繋がっているようである。ルーディもそれを奇妙に思いながら自分の記憶をたどる。

 「わからない。けど確かに、何だか初めて来たって感じがしないんだ。少しずつ、忘れていたこと……いや、消されていたことが、よみがえってきているような……」

 「そのはずだろう。君とギャラナーは、この建物の地下でしばらく暮らしていたからね」

 二人が交わす会話を聞いていたのか、マルコフ司祭が銃を構えたままルーディに話す。ドグは余計なことを喋らないよう自分の口をつぐんだ。

 「さっき、父さんの『力』についても話していたな?記憶を操る力を持っていた、と。貴方は父さんのことをどこまで知っているんだ?父さんが、殺されたってことも、知っているのか?」

 ルーディは銃を向けられようとひるまず、震えのない声で問いかける。マルコフ司祭はルーディの問いに少し目を細め、不思議なことを聞かれたかのような顔をした。

 「知っているも何も、彼はここで死んだ。君はそのことを思い出してここに来たんじゃなかったのか」

そう返されたルーディは振り返り、マルコフ司祭と、彼の手に握られた銃を交互に見た。

立ち止まるわけにはいかず、前を向いて再び階段を歩き出す。しかしながら彼の表情は、不安定な感情を表すかのように歪み、鼓動もスピードを増していった。

「……父さんを殺したのは、貴方なのか?」

かすれた声でルーディがそう聞いた頃、ようやく3人が歩く先に、大きな扉が見えてきた。うっすらとだが明かりも届いている。

「それは君自身が、君の記憶に問うべきことだ」

遅れて答えたマルコフ司祭は、近くのランプに手を伸ばし、隠されていたスイッチを押す。すると扉が自動で開き始めた。

ドグとルーディは思わず足を止めるが、後ろから「進みなさい」と命令されれば、階段を下りて開きかけの扉に近づいていく。

ルーディは言葉を飲み込み、先を急ぐような早足になって扉の中に入った。ドグは少し遅れて続く。マルコフ司祭も、扉を開け放ったまま2人を追った。

地下空間の中はひどく冷たい空気に満たされており、安物のジャケットしか羽織っていなかったドグの体は震えを起こす。

天井には照明が取り付けられていたが、足元がはっきり見えるほどの明るさはない。床は意外にも綺麗なのか、大理石のように平らで固かった。鮮明には見えないが、奥へ奥へと伸びる細長い構造をした空間のようである。

しばらく進むと、2人に反応したかのように、照明の明かりが少し強くなり、地下をおぼろげな光で包んだ。

そして辺りが見えるようになれば、ドグは自分の周りを見回す。そして同時に、猛烈な不安に全身を包まれることにもなった。ルーディもまた、目を疑いながら地下空間を見渡した。

「こりゃ全部、本物なのか?全部本物の……」

彼を囲むように並んでいたその『集団』を見ながら、ドグは、口を動かすことを躊躇った。ルーディは首を縦に動かす。

「間違いない。全部、飾り物なんかじゃない。ファンダム博士の屋敷にもいた……ミイラだよ。人間のミイラだ」

奥へと続く地下空間の壁面には、真っ直ぐに立てられた棺のような形をしたカプセルが、所狭しと並べられていた。

無数のカプセルからは真っ黒なサビに染まったケーブルが伸びており、天井にはパイプのように細長い、ガラス製の管もある。1つのカプセルの中を覗くと、年老いた樹木のように朽ち果ててしまった、人の形をしたミイラの姿が見えた。

その隣のカプセルでも、そのまた隣のカプセルでも、一切の生気を搾り取られ、かろうじて人の形を保っているだけの枯れた肉の塊が、丸い窓から顔を覗かせていた。

ドグは戸惑いながらもカプセルに近づき、その窓の下にかけられていた金属製のプレートに目をやる。プレートには『2.11-1973-F-22』と書かれており、穏やかなスマイルを見せる女の写真も貼られていた。

「1973……1973年、2月11日ってことか?Fは女で、22は年齢か」

ドグはそうつぶやきながら、カプセルに閉じ込められたミイラと、写真に写る彼女を見比べる。叫んでいるような顔つきのミイラからは、柔らかな表情の面影すら感じられなかった。

 となりのカプセルにも、別の男の顔写真と、『11.5-1951-M-53』という文字列がある。他のカプセルにも、同様に顔写真と文字列が取り付けられていた。殺された人々の情報が、わざわざ残されているようだった。

 ルーディもカプセルに付けられた写真を見ては、背筋をぞわぞわとさせる。だが同時に、こめかみの辺りから、何か熱い感覚が浮かんでくるのを感じてもいた。

 何だ?私は、私はここで何を見たんだ?私はここで何をしていた!?

