デュームリングの猛撃とクラウンヘッドの反撃①

一方ルーディとドグの2人は、どちらも何も語ることのないまま、サーカス会場の近くまで戻ってきていた。疲労困憊であることに加えて若干の放心状態でもあり、気まずさとは違う沈黙が車内を占領している。

ルーディはファンダムから取り返した逆さ十字チャームを見ながら、顔を上げることができなくなっていた。

あの男、ファンダム博士はこのチャームに……何か秘密があると話していた。これは一体何なんだ?ただのお守りじゃないのか?

頭をあれこれ働かせてみるが、考えても何も思い出せず、思いつくことさえもできない。何度目かもわからないため息をつくと、シートに体を預けるように深く座った。

2人がサーカス会場に続く一本道まで戻ってきた頃、その上空には、不自然にも空を包むような暗雲が広がり始めていた。

「何だぁ?気味の悪い空模様だな。会場にだけ傘ができてるみたいじゃねえか」

ハングルを握るドグは思わずそう漏らす。先程までは雲ひとつない快晴だったはずだが、2人が向かう先にある空の色は、あまりにも不吉そうだった。

「だがまあ、無事帰れただけでとってもラッキーだな。今でも生きた心地はしねえけどよ」

 そう言ってチラッと助手席を見たが、ルーディは相変わらず表情を曇らせたままでいる。いっぺんにあんな出来事が連発してケロッとしていられるわけがないが、そんなルーディの様子に、ドグは不安を感じずにはいられなかった。

 「とにかく会場に戻んねえとな。団長には俺も言っとくからよ..……少しでも早くこの街を出るんだ」

 ドグの最後の言葉に、ルーディはやっと顔を上げる。だがその表情には落ち着きはなく、眉をひそめ、耳を疑っているような顔つきを見せた。

 「街を出る、だって?」

 ルーディに聞き返されれば、今度はドグの方が耳を疑った。ミラー越しにルーディに目をやると、ため息をつきながらもアクセルを再度踏み込む。

 「当たり前だろ。この街にはアイツみたいな鬼人がうじゃうじゃいるかもしれないんだぜ?サーカスなんかやってる場合なわけがねえ」

 ルーディは納得がいかないという様子で、ドグに向けて強い声色で言葉をぶつけた。

 「わ、私の記憶はどうなる!?ようやくピースを見つけたところだって言うのに、また振り出しに戻れって言うのか!それに……父さんを殺した本当の犯人だって、まだこの街にいるかもしれないのに!」

 ファンダムの言動から記憶が撒き戻りそうになったルーディにとっては、ビリージョーズ・ヒルを離れようと言われても、そう簡単に首を縦に振ることはできなかった。だが今回ばかりは、ドグの方も譲ろうとはしない。

 「考えてみろ!俺たち殺されかけたんだぜ!?親父さんのことは一回忘れて、この街をとっとと出るんだよ!」

 「忘れろ、だと!?どうしてそんなことが言えるんだ!私に、頭がおかしくなるまで、あの悪夢を見続けろって言うのか!」

 「じゃあテメーは、イカれた連中に殺されてもいいってのかよ!」

 ルーディは息を荒くしながら、いまにもドグに掴みかかろうとしそうなほどの勢いで反抗を見せる。

だがドグが一瞬として目も合わせずにノーと突きつけ続けるのを見ると、腕を組んで窓の方に目線を移してしまった。当然ながらわずかにも納得していない顔色である。

 「ルーディ、お前の気持ちはわかるがよー…….死なねえことほど大事なことはねえだろ。生き急いだことを言うなって」

 ドグはダッシュボードに目をやりながらそんな言葉をつぶやいた。ダッシュボードの中には、ランジェナに持たされた銃が入っている。

さらに何かを告げたそうにしながらも、結局ドグは、唇を噛んで口を閉ざしてしまった。一度ドグに険しい目付きを向けたルーディも、すぐに窓の外へと視線を外した。

 またしても無言の時間が訪れる。これじゃ落ち着かねえとラジオを流そうとしたドグだったが、何かに気付いたルーディに声をかけられると、手の動きを止めた。

「……ところで、いつからあんなバルーンを飛ばしていたんだ?」

そう言いながらルーディが指さす先では、何個かの大きなシルエットが、風に煽られて空に浮かんでいた。ドグも言われて気づいたが、またランジェナが新しい宣伝でも思いついたのかとしか思わなかった。

