デュームリングの猛撃とクラウンヘッドの反撃②
粉々になった陶器の破片が散らばるノームの広場。『火を吹く男』マチャティは、ジャベリンを握りながら直立していた。
そんな彼に、3体ほどのノームの人形が飛びかかってきた。マチャティはジャベリンを持ち直すと、豪快なスイングでまとめて吹き飛ばす。ノームたちは無惨に叩き壊されてしまった。
マチャティは立派にこしらえた髭を整えると、少し遠くから彼を観察している仮面の男に視線をぶつける。ダイヤの仮面を被った鬼人である。
ダイヤの男は驚いているようだった。怖がる様子も見せないマチャティを見て明らかに動揺しており、両手を伸ばしては、厨房のキャビンから皿やティーカップの山を操って引っ張り出す。
ダイヤの男が両手を前に出せば、再び陶器の群れは浮かび上がり、マチャティに向けて一斉に飛んだ。
しかし、『火を吹く男』は動じない。
ルーディと似た超自然能力か。だが操れるのは、おそらく「陶器」。陶器であれば、皿でも置物でも自由自在というわけだ。
頭の中を整理したマチャティは、ジャベリンを握る手に力を入れて身構える。
そして2メートルはあるジャベリンを軽く振り回すと、飛んでくる陶器の皿を次々と、そしてゆうゆうと叩き落とした。細かな破片に切り傷をつけられることはあったが、燃え盛る闘志は枯れることを知らず、陶器のピースを砕いていく。
ほんの10秒足らずで、マチャティを襲った陶器の群れは粉々になって沈められてしまった。
ダイヤの男は予期せぬ事態に後ずさる。マチャティは静かに、それでいて気迫のこもった声で言葉をかけた。
「なかなか派手なパワーをお持ちのようだが……おわかりかね?私にはキズ一つ与えることはできないよ」
切り傷から血をポタポタと垂らしながらも、マチャティはジャベリンを手にダイヤの男へと迫る。
「君の動きには想像性がない!『鬼人の子』のステージの足元にも及ばない、平坦で単純な動きなのだよ。皿をビュンビュンと飛ばしてみたところで、私からすれば、眠っていても避けられるということだ!」
そう告げるとマチャティは、ジャベリンを頭上で回しながら走り出した。ダイヤの男は咄嗟に陶器の破片を引き寄せると、細かい破片を集めて、剣のような形に組み立てていく。
銀製のジャベリンと破片の剣がぶつかり、文字通り鉄を打ったような音が轟いた。
しかし力で勝っていたのは圧倒的にマチャティの方であり、青筋を浮かべる太い腕でジャベリンを一振りされれば、ダイヤの男は剣を弾かれてしまう。そのままマチャティの追撃を側頭部に食らってしまえば、あっという間に地面へと倒されてしまった。
マチャティは地面に倒れた男にジャベリンの先を向ける。だがダイヤの男は完全に気を失ってしまったようで、何の反応も返さない。
剣の形に繋ぎ止められていた陶器の破片や、2人を取り囲むように立っていたノームたちも、ガシャガシャと崩れ落ちた。
もう一度髭を整え直すマチャティだったが、その表情は険しいままである。客席やステージで倒れて閉まっているオイやパフォーマーたちが、未だに立ち上がる様子を見せないからだ。
マチャティは情報を伺おうと、一度は通信が切れてしまっていた小型の無線機に手を伸ばした。
しかしその直後、彼の体は異変に襲われることとなる。
腰に付けた無線機を手にしたのとほぼ同時に、マチャティは不可解な感覚に捕らえられた。ジョッキにつがれたばかりのビールのようにみなぎっていた力が、段々と抜けていく。指先には妙な痺れを覚えた。
「何だ?妙だ。パワーが、入らないぞ……」
突然彼の体は力を失ってしまい、手からは無線機が滑り落ちる。次第に全身にも脱力感が広がり始め、意識ははっきりしているにも関わらず、体だけは眠りに落ちたような状態に陥っていく。
つい先ほどまでは元気にジャベリンを振り回していたにも関わらず、膝から崩れ落ちては、体を起こす力すら入らなくなった。風を失ったチューブマンのように、マチャティはぐったりと倒れ込んでしまった。
これがオイの言っていた「力が突然入らなくなる奇妙な現象」か!
