デュームリングの猛撃とクラウンヘッドの反撃③
パオパオという気の抜けたラッパや古めかしいエンジンの音が、ルーディ、ドグ、そしてクリスティーナの方に接近してくる。
クリスティーナは真顔になりながら手を下ろす。ドグとルーディは、聞き覚えのあるラッパの音に気づくと目を見合わせた。
猛スピードで3人に迫ってきていたのは、スティックドーナツのキッチンカーだった。
運転席にはランジェナが、助手席には、何故か松明を持ったマチャティが座っている。クリスティーナの視線に気づけば、ランジェナは運転席に取り付けられたマイクを外した。
『あーあー、そこの大ボケ野郎に告ぐ。ウチの可愛いルーディちゃんとその他1名からすぐに離れなさい。そんで両手を頭の後ろに組んで、犬みたいにひざまづきな!』
スピーカー越しに大声を発しながら、ランジェナはアクセルをめいっぱい踏み込む。命知らずな挑発にクリスティーナは首をかしげ、ドグの方も「何やってんだ……」と思わずつぶやいてしまった。
クリスティーナは右手を前に伸ばすと、もう一度風を集め始める。
壁となって抑え込むような風をぶつけられれば、ランジェナたちの車はスピードが落ち、前輪が浮き上がりそうになった。ランジェナは負けじとペダルを踏み、何とか車を突っ込ませようとする。
だがクリスティーナは無慈悲にも強風を吹き上がらせ、車体からバランスを奪ってしまった。片側がふわりと地面を離れたキッチンカーは平行感を失い、勢いづいたまま転倒すると、火花を散らしながら横滑りした。
ルーディは「ああっ!」と声を漏らす。ドグの方もたまらず目を逸らした。
横転した車はギャリギャリと音を立てながら地面を滑り、クリスティーナの近くでようやく停まった。「あーあもったいない」とつぶやいたクリスティーナは車から目を離し、後ずさっていたルーディに迫ろうとする。
しかしその直後、助手席側の扉が勢いよく開いたかと思えば、松明に火を焚いたマチャティが体を出した。
「構えろ『鬼人の子』!共演の許可が出だぞ!」
マチャティはそう叫ぶと、スキットルを取り出し、入っていた液体を口に含む。そして横転した車から飛び降りると、松明を口に近づけ、思い切り炎を吹き上げた。
真っ赤に燃え上がる火が吹かれれば、辺りは一瞬丸焼きになったような熱気に包まれる。そのまばゆさに、ドグとクリスティーナは反射的に火から目を背けた。
だがルーディは違った。ルーディは咄嗟に腕を前に伸ばすと、膨れ上がるような炎をキャッチするように両手を構える。すると、メラメラと燃え広がっていた炎が、さながら竜のような形になって空中に留まるようになった。
火の竜は時折爆発しそうに膨らむ。暴れるように揺れたり、地面を焼いたり火の粉を飛ばしたりと、獰猛な動きを見せるようになった。
しかしルーディもなかなかコントロールができず、火の竜は空に舞い上がるように飛んだかと思えば、激突した木を消し炭にしてしまった。
しばらくは唖然としていたドグだったが、ルーディが手を伸ばして炎を操っているのを見ると、ようやく何が起こったのかを察した。
「『鬼人の子』と『火を吹く男』の共演だぜ!炎があるならこっちのもんだ!」
ようやく制御を覚えたルーディはクリスティーナに目をやる。クリスティーナは少し慌てた様子を見せ、両手を開いて身構えた。
「もう私たちに手を出すな!」
ルーディはそう言うと、渦を描くような形へと火の竜を操る。そしてパンチのような動きで腕を伸ばすと、火の竜をクリスティーナに向けて突進させた。
クリスティーナの方は未だ冷静であり、もう一度呼び起こした風を、火の竜をいなすような方向からぶつけた。さらに腕をぐるりと回して小さな竜巻を起こせば、風の勢いの中に炎を飲み込んでいく。
風に巻き込まれた火の竜は、徐々に空気中へと散っては小さくなり始めてしまう。ルーディは負けじと歯を食いしばると、さらに強い力を火の竜に流し込んでいく。
押し合いが続いていた風の渦と火の竜だったが、次第にルーディの力がクリスティーナを上回るようになり、消えかけていた炎も再び燃え盛った。クリスティーナが1歩引いたのを見れば、ルーディはさらに力を込める。
ついに火の竜は、渦巻く風の盾を打ち破った。燃え上がる勢いのまま風を裂くと、噛み付くようにクリスティーナに襲いかかり、炎の中へと飲み込もうとする。
火が目前に迫る中、クリスティーナは羽織っている上着を素早く脱ぎ、闘牛士のマントのように炎を受け流した。
ジャケットは激しく燃え、ブロンドの髪も少し焼けてしまったものの、クリスティーナに大きなやけどはなかった。火の竜は地面に突っ込んでは、芝生を火の海に変えながらも、飛び散って消えた。
「よ、よし!よくやったぜルーディ!そしてお前!お前は動くんじゃねえ!」