「何だあれ。何かの思いつきにしちゃ随分と準備が早いが...…何にせよ、悪天候で飛ばすようなものには見えねえけどな」

2人を乗せた車が坂道を登り、次第に会場も近づいてくる。ますます大きく見えるようになったシルエットを目にして、先に異常に気づいたのはルーディの方だった。

「ちょ、ちょっと待って!あれはバルーンなんかじゃないぞ!車が宙に浮かんでるんだ!」

「何言ってんだお前……」

「よく見て!あんな形の風船があるか!?」

ドグはルーディに言われてもう一度目を凝らす。

すると彼にも、少し上空を漂っているシルエットの正体が、確かに風船などではないことがわかった。ピエロのペイントがされた車や、食べ物を売るトラックが、気球のように空中を漂っているのである。

口を開けたまま言葉を失う2人の目線の先では、ついには小型のキャビンまでもが、土煙を巻き上げながら、空へと浮かび始めていた。

ドグは自分の目を疑う。竜巻に巻き込まれて飛んだと言うならば理解できなくもないが、木造のキャビンが浮き上がるスピードは極めて遅く、雲にでもなったかのようにゆったりと風に乗っているのである。その様子はまるで、誰かに天から引っ張り上げられているかのようだ。

だがしばらくすれば、空飛ぶキャビンは自分の重さを思い出したかのように、急速に落下した。そのまま別のキャビンに激突すると、地面が揺れるほどの衝撃音が轟き、会場にいた鳥たちが一斉に逃げ出していった。

「……OK。確かに見たぞ。この世の終わりだ」

ドグは戸惑いつつもアクセルを踏み込み、すぐにでも会場にたどり着こうとする。だがすぐにルーディに呼び止められた。

「待って止まって!前に誰かいる!」

2人の車の先には、いつの間にか現れた小さな人影が立っていた。大慌てでブレーキを踏んだドグだったが、車は勢いのままに、小柄な少女へと突っ込んでしまう。

避けられず衝突してしまったかと思われたが、道の真ん中に立つ少女に触れた瞬間、車は急激にスピードを失って急停止した。ドグとルーディは前方へと投げ出されそうになるが、シートベルトに辛うじて体を支えられた。

ルーディは「うげっ」と声を漏らしたが、何とかして状態を起こす。

顔を上げたときには、すでに少女の姿は、幽霊のように消え去ってしまっていた。車の前には暗雲に包まれた空が広がっているだけだ。ドグとルーディは顔を見合わせる。

「い、今の見たか?確かに女の子を跳ねそうになってたよな?何で急に車が止まった!?」

シートベルトに引っ張られた衝撃に体を痛めながらも、ドグは慌てて車のドアを開けようとする。しかし何故かドアは異常に固く、体を押し当てなければすぐには開かないほど重たくもなっていた。

ドグは奇妙に思いつつもドアを押し開き、外へと1歩踏み出そうとする。だがまたしても別の異変に気づけば、思わず足を引っ込めた。

「いやいや、違う!車はまだ止まっちゃいねぇみたいだぞ!?ただ……遅い!何だかわからねえが馬鹿みたいに遅いぞ!」

ドグにそう言われれば、ルーディも窓から地面を見下ろす。

鳥が止まりそうなほどゆっくりではあったものの、 確かにタイヤや車体はまだ動いており、スローモーションのような挙動で道を進んでいた。おそらくは子供が登り坂で漕ぐ三輪車よりも遅いスピードで、車は前進を続けていたのだ。

ルーディは戸惑いながらもメーターを見る。針は70kmを指したところから、カタツムリのような遅さで左に戻ろうとしていた。

「本当だ……車が急にストップしたんじゃない。動くスピードだけが、止まって見えるほど遅くなっているんだ」

あの少女に触れた途端、2人を乗せた車は、車が持つべきスピードを失ってしまった。本来は信じ難いほど不可解な現象ではあるが、ファンダムに襲われた直後であることもあって、2人の思考は妙に冷静だった。

