ペドロという男とその恐るべき襲来①

「……すげえな」

俺は思わず、口が塞がらないままでつぶやく。ルーディは怪訝な顔をこちらに向けて聞き返した。

「なんだって?」

「すげえ、すげえなお前!本物の超能力だと!?お前、最高じゃねえか!」

俺はそう言うと、テーブルを突き飛ばすように動かしてルーディに駆け寄った。ルーディは驚いたのか混乱しているのか、ぽかんとした目で返す言葉を失った様子だ。俺は構わずルーディの手を握った。

「断る、だと?アホか!そんなわけねえだろ!セイウチと仕事をしたことはあったが、超能力者と組むだなんてはじめてだぜ?それもこんなスーパーな奴とだ!やめる理由が見つからねえ!」

俺は子供みたいにはしゃいでいた。今までしてきた仕事は危ない橋を渡る捨て駒のようなものばかりだったこともあり、ここまでハイテンションになるのも久々だった。

ルーディは戸惑い、俺の肩を掴んで押し返した。

「ちょ、ちょっと!ちょっと待て!話を聞いてたのか!?よく考えてみろ!私は超能力者だ、人間ですらない!言うならばモンスターなんだぞ?」

「モンスターだあ?水くらいしか浮かせねえくせに大物ぶるんじゃねえ、前に退治した巨大ゴキブリの方がよっぽどモンスターしてたぜ」

「そ、そういう話じゃない!怖くないのか!こんな、得体の知らない奴の側に来るなんて!」

ルーディは声色を荒くしながら言い返す。まるでルーディ自身が自分をやけに恐れているような言い方であり、少しの違和感を感じもした俺は、ようやくルーディから手を離した。

「誰がお前みたいなちっこいのを怖がるかよ。そんなに言うなら教えてくれよ、お前は何者なんだ?どこでそんな超能力なんて手に入れた?」

俺は反対の椅子に座り直して聞いた。だがルーディはすぐには言葉を返さず、答えづらそうに1歩引いた。

「それは、できない」

「そうかー、まあ俺なんてすぐには信用できねえよな。随分嫌われちまったかもなあ」

「そういう意味じゃない!……私自身も、私が誰だか知らないんだ。だから、教えようにも教えられない」

予想外の返答に、俺は「何だと?」と返した。

ルーディは上着から写真を撮り出して、険しい表情で机の上に置く。写真にはルーディと、彼の面影がある長身な男……どうやら、彼の父親らしき男が写っていた。二人は胸にブローチを付け、正装で着飾って背筋を伸ばしている。

「……私は、何も覚えていない。自分が何者で、何故こんな力を持っているのかも、全部覚えてないんだ」

俺は少しの間言葉を失った。記憶を失った超能力者の少年だなんて、いよいよSF映画の世界だ。

「覚えてない、だと?」

「そうだ。ちょっとした記憶の欠片が残っているだけで、昔のことはほぼ何も思い出せない。気づいたときにはサーカスを歩き回っていた。だから、自分が何者かなんて聞かれても、答えようがないんだ」

ルーディにそう話されても、俺はすぐには納得できなかった。写真を手に取り、写っている2人を見ながら首をひねった。

「記憶の手がかりは、その写真とこれだけだ。他には何もない」

ルーディはそう言いながら逆さ十字型のチャームを手に握って、それに彫られた模様を眺めている。俺は写真を突きつけ、ルーディの隣に写る男を指さした。

「写っているコイツは誰だ?お前に似てるな。親父さんみたいだが」

ルーディは写真を俺の手から取って答える。

「この写真を見つけたのは記憶を無くした後のことで、詳しいことは何も知らない。だが確かに、写っているのは私の父だ」

「記憶がないってのに、なんでそうと言い切れんだ」

「自分でもわからないが、わずかに残っている記憶のどこかに、この人がいるんだ。不思議な心の繋がりが、この人は間違いなく私の父親だと言ってくる」

ようするに『何となく』だな、と心の中でつぶやきながらも、俺は次に聞くべき質問を見失った。聞きたいことはまだまだあるはずだったが、突拍子もない話が多すぎて、もはやどこから問かければいいかわからなくなっていた。

