騒動と撤退

 俺が楠木の前のイスを持ってくるのを見て、奴の口がぽっかんと開く。あれ、俺何かしたか?疑問で疑問で仕方がないので、聞くことにする。


「え、俺何かしたか?」


その発言を受けて、西園の顔もみるみる青ざめていく。いきなりどうしたんだ、こいつら。

ややあってから、楠木が口をぱくぱくさせながら言った。


「それうちらのクラスの不良男子のイスっす、一条さん。元に戻したほうが安全かと…」


いきなり丁寧語に変わった楠木のことは置いておいて、なぜ不良男子と戻したほうがいいことが関係するのか、さっぱり分からない。考えても仕方がないので、昼食に戻ることにする。すると今度は、平然とまた箸をとり食事を再開した俺に驚いた西園が俺に話しかけた。


「ほ、本当にもとに戻したほうがいいよ?怖いからね?絶対に怖い思いするよ?」

「安心しろ、怖い思いはしないように鍛え続けてきたつもりだ」

「そういう問題じゃなくて!もしそうだとしても、私らはそのあとどうすればいいのよ!」

「あ、確かに。ごめん、戻してくる」


しかし運命は残酷かな、試練を俺に課した。戻そうとした拍子にガヤガヤとクラスの前ドア付近がうるさくなったかと思ったら、クラスメイト達がドアの前からどいて入ってくる人物にお辞儀をし始めた。嗚呼、ついにイカれたか。

 そしてその人物は俺の手に握られているものを見て、口を開いた。


「なんだぁ、てめえはよ。おれのイスをどうするつもりだぁ、ええ?」

「俺は一条北斗だ。よろしく。ちなみにここのクラスだと楠木が一番の仲良しだ」


俺の的外れな返答に戸惑ったのか、わずかに奴の顔がヒクついた。


「おれに口答えする奴はよぉ、初めてなんだぁ。こいつぁボコし甲斐があるぜぇ」

「ほほう、俺が初めてなのか。じゃあ初に甘えて見逃してくれ」

「そぉうもいかなぁいなぁ。とりあえずよぉ、日野下ぁ、やれやぁ」


めちゃくちゃクセのある口調の奴は、日野下という部下らしい存在に俺の処理を命じた。だが俺は一介の陰キャ。ここは何とか丸く収めたい。そう思っているうちに、日野下と思しきガタイのいい男が俺に向かって歩み始めた。


「宮崎さんの命令だっ。おめえにはここでくたばってもらうぜっ」

「まだ死にたくねえよ。ところで、少し交渉しないか、宮崎?」

「ほほぉう、おれにぃ交渉を持ち掛けるぅ野郎は初めてだぁ。いいぜぇ、聞こうかぁ」

「ありがたい。うぉっと」


他人と会話をしているのに目もくれず突進してきた日野下の拳を止めるので交渉が中断してしまった。どうしてくれるんだ、コノヤロー。

 しかし、今の一撃から推定するにこいつはガタイがいいだけの奴だ。そうとなれば、話は早い。

 

 俺はすぐさま戦闘者の目つきになると、右のブローを日野下の脇腹に叩き込む。この攻撃だけで日野下は一瞬呼吸困難に陥った後、少量の泡と共にその場に跪いた。


「それじゃあ、宮崎、交渉を始めようか」

「いいだろぉう。それでぇ、条件はぁ?」

「簡単だ。俺とピアノで勝負しろ。俺が勝ったら今回の件は見なかったことにしてもらう。逆におまえが勝ったら俺を好きなようにしろ」

「いいねぇ。東京都ピアノコンテスト8位のおれにピアノで勝負なんてぇ、おもしろぉいやつだなぁ、でも、勝負は証人がいないと始まらない。だから、オーディエンスという存在をつけてぇ真っ向勝負をしよぉうじゃぁないかぁ。駅前のストリートピアノでねぇ」

「呑んでくれるのなら僥倖だ」

「それにしてもぉ、何やってんのぉ、日野下くぅん?おらぁ」


交渉を終えた宮崎は恥さらしとなった日野下に馬乗りになり、懲罰として顔面に殴打を開始した。大問題じゃないか?それ。しかし、日野下も可哀想だ。俺に泡を吹かせられた挙句、トップに殴られている。宮崎が皆に恐れられているのはこの暴力性のためだろうな。そんなことを考えながら宮崎を眺めると、宮崎の右手が赤く染まってきている。血の芸術ってやつだ。俺は純粋にこのシチュエーションを楽しんでいるが、ほかの奴はそうでもないらしい。現に、楠木の腕は小刻みに震えている。そしてついに楠木がほかの生徒とシンクロして怒号をあげた。


「もうやめろっ、宮崎。いくらなんでもありえないだろ」

「はぁ、自分から宣戦布告ぅとはぁ珍しいねぇ」

「俺はどうなってもいい!だからもう日野下を殴るのはやめろ!」

「うぅん、いい提案だぁ。乗ってあげるよぉ」


宮崎は楠木の自己犠牲の意思を聞いてニヤリと笑い、暴力を止めた。そして、牽制球として、


「みぃんなもぉ、反抗したらぁ、こうだからぁねぇ」


 ところで、さっきから鎮圧のために教師が来ないことが気になっていた俺は楠木に尋ねる。


「なぜ教師の奴らが来ないんだ?」

「そりゃ、宮崎が宮崎製薬の御曹司だからだよ!」

「なるほど、クビが怖くて来れないのか」

「あはぁ、よぉく分かってくれているねぇ」


宮崎のツッコミを無視しつつ、俺は結論に至る。それは、宮崎をつぶすなら物理的にか、もしくは親玉をつぶすかするしかないということだ。こんな状態では、まともに昼食をとることは出来なさそうだ。なら、ここは一度教室に戻ることとしよう。

俺は静かに予定を決めた後、教室を去る。そこから少し歩いた後、俺はクラスメイト全員で人狼ゲームをやっている我がクラスへ到着する。


「遅いぞー、一条」

「悪い。祭りがあったからな」


やんわりと誤魔化して、話しかけてきた柴崎の胸ポケットから1枚、カードを取る。どれどれ…げげっ、人狼だ。俺が人狼になったときは毎回人狼側が勝つので、今回は優しさで投了することにする。


「あ、ごめん、やっぱ腹痛いから今日は無理だ」

にしても、腹が減ったな…。あ、そういえば昼食をさっきの教室に残してきたんだった。俺は教室を出ると、ゆっくりと歩いて宮崎の城へと向かっていった。

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