ドグはそう言いながらクリスティーナに銃を向け、マチャティは『いつでも次が行けるぞ』と言うように松明を見せる。その後方では、ドアから這い出たランジェナが、麻酔銃に弾を込めていた。ルーディは相変わらずの焼き付くような眼光だ。
クリスティーナは4人を見回すと、肩を落としてため息をついた。
「あー、わかったよ。わかったわかった。こっちだって、焼き殺されちゃたまんないからさ」
クリスティーナはそう言うと両手を下ろして背後に回す。抵抗はしないと示すような態度だったが、ランジェナとドグは、すぐには彼女を信用しなかった。
ドグは躊躇いながらも、銃を向けたまま彼女に近づこうとする。しかし、不意に気配を感じたルーディに呼び止められた。
「待って!そっちに歩いちゃダメだ!」
ルーディが声を上げた次の瞬間、ドグの目の前で突風が起きたかと思えば、小さな人影が彼の前に立ち塞がった。
咄嗟に飛び退いたドグは尻もちをついてしまう。目の前に現れたのは、スペードの仮面を被ったあの少女だった。
「今日は一旦引き下がるよ。確かに君たち、結構やってくれたみたいだし。出直しだね。それじゃ」
クリスティーナはそう言うと、スペードの少女に自分の手を握らせた。それを見たランジェナは「待ちな!」と叫んで麻酔銃を撃ったが、麻酔カプセルが命中するより早く、2人はパッとどこかに消えてしまった。
マチャティは目を丸くしながらも2人を探す。だがあの少女とならば風よりも早く動けるのか、彼女たちが姿を見せることはもうなかった。
「逃げられたね。あの女の子、どこに潜んでやがったんだ」
ランジェナは団長室にてスペードの少女に襲われたことを思い出す。スピードを操る力とでも言うべきか、とにかくとてつもなく速く動けるようである。
ドグはよろめきながらも立ち上がり、ルーディに「無事か?」と声をかける。ルーディはまだ落ち着かない様子だったが、「大丈夫」と言うように首を縦に降り、地面に膝を着いた。
「だけど、何とか無事で済んだな。死ぬかと思ったぜマジに!」
「意外と能天気なことを言うな。あれが無事に見えるのか?」
マチャティはドグにそう言うと会場の方を顎で指す。天気は元通りに晴れ、空を飛んでいた車やキャビンもいつの間にか消えていたが、あちこちで煙が上がっていた。
さながら嵐が通った後のようになった会場を見て、ドグは呆然となる。ランジェナは無線で他の団員と通信しているようだ。
「あんまりめちゃくちゃにされたんで……被害がどんなもんかわからないね。少なくともマトモなゾーンは1箇所としてないだろうけど。とにかく、会場に戻らないと」
そう話してランジェナ顔を上げるランジェナだったが、ルーディが地面に倒れてしまっていることに気づくと、慌てて彼に走りよった。
「ルーディ!しっかりしなよ!」
ドグとマチャティもそれに気づき、ルーディを囲んだ。
「何だ、どうしたんだ!?」
「パワーの使いすぎだ!あんなに無茶ばっかりすりゃ、こうっちまうのも当然だ!」
ルーディは仰向けに倒れては苦しそうな浅い呼吸を漏らしており、その両腕も灰色に変色していっている。意識も朦朧としているのか、ランジェナの呼びかけにも何の反応も見せることがない。
「そんな!私が無茶をさせて、炎なんて操らせたせいか!?」
「いや、ここに来るまでにも力を使ってる。ちょっとその……色々あってな」
ファンダム博士の襲撃を思い返しながらそう言えばランジェナに「何だって?」と聞き返されたが、今のドグには、細かな動向を説明している余裕はなかった。
「詳しい話はあとだ!とりあえず今は、安全なところに行かねえと!」
ドグはそう言うとルーディに水を飲ませ、周りに他の敵がいないか確かめる。ランジェナは頷くと、マチャティに指示してルーディを背負わせた。
「ぶっ壊れてないキャビンがあるらしい。他の怪我人も合わせて、そこに運ぼう」
ランジェナがそう告げれば、3人はルーディを抱えて会場へと帰っていく。言うまでもなく、乗ってきた車はすでに使い物にならなかった。
マチャティの背中でゆさゆさと揺られる中、ルーディの中では、疲労とは違った苦しみがこみ上げてきていた。
目の前でギャラナーが撃ち殺される悪夢が、頭の中で何度も何度も叩きつけるように再生される。耳を刺すように名前を呼ぶ声、薄暗い部屋に轟く銃声、歪んでいくギャラナーの表情。両手からは、灰のザラザラした触感が離れない。
そして同時に、クリスティーナが彼に向けて放った言葉も、ルーディを捕まえて離れようとしなかった。
『ギャラナーは、私たちの仲間だった』『彼を殺した犯人は、このクラウンヘッドサーカスにいる』
何度逃れようとしても、絡みつくような悪夢の沼に引き戻されてしまう。
次第に彼の意識も、夢の世界へとゆっくりと沈んでいく。目を開けることすらできないまま、ルーディは冷たい眠りへと落ちていった。
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