ルーディが机に戻したチャームを、今度は俺の方が手に取った。石膏のような造りなのか大きさにしては少し重く、逆さまにした十字架のあちこちに青いネモフィラの花があしらわれ、鎖状の模様も彫り込まれている。

「写真に写ってるのが親父さんなんだろ?話を聞きに行けばいいじゃねえか」

「……それは無理なんだ。私は決して、父に会うことはできないし、『私は何者なんだ』と聞くこともできない」

写真を置いたルーディがふと、意味深いことをつぶやいた。かすかに声色が震えており、俺はますます困惑した。俺も親父には当分会えないであろう身だが、ルーディには、俺の都合とは違うそれがあるように思われた。

「決して会えない?そりゃ、どういう……」

再び口を開いたが、俺はすぐに話すのを止めた。不意にキャビンの外から、ガタガタッという物音が聞こえてきたからだ。

団長が早くも帰ってきたのかと思ったが、それにしては不自然かつ荒々しい物音で、隣のテントの中をアライグマが荒らし回っているようにも、強盗が辺りを物色しているようにも聞こえた。

「何の音だ?」

ルーディも同じように不安気になりながら外の方を見た。俺は首をかしげながらもルーディに「座ってろ」と言い、キャビンの扉に近づこうとした。

ちょうどその時、誰かが扉をノックした。一瞬の緊張が走る。

「すみません、食事を……エンチラーダを持ってきました」

 俺が何か言うより早く、男の声がドアの向こうからした。

少し気が張っていた俺だが、その声を聞くと拍子抜けした。大方団長が誰かに頼んで夜食でも持ってこさせたんだろうと思い、ルーディの方を振り返った。

 「おいガキ、エンチラーダって知ってるか?」

 「い、いや?知らない」

「晩メシに食うなら世界一の食べ物のことだ。食ったことねえのか?クラウンヘッドの名物。一口食べりゃ世界が変わるぜ」

まだよくわかっていない様子だったルーディに、俺はニヤッとした笑みを見せながら答えて扉を開ける。そして前に向き直ると、目の前まで迫っていた男とすぐに目が合った。

 「お、おっと失礼。わざわざありがとよ」

俺は少し驚きつつも、目の前の男に声をかける。

男は大人しそうに聞こえた口調に似合わずライオンのたてがみのような髪を持つ巨漢であり、何故か首には、十字型のネックレスをかけていた。肩幅も大きくいかにもサーカスのパフォーマーという感じだったが、俺は違和感を覚えた。男が、夕食が入った箱すら持っていなかったからだ。

男の方も見ず知らずの俺が出てきて驚いているのか、1歩下がってキャビンを見直しては、本当にここであっているか確かめている様子だ。

「……ここは、団長がいるキャビンじゃないんですか?」

男に聞かれると、俺は首を縦に動かす。

「ああ彼女のキャビンだぜ。だが団長はちょっと席を外しててな、夜食なら俺に受け取らせてくれ……エンチラーダはどこだ?」

男は片方の目を開いて何か疑うような目つきを作ると、背伸びをしてキャビンの中を覗こうとした。何かを探しているような様子を見ると、俺は「おっと」と言いながら、手を伸ばして妨害した。

「待った待った。キャビンを勝手に覗けば団長にどやされるぜ?それより……」

「『鬼人の子』がいるのはここだな?」

男の言葉が、俺の言葉を無理やりに遮った。

キャビンの外に不穏な空気が流れる。はじめは物腰低く話していた男だったが、突然ドスの効いた声に変わり、俺に鷹のような目付きを向けるようになった。

この男、何かやばそうだなと俺は思った。

 「え?キジンノコ?何の話をしてんだ?」

 どこか危険を感じた俺は、男の言う言葉の意味がわからないフリをした。今まで見るからに危ない連中を相手にしたことは何度かあったが、目の前の男からは、これから何をするか予測できない不気味さを感じられた。面倒ごとは解決よりも避けるにかぎるってことだ。

