彼の謎と彼の秘密①

昼のショーはかなりの盛況に終わった。

特に『未知との遭遇』ステージは今までにないほどの集客に成功し、公開リハーサルを観た客から噂を聞いた人々が多く集まったらしい。明日は一時クローズとなる予定であることもあってか、今晩の入場チケットも飛ぶように売り切れてしまった。

さすがのランジェナも満足気にパフォーマーたちを褒めて回っては、空になったチケットの箱を指さして笑う。パフォーマーたちはボーナスを期待し、次のステージのため意欲を燃やしている。何より、大きな問題のないままパフォーマンスを成功できたことは、トラブル続きのクラウンヘッドサーカス団にとって、実に喜ばしいことだった。

ドグは屋外の客席に散らばったゴミを片付けながら、ステージ裏からルーディが戻ってくるのを待っていた。

「やれやれ、何とかうまくいったのは何よりだな」

普段よりも散らかっている客席を見ながらドグはつぶやく。

リハーサルの際に不穏な挙動を見せたルーディを心配してはいたが、昼のパフォーマンスでは特に何の問題も起きず、ルーディがパニックに陥ることもなかった。今ではルーディは、『鬼人の子』グッズが大量に売れるほどの人気者である。

ゴミ拾いを終えて余り物のサイダーを飲みながら、ドグは誰もいない客席の1部に腰掛けた。ちょうどそのとき、化粧を落としたルーディが彼の方に走ってきた。

「ドグ!聞いてくれ!念願だったあれが飛ぶように売れてるらしいんだ!」

「あれって……お前のおかしな格好を模したぬいぐるみのことか?」

ドグにそう言われると、ルーディは少し不満そうな顔をしながら、背中に当てて隠していた人形を見せた。ステージ衣装を着た『鬼人の子』の人形だが、ドグからすればぼったくりと言わざるを得ない価格で売られているものである。

「おかしな格好だなんておかしな呼び方だ。ほら、よく見てくれ。中々洒落てるだろう?」

ルーディは人形の腕を掴んで手を振らせるように動かす。自分が一流のパフォーマーと認められたことがかなり嬉しいようで、ドグが手を伸ばしても「これは私のだ。記念品だ!」と言って触らせなかった。

「まあ土産物が売れるのは結構なことだな。ところで、団長に言われて急ピッチでその人形どもを作ったのが誰か知ってるか?」

「さあ。カミソリで髭を剃るあのお爺さん、とか……」

「あの爺さんに人形を縫う余裕なんてねえよ!今も顎にくっつける『カツラ』を作るので大忙しだからよ」

ステージから離れて歩き始めながら2人は話す。午後の公園は日が沈むまでは行われない予定であり、時間には随分と時間があった。

「人形にボタンの目を付けてやったのは、他でもねえ俺だ。おかげで指が傷だらけだ」

ドグは言いながらテーピングが巻かれた手の指を見せる。彼も裁縫が上手くできる手つきの器用さは持っておらず、人形作りの最中、何度も針を指に当ててしまったのだった。

「し、知らなかった……えと、ありがとう!私のために」

「お前のためじゃねえ、金よ!お前のショーの後は土産が爆売れするぞ!って団長に言われたんでな」

「でも、そこまでしてくれたのは本当に嬉しい。これで私も、クラウンヘッドの一員というわけだ」

ルーディは会場に描かれたピエロの絵を見ながら、クフフフ、と喉を鳴らすような笑いを浮かべる。嬉しい気分なのはドグも同じであったが、彼には手放しには喜べない理由もあった。

「良かったな。結構なことだ。けど、忘れんじゃねえぞ?このシーズンが終われば、お前は当分ステージには立たねえんだからな」

ドグの言葉に一瞬、ルーディの笑みが消える。

ルーディはまだ少年である。言うまでもなく普通の少年は夏休みにサーカスの舞台に立って奇術を披露したりはしない。キャンプかフットボールか、勉強か恋でもしながら一夏を過ごすのが自然である。

一応はサーカスの面々が勉強を教えてはいるものの、ルーディは未だ、少なくとも彼の記憶が知る限りでは、学校という社会に足を踏み入れたことはない。故に夏が終われば、サーカスなんて抜けて学校に入るようにとランジェナに指示されている。ドグもそうするべきだ考えていた。