 まるで、何か思い出してはならないものが、頭の中に湧き上がってきているようだった。ルーディは、自分の記憶に蓋をしようとすることに必死になった。

 そんなルーディの様子を見ながらも、2人のそばを歩くマルコフ司祭は、鬼人について語り始める。

 「この地下が、鬼人たちの拠点だった。いくつものミイラたちが、クロスハウスの地下で静かに眠っている。何年、いや何十年もかけて集められた、哀れな人間たちの亡骸だよ」

 ドグはカプセルや写真から視線を外すと、マルコフ司祭を鋭く睨みつけた。

 「大量殺人……いや、もはや虐殺だぜ!何が目的で、こんなことをしてやがるんだ!?」

 マルコフ司祭は一台のカプセルに近づき、中で眠るミイラをあわれむように見ながら答える。

 「鬼人たちは、私たちの住む世界より『下』の世界から、人間の生き血を求めてやってきている。パイプが伸びているだろう?鬼人にさらわれた者たちはこの地下で全ての血を奪われ、ミイラにされて殺された。ビリージョーズ・ヒルの住人だけじゃない。私が知る限りでも百人以上が、鬼人に生き血を吸われて殺されている」

 マルコフ司祭が「かわいそうに」とつぶやけば、ドグは思わず彼に飛びかかってしまいそうになる。しかし素早く銃口を向けられれば、舌打ちしながらも気を落ち着かせるしかなかった。

 「他人事みたいな面をしやがって。じゃあ、連中は何者なんだ!?吸血鬼か!?それとも地底人か!?」

 「私も全ては知らない。とにかくはるか昔から、鬼人にとって人間の血は『ご馳走』なんだよ。血が彼らを長生きさせる、なんて話も聞いた。鬼人とはそういう生物だ」

 マルコフ司祭はそれ以上を語ろうとはせず、ミイラたちの怨念のような目線をかわしながら、足早に奥へと進んでいく。その先には、木の扉があった。

 「ここだよ。ギャラナーが使っていた部屋だ。彼が死んだ部屋でもある」

 そう話すマルコフ司祭の前には、パイプやケーブルを避けるようにして取り付けられたドアが見える。小窓や木目もついた木の扉であったが、その奥は真っ暗なのか、わずかな光も漏れてきていない。

 「……オイ、どうだよ。何か思い出してきたか?」

 ドグは小声でそう聞いてみたが、ルーディからの返事は返ってこない。

 彼はまばたきすることすら忘れて、ドアを見つめながら固まってしまっていた。

今まで見続けてきた悪夢が頭の中をかけ巡っていく。ルーディの名を叫ぶ父の声。乾いた銃声と、焦げくさい火薬の匂い。目の前の世界がチカチカと点滅し、両手からは、しびれたような震えが走り始める。