ドグはルーディと目を合わせ、『また恐ろしい奴が来たのか?』と言うように歯を食いしばる。

「……私と同じ、鬼人の仕業だ」

そうつぶやくルーディは、自分の身の毛がよだつのを感じていた。腕に目をやれば、まるで少女の気配に反応したかのように、不自然な鳥肌が立っている。まだどこか近くに潜んでいるであろう少女へと意識が引きつけられていく、磁力のような感覚を抱いていた。

 顔を上げ、突如目の前に現れては消えてしまった少女を探す。一瞬しか見ることはできなかったが、少女の顔はスペードの柄が描かれた仮面に覆われていた。

ドグも同じく周辺を見回した。そしてルーディより早く、ノロノロと動く車を観察するように立つ、いかにも不審そうな2人を見つけた。

「ルーディ、ルーディ!アイツら知り合いか?」

ドグに呼びかけられれば、ルーディも2人の方を見た。片方は先に姿を見せたスペードの少女である。目を凝らしてみたが、もう片方の顔まではよく見えなかった。

「わ、わからない……けど、どうぞお構いなくお通りください、って感じじゃなさそうだ」

ルーディに言われるとドグはアクセルを踏み、ハンドルも右へと動かそうとするが、やはり車は接着剤でも流し込まれたかのように鈍いままだった。

「よくわからねえが、ピンチだってのはわかった。ルーディ、お前走れるか?」

ドグはそう聞きながら、ダッシュボードに取り付けられていた革の袋に手を伸ばす。中には銃があったが弾は入っておらず、そもそもドグは一発の銃弾すら持ち運んではいない。あくまでも脅しの道具だった。

「ドグ!何をする気だ!?」

「何もしねえよ!だけどよ、もし連中が妙な真似をしやがったら……手段なんて選んじゃいられねえからな」

そう話しながら銃を引き出したドグは、ファンダム博士が話していた言葉を思い出していた。

彼の話が本当であるならば、ビリージョーズ・ヒルには彼以外にも鬼人がいるはずである。サーカス会場で起こっている何か異常な現象は、とても人の手によって引き起こされた惨事とは思えず、ドグは今更になって護身用の武器の類を持ってこなかった自分を責めた。

2人は躊躇いながらも車を降りる。向こうは依然としてドグとルーディをじっと見つめたままだったが、2人が車から出たのを見ると、ピッタリと歩幅を合わせながらドグたちの方に歩き始めた。

「こ、こっちに来るぞ!」

「見りゃわかる!いいからお前は何もするんじゃねえぞ」

ドグは銃を隠しつつ、ルーディの服を引いて一歩下がらせた。

草原を横切るように敷かれたアスファルトの道の上、双方は何も言い出すことがないままで、睨み合いを続ける。その背後では相変わらず、サーカス会場のワゴンや小屋が浮いては落ちてを繰り返していた。

ドグは背後に銃を忍ばせながら、ゆっくりと歩みを進める2人の前に立ちはだかる。

「……あ?見た顔だそ、アイツ……」

少女の隣に立つ人物を見たドグは、彼女がランジェナに雇われて司会者をやっていた学生、クリスティーナであることに気がついた。思わずたじろいでしまったが、クリスティーナの方は、眉すら動かす気配を見せなかった。

クリスティーナはドグが流した無線から、ルーディたちが戻ってきたことを知った。2人を待ち構える以前にランジェナの団長室を焼き払っていたが、ドグルーディの2人には、そんな蛮行など知る由もなかった。

隣にいるスペードの少女は仮面の下でも閉口し続けるが、クリスティーナはわずかに口角を釣り上げている。ドグは彼女を警戒していた。先の屋敷にて、ファンダムと彼女が写っている写真を目にしていたからだ。

「お帰り。2人とも随分遅かったね」

ようやく立ち止まったクリスティーナの方が先に口を開いた。

声には力がこもっておらず妙にリラックスした様子だったが、うっすらと笑みを浮かべた表情は、ドグたちに底知れぬ不気味さを感じさせる。サーカス会場からは今も尚、浮き上がったオブジェが墜落しては地面を揺らしている音が響いてきていた。