だがルーディの表情は暗い。見知らぬ場所にいきなり飛び込めと言われれば浮かない顔をするのも当然ではあるが、彼にはそれ以上に大きな恐怖があった。

「私は、ここから離れたくない」

ルーディは立ち止まって答える。ステージの方に振り返ってそう言われはしたものの、ドグは首を左右に振った。

「アホ抜かすんじゃねえぜ。いつまでもここで芸をやってるつもりか?クラウンにでもなろうってか?」

「私はパフォーマーだ!ここが私の居場所なんだ!」

「その考えがアホと言ってるんだろうが。ちんちくりんなガキのくせにプロを気取るんじゃねえ!年相応ってやつだ。普通のガキらしく、三角定規の使い方でも習いに行ってりゃいいんだよ、テメェは!」

ドグに強い言葉を返されてもルーディはひるまない。「普通だと?」と言い返すとドグが手にするカップに手を伸ばして、彼が飲んでいたサイダーを、塊にして浮かび上がらせた。

そのままサイダーを操り、人差し指をドグに向けた手の形に変える。ドグの目の前に浮かせて、見せつけるように漂わせた。

「こんな力を持ってる私のどこが『普通のガキ』なんだ!」

ドグは慌てて止めさせようとする。だがそれより早くルーディが手を振れば、サイダーの塊はドグ目掛けて突っ込み、そのまま顔に当たって水風船のように破裂した。

ルーディは砂糖水まみれになったドグに舌を出して挑発するが、ドグの方もカップを振り上げると、残りのサイダーを浴びせて反撃した。

 「めちゃくちゃ言うのも、めちゃくちゃするのもやめろ!」

 「いいや!やめない!」

しばらくの間、2人は互いに睨み合う。

だが結局はいつも通りにルーディの方が折れることとなり、ため息をついて視線を離した。巨大なトーテムポールの広場に着くと2人は重い腰を下ろす。

「お前の不安もわかるがよ、いつまでもこんなサーカスにいるのは良くねえだろ」

ドグの方も、ルーディがサーカス団を離れようとしない真意を理解してはいる。

今朝やリハーサルの際に見せたように、ルーディは1度パニックを起こせば力を暴走させてしまうことがしばしばあった。普通の子供として過ごそうとしても、そんな事態を起こせば、大事になってしまうかもしれない。

とはいえドグは、ルーディが1人で生きられるように成長させるには、サーカス団の外での生き方を教えるしかないともわかっていた。ドグはもう一度、びしょ濡れになった髪に手をかざしてサイダーのしずくを拭き取っているルーディを見る。

じっと見られていることに気づいたのか、ルーディはわざとらしく顔つきを険しくして、ジロジロ見るなと言うように手を振った。

「何を見ている」

「いや、別に。あのチビが随分と成長しやがってと思ってただけだ。背の高さは変わってないみたいだがな」

ドグの言葉にルーディは「おかげさまでね」とだけ返す。そしてドグの肩にかけられていたバスケットに気づくと、嬉しそうに手をかけた。

「ところで……それ、エンチラーダだな?私には何も言わず独り占めか?」

笑みを浮かばせながらそう聞かれれば、ドグは渋々バスケットを下ろした。中にはアルミのラップに包まれたエンチラーダが入っており、バスケットの蓋を開けば、スパイスとチーズの香りがあっという間に広がった。

「独り占めなんて人聞きが悪いこと言うんじゃねえ。チーズが溶けるまで待ってんだ、我慢しろ」

「いやこのエンチラーダはチーズが溶けないうちに食べるべきだ。それこそがベストな味だと前にも言っただろう」

「バカ言うんじゃねえよ、溶けてからが食べ頃だ」

「ダメだ溶かすな!」

「溶かすっての!」

しばらくは不毛な言い合いが続いたが、今度はルーディの希望が叶うことになり、2人は会場のベンチに座ってチーズがほんの少しとろけたエンチラーダをかじった。

エンチラーダはクラウンヘッドサーカスの名物とも言える屋台料理で、肉や野菜といった具材をトルティーヤで巻いたものである。2人が食べているのはドグがくすねてきた売れ残りだ。

一口かじれば、フレッシュなパプリカの食感と少し辛いスパイスの風味が口の中いっぱいに広がる。そこに冷えたルートビア(独特な風味を持ったコーラのような炭酸飲料)を流し込めば、これぞ人生の醍醐味とも言えるほどの満足感に包まれるのだ。

ドグは、こぼしそうになりながらもソースの味を楽しむルーディを見る。能力を使えばもっと楽に食べれそうでもあったが、ルーディは無理やりにも頬張って、やや不器用にかじりついていた。

ふとドグの頭に、ルーディの力を知ったときのことが浮かぶ。あのときのルーディもエンチラーダを下手っぴに食べてたんだっけかと、少し過去のことが思い返された。

たしかあれが、このガキとはじめて会った日だったよなぁ。二度もクビになった俺に『もう1回だけチャンスをやる』なんて話が来て、大喜びで飛んでいったら、変な子供の前に連れていかれたんだった。

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