 だが何も気づいていないルーディは、後ろから俺に声をかけてしまった。

「ドーグラス、何をしている?」

俺の防衛策をいとも容易く台無しにしながらルーディは立ち上がる。目の前の男はその声に反応すると、血に飢えた熊のような目になって、もう一度俺を見下ろした。

「お前、隠そうとしたのか?」

「いや、隠すというか、その……」

誤魔化そうとする俺だったが、男が大きな背に隠していた左手を見せると、一瞬にして思考が止まった。男の手に、重たそうな斧が握られていたためだ。

男は斧を俺に見せつけながら、『そこをどけ』と顎で指示した。俺が影になって部屋からは何も見えていないのか、背後からルーディがドアに近づいてくる足音も聞こえる。俺は、頭がパニックになるのも仕方ない状況に陥った。

「だ、旦那。何のつもりかしらねえが……」

「黙ってそこをどくんだ!」

慌てて落ち着かせようとするが、男は斧を手にしたまま1歩俺に近寄り、凄んだ声を出す。

男が何者なのかは見当がつかなかった。しかし、男が夜食を運びに来たサーカス団員でも、誰かが落とした斧を届けに来てくれた親切な近隣住民でもないことは、誰にとっても明白だった。

強盗か?誘拐か?何にせよこの男、とんでもないことをしに来たに違いねえ。ええい、覚悟を決めろ!

観念した俺は両手を上げて、男の言う通りにする素振りを見せた。

「了解、了解だ。頼むからちょっと落ち着いてくれよ。そんで……おいガキ!今すぐ逃げろ!」

俺が咄嗟に大声を出してルーディに呼びかけると、男は少し驚いた顔をした。その隙をつくように腹へと蹴りを入れてやれば、男はバランスを崩して倒れ、キャビンの階段をゴロゴロと転がり落ちていった。

わけがわからないままのルーディは、戸惑った様子で俺の方を見ている。俺はルーディの方に振り返り、裏口を指でさした。

「何をやってんだ!早く逃げろ!」

「に、逃げるとはどういうことだ?エンチラーダは……」

「そんなものは後だ、マヌケ!今はとにかくやばいんだ!」

俺がそう言葉をかけた瞬間、ルーディの表情が硬直した。目を大きく開けて俺の背後を指さし、「危ない!」と言って声を震わせた。

俺が振り返った頃には、男はすでに階段を駆け上がって、斧を高く振り上げていた。

俺が咄嗟に後ろに倒れ込んだ瞬間、男の太い腕が、軽々しく斧をスイングした。豪快に振られた斧はバキャッという音を立ててドア枠を粉砕したが、かろうじて俺には当たらなかった。

俺は床に這ったまま中に下がり、近くの置かれていたシェリー酒の酒瓶を手にして立ち上がる。ルーディは呆気に取られていたようだったが、顔を見ると襲撃者の正体に気づいたようで、驚きながらもその名を口にした。

「その顔!まさか、ペドロなのか!?」

その男、ペドロは名前を呼ばれても反応を返さず、斧を強く握ったままキャビンに足を踏み入れた。

俺はすぐにはピンとこなかったが、ランジェナが話していた例の男のことを思い出した。ペドロと言えば、ルーディの世話役としてはじめに雇われていたが、気を変にした挙句、新聞社に超能力者がいると言いに走ったという男だったはずだ。