探し続けていた答えがようやく手に入りそうになったにもかかわらず、得体の知れない不安に胸が押しつぶされそうになっていた。

「ルーディ、ルーディ!オイ!しっかりしろ!」

ドグの声がようやく耳に届くと、ルーディは意識を戻す。

マルコフ司祭は2人には目もくれずに、ドアの中央にあったくぼみに、逆さ十字のネックレスを近づける。すると、ガシャンという音ともに鍵が外れて、扉が少しだけ開いた。

ドアの向こうは光のない空間である。だが中へと届いたわずかな明かりに照らされ、木目調の床が見えた。ルーディが悪夢で見た部屋のそれとよく似ている。

銃を突きつけられれば、ドグはため息をつきながらも部屋に入ろうとする。ルーディにも腕を伸ばした。

しかしルーディからは、何の反応もなかった。

「……待って」

ひどく表情を強ばらせながら、ルーディがつぶやいた。その目は木の扉に向けられているが、心ここに在らずといった様子で瞳孔を震わせ、唇もかすかに痙攣させている。

銃口を向けられる中ではあったが、ドグは膝をついてルーディに話しかける。

「オイ、どうした?何か思い出したのか?」

「ち、違う。違うんだ。そうじゃない。違うんだよ、そんなはずじゃないんだ!」

ルーディはやや支離滅裂で、ドグに目を合わせようともしない。両手の震えも消えることがなかった。

「オイ!お前大丈夫かよ!こっちを見ろ、俺の目を見ろ!」

ドグが軽く頬を叩いてみれば、ルーディはようやく彼へと視線を移した。

「……ご、ごめんなさい」

目に涙を浮かべるルーディが絞り出した言葉に、ドグは眉をひそめる。

「ごめんって……何がだ?何の話をしてんだ?」

ドグに聞き返されても、ルーディははっきりとした言葉を返さない。めまいまで起こしたのか後ろに倒れそうになり、慌てたドグに肩を支えられた。

「ルーディ!どうしたってんだ!」

ドグに呼びかけられると、ルーディは我に返ったように顔を上げる。そしてもう一度、涙でうるんだ目をドグに見せた。

「……怖いんだ」

「怖い?」

ドグに聞き返さされると、ルーディはゆっくりと、木の扉から後ずさり始める。

「そう。怖い。恐ろしい。思い出すことが……怖いんだ!こんな気持ちははじめてだ!何かを見つける度に、息が苦しくなって、頭がクラクラして、目の前が真っ暗になっていくんだ!」

ドアから離れたルーディは、足が石にでもなってしまったかのように、1歩として動けなくなってしまった。目線を落とし、震え続ける両手を見ることしかできていない。

ドグは少し考えたが、ルーディの様子を見るといてもたってもいられず、マルコフ司祭に強気な視線をぶつけた。

「もう十分だろ?こんな状態じゃ、話なんて聞けねえよ!」

マルコフ司祭は、あくまでも冷徹な態度で銃を向け続ける。

「悪いが、まだ帰すわけにはいかない。話はまだ終わっていないのだから」

「じゃあ俺だけならどうだ!?話を聴いてもらえりゃそれでいいんだろ?アンタの話なら、俺が最後までたっぷり聞いてやるからよ」

ドグにそう説得されれば、マルコフ司祭は顎に手を当てて、少しは引き下がる様子を見せた。

わかった、いいだろうと言うように小さくうなずくと、ドグの方に銃の照準を定める。「では、手を頭の後ろに」とも指示を付け加えた。

ドグは言われた通りに手を頭の後ろで組みながらも、ルーディに言葉をかけた。

「オイ、意識あるか?俺が何とかするから、お前はそこでジッとしてろ」

そう言いつつドグは、不気味な雰囲気を放ちがらミイラたちを見ると、言いづらそうに顔をしかめる。

「まあこんなところにいて落ち着けるわけもねえだろうが……いいな?すぐに戻るから、ここで待ってろ」

ルーディは顔を上げて、怯えているような目でドグを見る。そしてしばらく彼を見つめると、口を閉ざしたままうなずいた。

ドグは「よし」とだけ返して立ち上がる。

「では、進みなさい。この部屋で最後だ」

マルコフ司祭が銃をかたむけて部屋の中を指す。ドグはルーディに目配せすると、気の扉の奥へと歩いていった。

  ギャラナーの部屋は、外と比べると異様なほど静かで、あまりにも普通な内装をしていた。

怪しげなケーブルやカプセルはどこにもなく、壁際には本棚が並べられ、ヒノキのテーブルでは何かの書類のような紙とペンがホコリを被っている。棚には酒の瓶やコーヒーミルまで置かれていたが、得体の知れない雰囲気を放つものは何一つ見られなかった。

「ここが彼の書斎だった。ギャラナーはこの部屋で、ずっと人間と、地上の世界について研究していたらしい」

 そう話すマルコフ司祭の近くには、木製の写真立ての中に入った、一枚の写真が飾られていた。

「これは……ルーディの?」

 ドグはそうつぶやきながら、写真を手に取って近くで見つめる。

 確かにルーディが肌身離さず持っていた写真と同じなようであり、彼とギャラナーが並んで写っている写真だった。こちらの方がしわが少なく、色も鮮明に残っているように見えた。

 「さっきこの部屋が、アイツの親父が死んだ場所だと言ってたな?俺もいい加減真相を知りたいところだ。話ならたっぷり聞かせてもおうじゃねえか」

 そう言うとドグは写真を置き、「殺人鬼さんよ」とも言い加えた。

 マルコフ司祭は何の反応も見せず、ただ一点、何の変哲もない床の木目を見つめている。

 気付けば銃口も下ろされており、今では逃げることも簡単であるように思えた。だがしかしドグは、このまま部屋を離れる気にはなれず、マルコフ司祭をにらみ続けた。

「……ここだ。間違いない、ここだよ。あの晩、ギャラナーの灰が散らばっていたのは」

 マルコフ司祭が一呼吸置いてからそうつぶやけば、ドグはしびれを切らしたように彼へと詰め寄った。

 「お前、全部知ってんだろ?ここで何があったんだ。全部話せ」

 ドグに問われたマルコフ司祭は、木目を見下ろしたまま話を始める。

 「あの夜は色々なことがあった。ギャラナーが死に、その息子が姿を消し……そして私が、私が今まで仕えてきたものが何だったのか、知った夜でもあった」

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