誰かが逃げてくる様子は見られず、団員たちの安否も不明のままだ。何にせよ目の前の2人がこの異常現象に関わっているはずだと、ドグとルーディにますますの緊張が走った。

「色々あったんでな!俺と喋んのは始めてだったか?司会者さんよぉ!テメー、一体何をしやがった!」

ドグは自分の恐れを振り払うように声を大にする。さらに、万が一何かあればルーディの盾になれるよう、もう数歩前に踏み出しもした。

クリスティーナは相変わらず、まるで何も起こってないかのような涼し気な態度を取り続ける。

「何をしやがった、とは?何の話?」

「後ろで起こってる大惨事が目に入ってねぇのか?しらばっくれてんじゃねえぞ、馬鹿!それ以上俺たちに近づくな!」

近づくなと言われながらも、クリスティーナはもう一歩だけルーディの方に近づく。

「後ろ?ああ、あれのことなら、引き起こしてるのは私じゃないよ。どこかの誰かが好き放題暴れてるだけ……まあ指示を出したのは私だけどさ」

「何だと!?」

「『とにかく荒らせ』とは言ったけど、あそこまで派手にやるとは思ってなかったよ。まあでもいいんじゃない?どうせしばらくしたら、竜巻で跡形もなく消してやるからさ」

クリスティーナは後ろを振り返ると何やら小さく頷きながら、メチャクチャになっていくサーカス会場を観察する。その様子を見たルーディは身の毛がよだつと同時に、激しい怒りに燃えそうにもなっていた。

ドグは深呼吸すると、隠し持っていた銃を彼女に見せた。スペードの少女は警戒するように身構えたが、クリスティーナの方は銃を前にしても軽快に口笛を吹かしている。

「近づくなと言ってるのがわからねえのか!テメーも妙な力を持ってんだろ?何が目的か知らねぇが、今すぐあれを止めろ!」

震えた銃口を向け、次々とトラックやワゴンが墜落する会場を指しながら声を荒らげるドグだが、やはりクリスティーナは警戒する素振りも見せない。ただルーディの方をジッと見続けているだけだ。

「OK。じゃ手っ取り早く行こうか。君が私の要求を飲んでくれれば、私たちはすぐに手を引くよ」

クリスティーナにそう言われればルーディは、無意識にドグのシャツを掴んでいた。ドグは怯えた目の色を見せるルーディを一瞬だけ見るが、もう一度深く呼吸し直すと、クリスティーナに鋭い目付きを返す。

「何が手っ取り早くだ!望みがあるならさっさと言えよ!」

「察しはつくでしょ?その子だよ。ルーディ。ルーディをこっちによこして」

クリスティーナは冷たく目を光らせてそう告げると、片方の手をルーディに向けて伸ばした。何かされるのかと思い咄嗟にドグが体をずらして立ち塞がったが、特に何かが起きることもなく、クリスティーナはからかうような笑みを見せる。

「テメー、何言ってやがる?」

「説明するよ。あ、でもちょっと見てて。今から君たちを脅すから」

「あ?」と聞き返したドグを無視して、クリスティーナは伸ばした手をそのまま空に向ける。そして人差し指を立て、トンボを止める動きのようにクルクルと回し始めた。柔らかに微笑むその表情は、2人に強い警戒心を抱かせる。

しばらくすると、黒くよどんで空に留まっていた雲が、ゴロゴロという音を鳴らすようになった。蛇のようにうごめく暗雲に、ルーディたちは空を見上げたまま動けなくなる。

「2人とおしゃべりするのは初めてだったよね。改めて自己紹介を……私はクリスティーナ・デュームリング。最近はボスとも呼ばれてる。ついでに言うと私は……」

クリスティーナは途中で言葉を止めると、空に向けていた人差し指を、近くに生えていた松の木に向けた。

するとその直後、まばゆい閃光が目前に広がったかと思えば、爆発のような音とともに落とされた雷に、松の木は焼き潰されてしまった。

「……空を操る鬼人。だからこんなこともできる」

あっという間に火に包まれ、焼かれた枝がバキバキと折れて落ちていく木を見て、2人は何の声も出せなくなった。クリスティーナが落とした雷は、立派にそびえていた松の木を、いとも簡単にへし折ってしまったのだ。