ようやく理解し、何とか起き上がろうとするマチャティ。そんな彼の視線の先に、もう1人の鬼人が姿を現した。ハートの仮面を被った少年である。
ハートの少年はマチャティを観察しながら近づくと、まだ力を振り絞ろうとする彼に右手をかざす。すると、体はわずかに残っていた体力され吸い取られてしまい、マチャティは呼吸すらも苦しくなってしまった。
地面に倒れていたダイヤの男を一瞥すると、ハートの少年はうずくまっているオイたちの方に向かおうとした。
だがそれに気づいたマチャティが、必死に腕を伸ばして少年の足をつかむ。ゼーゼーと荒れた息を漏らし、言葉を発することもできないが、その目には力が残ったままである。
ハートの少年は仮面を外すと、青い瞳でマチャティのことを睨みつけた。
「はぁ?何だよお前、ムカつくなぁ!」
ハートの少年はマチャティを蹴り飛ばすと、ステージの中央へと歩いていく。そしてパフォーマーたちの方に向き直ると、不敵な笑みを見せながら腕を広げた。
「俺はさ、『力』を操れるんだよ。それってつまり、こんなことができるってことだ!」
そう言い放ったハートの少年に両方の手のひらを向けられれば、マチャティは再び力を奪われ、視界も霞むようになってしまった。
「それにだ!こんなこともできるってことなんだよ!」
ハートの少年は開いた両手を自分の方に向ける。すると今度は、筋肉が異常な進化を遂げていくかのように、彼の体がボコボコと肥大化を見せ始めた。
マチャティの半分程度の背丈はメキメキと大きくなり、2メートル半はありそうな巨体へと成長していく。足は象のように太く、腕は弾けそうなほど筋肉質で、その表情も般若の面を思わせる凶暴なものに変わった。
10秒と経たないうちに、ハートの少年は、鬼と呼ぶにふさわしい大男へと変貌してしまった。
こうなれば待っているのは一方的な撲殺だけであろう。マチャティはただ目の前の怪物を見ることしかできない。
ハートの怪人は地面を揺らすほどの叫び声をあげると、まずは目の前のマチャティから叩き潰してやろうと動き出した。
ノームたちを虫のように踏み潰しながら猛進する。だが突然、何故かその巨体はピタッと静止し、表情も凍ってしまったかのように固まった。
突然ステージを包んだ静寂に、マチャティも戸惑いを見せる。
ハートの怪人は硬直したたまま前のめりに倒れてしまい、その体も空気が抜けたようにしぼんでいく。少年の姿へと戻った頃には、マチャティたちの体にも、奪われていた力が帰ってきた。
何があったのかとマチャティは少年に目をやる。首の辺りを見てみると、小さなカプセル状の弾が打ち込まれていることがわかった。
「アンタたち大丈夫かい?ちょっと見ない間に、随分と静かになったじゃないか」
ゆっくりと体を起こすパフォーマーたちに声をかけながら、1人の人物が『ノームの広場』ステージに足を踏み入れる。若干の焦げ目が残るスーツを羽織り、頭には何故かパーティハットを被った団長、ランジェナだった。手には動物用の麻酔銃を持っている。
落ち着いた呼吸を取り戻したマチャティはふらふらと立ち上がる。オイをはじめとする他の団員たちも、何とか体を起こすことができた。
「団長!良かったアンタは無事だったか!」
マチャティは彼女の方に駆け寄る。ランジェナの頬はすすを被っており、手首には錠をかけられていたらしいあざも残っていた。
「またね。もう少しで生きたまま焼かれるとこだったけど……あいにくこっちもダテにサーカス団やってないのさ」
火の海となったキャンピングカーに取り残されたランジェナだったが、実は容易に錠を外すことができており、命からがら炎の中から脱出していた。
彼女が外に出た頃にはサーカス会場は荒れ放題となっており、空は濃い影に覆われ、陶器のノーム一家もどこかに消えてしまっていた。それでもランジェナはルーディを拉致しに向かったであろうクリスティーナを追い、本来であれば猛獣退治に使う武器を手にして会場を走り回っていたのである。
「妙な力を持った連中が会場を荒らしている。私でさえ太刀打ちできなかった。あまりに危険だ!」
「ただの妙な連中じゃない。奴らは鬼人だよ。街で雇ったクリスティーナもそうだった」
マチャティの言葉にそう返すと、ランジェナは黒くよどんだ空を見上げる。彼女の後方には、乗ってきたであろう車が置かれていた。スティックドーナツを売るための小型なキッチンカーだ。