「ペドロ、ペドロ……あ!団長が言ってた野郎か?こ、この大男が、マジにそうなのか!?」

俺は思わず、ペドロ本人の前で困惑の声を出してしまった。

ランジェナから話を聞いたときには小柄な小心者をイメージしてしまったが、実際のペドロは、想像とは随分違った大柄な男だった。そのガタイの良さからはとても信じられないが、目の前の男こそ、ルーディの世話役となったものの彼を恐れて疾走した例のペドロに違いないらしく、ルーディの表情は強ばっていた。

ペドロは鬱陶しそうに前髪をかき上げ、斧を片手で持ち上げながら、俺とルーディを交互に見る。俺は腰が引けそうだったが、何とかペドロの気を沈ませようと必死になった。

「お、おいペドロさんよ。その、初めましてだな?よろしく。何を血迷ったか知らねえが、頭のおかしい真似はやめろって」

ペドロは表情を変えることなく、鷲のように力強く、それでいて落ち着きのない震えた目を俺に向けた。その眼力はまともな人間のそれではない。

「何度もおかしいと言われたさ。だがおかしいのは俺じゃなく、お前たちの方だ。悪魔の力を認めない奴らも。その怪物を普通に受け入れてるお前たちも」

ペドロに低い声でそう返されると、俺は本当に勘弁してくれと思った。雇われる初日に殺されそうな目に遭うなんて、流石の俺でも未経験なことだ。このまま殺されるかもわからない状況に、とうとう目から涙が出そうになった。

「ルーディ!ずっとお前を探し回っていたんだ。お前が誰かを苦しめる前に、俺の手で、お前を退治しなくちゃいけないからな。これは全て、皆を守るためなんだ!」

ペドロは十字架のネックレスを首に下げて、時折まじないごとのような言葉をブツブツつぶやきながら、ルーディに斧を向ける。よく見てみれば、そのネックレスの十字架は様々になっているようにも見えた。

ペドロの宣告に、ルーディは「ひっ!?」と怯えた声を漏らす。

詳しいことは俺には何もわからない。しかしとにかく、ルーディの力が本当であることを知ったペドロは、どうやら頭のネジが外れてしまったようだ。

どれだけなだめようとしてもペドロの手から斧が離されることはない。確かに本物の超常現象に触れれば、そんなふうに気をおかしてしまう人間もいるのだろう。俺が超能力なんて存在を受け入れられたのは、そう言う類のテレビや映画を好んでよく観ていたからであり、加えて、信じられない無茶や危険をたっぷりと味わってきたからでもあった。

とはいえ当然、殺されそうな目になんて慣れていない。こんないかれた男に斧を向けられるのも心底御免だった。

「な、何言ってんだお前?超能力なんてマジにあるわけねぇだろ?サーカスのトリックをまともに受けるなよ」

誤魔化そうと思った俺がそう言い聞かせようとしても、ペドロは鋭い睨みを返すだけだ。

完全に落ち着きを失っている。俺の言葉には耳を貸す素振りも見せない。相変わらずの破壊的な様子で、恐るべき持論を声にし続けている。

「ルーディの力はトリックなんかじゃない。人智を超えた危険な力、悪魔の力だ。宇宙から来た怪物や、魔女の末裔なのかもしれない。お前も知っているはずだ!今に、街や人々に災いを呼び込むだろう」