「じゃあ、ほかに質問は?」

クリスティーナはそう告げると、次の雷をいつでも落とせるよとでも脅すように、再び片手を空に向けた。もう片方の手をひらりと回せば、今度は辺りにつむじ風が起こり、突風を受けた2人をよろめかせた。

あまりに強大な力を見せつけられ、ドグの表情は歪む。だが逃げ出すことはできず、何とか隙をつくことはできないかと、銃を強く握り直すしかなかった。

ルーディはドグのシャツを握ったまま、怖気付いて膝から倒れそうなになっていた。クリスティーナはわずかとして顔色を変えることなく、そんなルーディに手招きしている。

「ほら、君も行ってきな。団長さんのとこみたいに火でも撒いてきてよ」

クリスティーナに指示を出されればスペードの少女はうなずき、目にも止まらぬ早さで走っては、残像を残しながら会場の方に去ってしまった。ルーディは、クリスティーナの言葉に焦りを覚えた。

「団長さん、だと!?団長にも何かしたのか!?」

クリスティーナは「さあ、どうだっけ?」とだけ返すと、もう一歩2人に迫った。さらには空で雷を起こすと、2人の真上から響くように雷鳴を轟かせる。

「お友達もどうなるかわかんないよ?今頃アイツらが好き放題暴れてるだろうから……早く助けてあげたら?」

クリスティーナにそう言われると、ルーディは諦めがついたかのように重い息を漏らし、ドグのシャツから手を離した。

そのまま両手を上げるとゆっくりと歩き出し、ドグの横を通って前に出ようとする。当然ドグは、力を込めつつも小声で彼を呼び止めた。

「ルーディ!下がれと言ってんだろうが!」

「無理だ!このままでは、サーカスの皆が殺されてしまう!私が行けば済むなら……」

ルーディは躊躇しながらもクリスティーナに近づこうとする。しかしドグは断じて許さず、力を込めてルーディの肩をつかむと、無理やりにグイッと引き戻した。

後ろに倒れそうになったルーディは、目を大きく開けながらドグを見る。

「腑抜けたことを言ってるんじゃねえ!ルーディ、お前さっきから舐めてんじゃねえぞ!」

声を荒らげるルーディの気迫に、ルーディは戸惑った表情を見せた。

「な、舐めるとはどういうことだ?何の話をしてるんだ!?」

「うん、ホント。何言ってるの?」

ルーディには選択肢がないと思っているのか、クリスティーナは余裕そうな態度で2人のやり取りを観察している。緊張感のない一言をつぶやいたのを聞いたドグは、彼女にも視線を向けた。

「わかんねえのか?」

そう言うとドグはルーディの肩を掴んだまま、人差し指を突き立てる。何か秘策を持っているかのような、自信に満ち溢れた目をしていた。

「たかが1日舞台に立っただけのボンクラが、クラウンヘッドを舐めんじゃねえって言ってんだぜ!どんな連中を連れてきたのかは知らねえが、あいにくウチには、簡単にケンカ負けするような奴はいねぇんだよ」

ドグが強気な笑みを浮かべながらそう言えば、クリスティーナの顔から薄ら笑いが消えた。ルーディは相変わらず眉をひそめたままでいる。

「ただの人間が偉そうな口を……君には、あれがケンカに見えるわけ?」

クリスティーナはそう言い返すと、重力に逆らって浮かんでいるキャビンを指さした。しかしドグは強気な姿勢を崩さない。

「確かめてこいよ。いい気になってると足元すくわれるぜ?お前らは鬼人かもしれねえが、クラウンヘッドは奇人揃いだからな!」

「言ってることがわからないんだけど?」

クリスティーナは段々と不愉快そうに髪をいじるようになっていた。3人の上では、真っ黒い雲が奇妙な渦を描いている。

ルーディは、ドグの言葉を半信半疑で聞いていた。

確かにクラウンヘッドサーカス団のパフォーマーは超人ばかりで、屈強な肉体の持ち主もいれば、奇妙な体術や特技の使い手もいる。だがそれでも、超能力で車を浮かせるような鬼人に太刀打ちできるとは思えなかった。

しかしその実、鬼人たちの襲撃を受けたクラウンヘッドサーカスでは、意外な方向に戦局が動いていたのだった。

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