「もはや会場は災害の真っ只中だぞ。鬼人と言ったか?連中は何のためにこんなことをするんだ!?」
憤るマチャティに一緒に来いと指示しながら、ランジェナは車の方へと戻る。次の麻酔弾を込めると、パーティハットを被り直して、車内の無線機のダイヤルを回した。
「ルーディだよ。何でかはわならないけど、奴らをあの子を連れ去りに来たんだ」
ランジェナにそう言われれば、マチャティは声量を大きくした。
「何だと!?彼は私たちの仲間だぞ!それを連れ去ろうなどとは……」
「わかってるわかってる。そんなことさせないよ。けど、他の団員だって今や命のピンチだ」
ランジェナはようやく復活した無線で状況を確かめると、動けそうな団員には命があるうちに避難しろと指示を送る。どうやら会場を襲った鬼人は少数なようで、ランジェナを襲撃したクリスティーナと、トランプのマークを描いた仮面の4人だけらしかった。
「まずいね。もうすぐドグが戻ってくる時間だ。てことはルーディも戻ってきてる!あのスットコドッコイを止めないと!アンタも準備して来な!」
マチャティは『ノームの広場』ステージのパフォーマーたちを介抱しようとしていたが、名前を呼ばれればパッと顔を上げる。
「準備とは何の準備だ?」
「ついてこりゃわかる。ほら、さっさと行くよ!」
マチャティとともに車に飛び乗ったランジェナは、一層荒れた空の下で、もう一度クリスティーナの姿を追い始めた。
会場に響いていた叫びや悲鳴は聞こえなくなってきていたが、そんな中でも、ドグとクリスティーナの睨み合いは続いていた。
彼女の方に行こうとしていたルーディもようやく思いとどまり、今ではドグの横に立ってじっと身構えている。クリスティーナは髪を指に巻いていじりながらため息をついた。
「全く、困らせてくれるね。こっちは平和な方法を選んでやったっていうのに……」
「テメーの目は飾りか?あれのどこが『平和な方法』だ!」
メチャクチャに荒らされた会場を見ながら、ドグは銃の先を向ける。
「怖いなあ、そんなもの向けないでよ。それとも、君にはチャッチャと消えちゃってもらおうかな」
冷たい声色で脅しをかけられれば、銃を握るドグの手はますます震えた。それをルーディは片方の手を地面に向け、何か覚悟を決めたように深呼吸した。
辺りに吹いていた風がルーディの周りに集まり、渦を描くように土埃を巻き上げていく。
「どうして私が欲しいんだ?お前たちの望みは、本当は何なんだ?」
ルーディは恐怖を押し殺しながらクリスティーナに問いかける。彼女からの反応はない。
「私のことも殺すのか!私の父にそうしたように!」
そう叫ぶとルーディはさらに強く風を吹かせ、投げつけるような動作でクリスティーナに向けて押し流した。突風を受けたクリスティーナはよろめく素振りを見せたが、緊張感のない様子で目をこすると、ボサボサになった前髪を直す。
「オイ、ルーディ!落ち着け!もう少し下がってろ!」
ドグは慌ててルーディの服をつかむ。ルーディの感情はかなり不安定になってきているようだった。肩で息をしながら、ファンダム博士に対して見せた目の色と同じ、怒りに包まれた視線を放っている。
クリスティーナはそんなルーディを見ると、またしても警戒心のない態度で、淡々と言葉をつぶやき出した。
「変なことを言うんだね。君のことを殺すだって?まさか!そんなことをする気は微塵もないよ」
話を始めたクリスティーナは地面に腰を下ろし、ポケットから1つのペンダントを取り出す。ルーディが持つチャームと同じ、逆さ十字が彫り込まれたものだ。
「君のお父さん……ギャラナー・アイビードが殺されたってことは、覚えてるみたいだね。けど勘違いしないで。彼を殺したのは私たちじゃない」
話を聞くルーディは目の力を強める。ドグは、
「テメー!何を適当なことを言い出しやがるんだ!?」
と言って話を遮ろうとした。
「ま、聞いてよ。ルーディ、君は勘違いしてる。ギャラナーは……私たちの仲間だった。彼は、優秀な鬼人だった。だから私たちもずっと、彼を殺した犯人を追ってるんだよ」
クリスティーナの言葉は、ルーディの頭に、ハンマーで殴られたような衝撃を走らせた。