「気でも違ってんのか。こんな子供に何ができるってんだ」

「子供なんかじゃない!人の皮を被った悪魔に違いないんだ!」

ペドロは声を荒げると、もう一度斧を振り回した。

斧はキャビン内に置かれたチラシの山を切り刻み、ソファにも大きな傷跡を残す。その狂乱な様子からコイツマジで正気じゃないぞと理解することは、あまりにも簡単だった。

「殺してやる、悪魔め!」

ペドロはますます凶暴な口調になると、もう一度斧を振り上げて、ルーディに血走った目を向けた。ルーディが腰を抜かしそうになったのを見て、俺は慌てて声をかける。

「オイ、ガキ!このタコ野郎!とっとと逃げろって言ってるのがわかんねえのか!」

ルーディはハッとすると、ようやく振り返って走り出す。だが慌てたばかりにすぐ転んでしまい、裏口に着く前に倒れてしまった。

「タコスケが!何やってんだ!」

俺にそう言われて何とか逃げようとするルーディだが、足をくじいてしまったらしく、立ち上がることもできていない。足を引きずるが、数メートル動けもしないようだった。

「は、走れない!足をやってしまった!」

「そんなの超能力とやらでなんとかしろ!死にてえのか!?このタコ!」

「私の力はそんなに便利じゃないんだ!」

ルーディは放心しながら首を左右に振る。その間抜けな姿を見た俺は、ルーディがペドロの言うような危険な怪物や悪魔などではないと確信した。こんなにトンマな悪魔がいるか、馬鹿!

やむを得ず俺はペドロの前に立ち塞がり、指を立ててチッチッと振る。早い話が挑発だったが、ペドロは面白いくらいに乗っかってくれた。

「何の真似だ!悪魔の味方をするなら、お前も殺してやる!」

「言ってくれるじゃねえか。だがそんなのはお断りだなあ」

ペドロはまたしても斧を振り回そうと構えたが、その動作はかなり遅かった。俺は手にしていた酒瓶を素早く振り上げて、横から叩きつけるようにペドロの頭にぶつけてやった。瓶は叩き割られ、粉々になりながら破片を飛び散らせる。

その衝撃にペドロの意識はぐらついた。もう一度腹部に蹴りを与えれば、ペドロはよろめき、木の椅子に仰向けに倒れ込んだ。

暴漢に襲われたことなら何度かある。警官を振り切ったことも、ギャングのような連中と揉み合いになったこともある。そんな連中に比べれば、のろまそうな大男なんて恐るるに足らずってやつだと俺は思っていた。

「なめてんじゃねえぞ、トンチキが!その間抜けな頭をもっと馬鹿にしてやろうか?」

奴の手から斧が離れたのを見て俺はそんなセリフを吐いたが、すぐに余計なことをしたと後悔することになった。酒瓶で思い切り殴られたにも関わらず、ペドロがゆっくりと体を起こしたからだ。

少し額を抑えているだけで、ペドロはまだ気絶すらしていない。むしろ、爆発しそうな怒りを剥き出しにして、今すぐにでも俺を殺してやるという殺意に燃えているようだった。

「わ、悪かった。落ち着けよ」

俺はペドロの目を見てそう言ったが、当然『落ち着け』だなんて4文字程度で、落ち着いてくれるはずがない。ペドロは再び斧を握って立ち上がった。

「俺は悪魔を殺さねばならないのだ!」

ペドロは叫び声を上げながら斧をめちゃくちゃに暴れさせた。怪力もあって、斧は木製の壁やランジェナが集めているブリキの置物を次々と破壊していく。

それに対し俺が持っている武器と言えば、足元の箱に詰められた酒瓶のみである。確かランジェナの机には強盗撃退用の武器が入っているはずだが、それを取りに行く余裕もない。

じわじわと迫りくるペドロに酒瓶を一本だけ投げつけてみたが、テニスのようなスイングであっという間にかち割られてしまった。

俺は焦った。鬼気迫った様子のペドロと目が合えば、もしかしてあっさり殺されてしまうんじゃないかと恐怖を感じずにはいられなかった。 逃げ場がなくなっていくと、俺は両手を上げて降参を示す。だがペドロの目は、一片の慈悲も情けもかけるつもりはないという血走り具合だ。

「殴ったりして悪かった!ちょ、ちょっと話し合う気はねえか?」

「黙れ!悪魔の手先め!」

ついにペドロは斧を構え直し、高く掲げて振り下ろそうとしながら俺に突進する。咄嗟に横にジャンプして斧を避けることができたが、少しでも遅れていれば、ピニャータのように頭の中身が全部出ていただろう。