ルーディは目を見開き、信じられないと言うように体の動きをピタリと止める。確かにファンダム博士はルーディの父、ギャラナー・アイビードのことを知っているようだった。しかし、ギャラナーが彼やクリスティーナと仲間だったなどという話は、一度として聞いてはいなかった。
「な、何を言ってる?そんなはずがない!ふざけるな!」
「ルーディ!下がれと言ってんのがわかんねえのか!」
彼を落ち着かせようとするドグの声は、もはやルーディの耳には入ってこない。
ルーディは、彼の父親ギャラナーがどんな人物だったのかは、全くと言っていいほどに覚えていない。わずかに残っている記憶と言えば、あの悪夢の中で何度も目にする、彼の名を呼ぶギャラナーが何者かに撃たれた瞬間だけである。
だが同時にルーディにとって、唯一の家族であるギャラナーは、彼の空っぽに近い心を埋めてくれる、ある種の光のような存在だった。
故にルーディは、ギャラナーは自分を愛してくれる素晴らしい人物に違いないのだと、信じて疑わなかった。映画やドラマで「父親」の姿を目にしたり、団員たちが話す家族の話を聴いたりしては、無意識な父親像を作り上げていた。そんな父が殺人鬼の仲間だったなどと言われても、断じて信じることはできなかったのだ。
「父さんとお前たちを同じにするな!そんな話、あり得るはずがない!」
ルーディは血が滲むほど手に力を込めると、自分に言い聞かすように怒鳴った。しかしクリスティーナは鬱陶しそうに片耳を塞ぎ、ルーディの感情を煽っていく。
「本当だよ。覚えてないの?私たちはある大きな目的のためにビリージョーズ・ヒルに来てた。君だってそうだった。君は、ギャラナーの跡を継ぐために、この街に連れてこられたんだよ」
クリスティーナは右手にぶら下げたペンダントを手の中で動かしながら話す。ルーディが思わず力を使うのを忘れてつかみかかろうとしたため、ドグは慌てて彼の体を抑えた。
「でも結局、彼の全てはオジャンになってしまった。やたらに寒い夜だったかな。11月のある晩、ギャラナーの気配が、突然消えたんだ。彼に限ってまさかと思ったけど……クロスハウスに残ってたのは、一発の銃弾と、彼のお気に入りだったコート、床に散らばった灰の山だけだったよ」
クリスティーナの話に、ドグは灰になって消えたファンダム博士のことを思い出した。ルーディの前では誤魔化したものの、力尽きたファンダム博士は確かに真っ黒い灰の山へと変貌し、影も形も失ってしまっていた。
おそらくは鬼人は、ファンタジーな吸血鬼のように、命を落とした瞬間に灰の塊へと消滅してしまうのかもしれない。
クリスティーナは話を続ける。
「ギャラナーが死んじゃったのは残念だけど、今は仕方ないよね。でも、彼を殺したのは誰なのか?ってのは、本当に気になる問題なんだよ」
ペンダントをしまえば、クリスティーナは立ち上がって土埃を払った。鋭い色に変わった目線はルーディに浴びせられている。
「大事なのはここからさ。ギャラナーが死んだあの日も、彼は君をあちこち連れ回してた。てことは君は、クロスハウスで彼を撃った犯人を見ていたはずなんだ」
クリスティーナにそう言われようとも、ルーディは何も思い出すことができない。頭に浮かんでくるのは、何もできずに父が撃たれる瞬間を目にしていた、あの夢の景色だけである。
「だから、覚えてるなら教えて欲しい。ギャラナーを殺したのは、誰だったの?」
声を尖らせるクリスティーナの上空では、雷雲がゴロゴロと唸り声を上げるようになり、ルーディとドグは空を仰いだ。体を強ばらせるルーディだったが、引き下がることもできなかった。
「そ、それを知りたいのは私の方だ!私だって何も知らないし、何も覚えていないんだ!」
言い返すルーディに怪訝な目を向けると、クリスティーナは片方の手を上げる。そして、先程のルーディを真似るような動きで風を舞わすと、土を巻き上げるようにしながら吹き荒らした。
「本当に?本当に何も知らない?君は全てを見てたはずだ。なのに、自分を騙して、何も知らないって思い込んでるだけじゃないの?」
クリスティーナの言葉にルーディは戸惑う。また頭に痛みがこみあがってくるのも感じた。強くなった風に飛ばされそうになりながらも、不安を振り払うように彼女を睨みつけた。
何の話をしてるんだ!?何も覚えてないのは本当だ!そうじゃなきゃ……こんなに、こんなに苦しいわけがない!
声には出さないが、ルーディは自分にそう言い聞かす。隣にいるドグは、何を言えばいいかもわからず、黙って風に耐えることしかできない。
「君がサーカス団に流れ着いたのも偶然なんかじゃない。実はね、君たちがこの街にやって来たとき、私はある『気配』を感じたんだ。ギャラナーが死んだ夜に、クロスハウスから感じたのとの同じ気配だよ。つまり、ギャラナーを撃った犯人は、この街にいる。というより、クラウンヘッドサーカスにいる……のかもね」
クリスティーナの声は、吹き荒れる風の中でも力強く響いた。彼女が投げかけた言葉に、ドグは表情を引きつらせ、ルーディは目を大きく見張る。
「父さんを撃った誰かが……この、サーカスに?」
「ルーディ!何ふざけたことに耳を貸そうとしてんだ!お前を揺さぶろうとしてるだけだってわかんねえのか!」
ドグに真横から怒鳴られようと、その声は、ルーディの耳には届かない。
「君も本当は、そのことに気づいてるんだよ。ほらこっちに来なよ。私たちのところに帰ろう。それとも、お父さんの仇を討ちたくないって言うの?」
クリスティーナはそう言って手を伸ばす。彼女の話は突拍子のないものだったが、何故かルーディは、『それ以上思い出すな』というような強い痛みを頭に覚え、額を抑えてうずくまってしまった。
確かにルーディもファンダム博士と出会ってからは、眠っていた感覚が蘇って来たかのように、近くにいる鬼人や、誰かの気配を感じ取れるようになっていた。ハートの少女に襲われたときもそうだった。鬼人には、生物の気配をレーダーのようにつかむ特別な感覚があるようだ。
とはいえ、父を撃った誰かの気配なんて覚えてはいない。そもそも感じたことすらないはずだった。ルーディは頭を抱えた。
ドグはそんな彼の前に立つと、再びクリスティーナに銃口を突きつける。
「テメー、いい加減にしねえか!適当なことばっか言ってるんじゃねえぞ!」
「そう思うなら適当に聞き流せばいいじゃない。とにかく、ルーディを渡しなよ。何とかしてその子の記憶をこじ開けてやるからさ」
ファンダム博士も、痛みつけてでもルーディの記憶を蘇らせようとしていた。ルーディの意思など気にするつもりもないのだと思えば、ドグは煮えたぎるような怒りを覚えた。
クリスティーナはドグを挑発するように笑うと、右手を空へと掲げる。雷を落としたときに見せた動作と同じである
それでもドグは、ルーディを抱えたまま、彼女を睨み続けた。クリスティーナは「それでいいの?」と囁くと、空気を切るように素早く右手を下ろす。その一瞬、空から振り下ろされた電光が、少し離れた地面に炸裂した。
クリスティーナが落とした雷は鼓膜を突き破りそうな程の衝撃音を響かせ、近くに生えていた木や茂みも燃え上がらせる。圧倒的な力を前に、2人は、あっという間に追い詰められてしまう。
だが雷による耳鳴りが晴れてきた頃、別の騒がしい音が、サーカス会場の方角から響いてきた。
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