斧はキャビンの壁に突き刺さった。ペドロはすぐに引き抜こうとするが、流石の怪力でも壁にめり込んだ斧は簡単に動かせず、両手で持ち手を握り直して苦戦している。ようやく逃げられそうな隙が生まれた。

「おいガキ!逃げれるか!?」

俺はルーディの方を向くが、ルーディは依然として片足を引きずったままで、裏口のドアを開けるのにも苦戦しているようだった。思わず舌打ちしながらも、俺は団長の机に駆け寄る。

「ドーグラス!待って!置いていかないでくれ!」

俺が逃げようとしたと思ったのか、産まれたての子鹿のような体勢になっているルーディが叫ぶ。俺は机の引き出しを乱暴にこじ開けて言い返した。

「置いてきゃしねえよ!この、ノロマなクソガキが!お前を殺されちゃあ、俺が団長に殺されちまう!」

引き出しの中には護身用の武器が入ったケースがあり、床に叩きつければすぐに鍵を壊すことができた。ケースに入っていたのは棒状のスタンガンであり、俺は小さくガッツポーズをした。

ちょうど俺がスタンガンを取り出したとき、ペドロの方も壁から斧を引き抜いた。互いに目が合うが、今にも焼き殺されそうなほど殺意に満ちた視線をぶつけられると、俺の背筋はたちまち凍り付いていく。

ペドロが追撃に出ようと構えたのを見ると、俺は大慌てでスタンガンを持った。だがどれが何のスイッチのかさっぱりわからず、さらに焦りが加速していく。ペドロは斧を掲げて叫んだ。

「死に失せろ!この、悪魔の手先めが!」

叫び声をキャビンに響かせながら、ペドロは再び突進した。

まだルーディと会ったばかりにも関わらず手先などと思われるとは、あまりにも損な役回りだと俺は思った。だが1人だけ逃げるわけにはいかず、スタンガンを抱えて机から離れる。

俺が飛び退いたのとほぼ同時に、袖をギリギリのところでかすめながら、斧が机に突き刺さった。アルミのように軽々とスチールを破り、その威力で机を跡形もなく歪めてしまった。

ペドロは斧を引き抜いて軽々と机を持ち上げる。そしてボウリングの投球のようなフォームで、あろうことか、机を俺に向けて大振りで投げつけた。

「冗談だろ!?」

スチールの机が宙を舞うと、たまらず俺は驚きの声をあげた。ルーディの力は本物らしいが、ペドロの怪力もまたある種の超能力と呼べるだろう。

身をかわそうとしたが避けきれず、右足が下敷きになってしまった。 机の脚が釘のようにくい込み、痛みに歯を食いしばる。動けなくなった俺を見下ろしながら、ペドロは歩みを俺の方に進めた。

「まずはお前からだ」

ペドロはそう言って斧を持ち上げ、頭を割ってやろうと俺に迫る。だが俺も無策ではなく、ようやく使い方を理解したスタンガンを手にしてペドロに向けた。

スタンガンは射出したワイヤーに電撃を流すタイプであり、本来は猛獣を撃退するために使うものだ。安全装置のレバーを外し、スタンガンを床に押しつけて固定する。今にも殺されそうな距離だったが、この体勢と位置ならば、むしろペドロは格好の的となった。

俺の反撃に気づいたペドロは一瞬怯んで立ち止まる。最後のチャンスだぜと俺はほくそ笑み、射出のスイッチに指をかけた。

「な、何をしてる!何の真似だ!?」

ペドロは警戒しながら後ずさる。だが俺の正面から外れようとはしておらず、十分な間合いが開いたのを見ると、俺は指に力を入れてスタンガンを放った。

「残念だったな先輩!電撃でも喰らってメソメソ泣いてやがれ!」

意気揚々とそんな台詞を吐きはした。だが数秒後に涙を流したくなったのは、無念ながら俺の方だった。

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