【光】14 情報生命体仮説

 逃げるように帰っていく撫子を見送った光は、夕方の岩田屋町をゆっくりと自転車で走り帰宅した。水鏡川に架かる潜水橋を渡り、田んぼの中の道を通って伯父の家に辿り着く頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。


 最後の最後でどっと疲れる一日になった。


 ただ、練習は順調だった。今の調子で行けば、本番にいいステージを見せられるのではないかという予感があった。特に撫子と澄乃の二人は、練習を重ねるごとに本物のアイドルのような華やかさと凄みを感じさせる瞬間が増えていた。もしかすると『岩田屋にくにくフェスティバル』のステージから、本当にアイドルが誕生してしまうのかもしれない。


 そんなことを考えながら、自転車を下りて伯父の家の敷地に入る。

 玄関前の広い庭に、見たことがない白いトラックが停まっていた。


「ありがとうございます」


「いえいえ、こんなことぐらい。いつでも言ってください」


 白いビジネスポロシャツを着た、とした男が、伯父と話をしている。


「おお、光。お帰り」


 伯父がこちらに気づいて声を掛けてくれた。


「なるほど、君が光君か」


 男は柔和な笑みを浮かべて光を見た。


「あっ、どうも」


 光は反射的に挨拶をした。首をすくめるようにお辞儀をする。


「この方は岩田屋町役場の迫水さんだ。ウチの地区のテントを借りに来たんだよ」


「今度の『にくフェス』で使う日除けのテントを岩田屋中からかき集めていてね。君の伯父さんにも協力してもらったんだよ」


「ウチの地区のテントも元々は集会所の倉庫に置いてあったんだけどね、何年か前の嵐でその倉庫が潰れちゃったから、我が家の納屋で保管してあったんだ」


 伯父の家の納屋はだだっ広くて様々な農機具が置いてあったが、まさかそんなものまで保管してあったとは。


「では、暗くなってきましたので私はこれで。ありがとうございました」


「やあ、本当に頭が下がりますよ、迫水さんの働きには。どうかお気をつけて」


 迫水は深々と伯父に頭を下げると、ありがとうございましたと繰り返した。


「そうそう、光君はステージに出ると聞いたよ。練習、頑張ってね」


 迫水は光に向き直ると、ぐっと拳を握ってファイトのジェスチャーをした。


「あ、ありがとうございます。がんばります」


 光はぎこちない笑顔を作ると、ペコリと頭を下げた。知らない大人というのは、どう接すればいいのか分からない。もっと愛想よくしたほうがいいのかもしれないが、これが限界だった。自分が妙な『暴言』を口走る前に、早くこの場を去って欲しいと光は思った。


 だが迫水は妙に感慨深そうな視線で、光のことを上から下まで眺めていた。


「あの、何か」


「――あ、いや、すまない! ハハハハ! 自分に息子がいたら、これぐらいの歳だったのかなと思ってね」


 迫水は苦笑いを浮かべた。光はなんと言えばいいのか分からず「はあ」と相槌を打った。


「じゃあまた会おう、光君。楽しみにしているよ」


 迫水はトラックの運転席に乗り込むとエンジンを始動させ、そのままゆっくりバックして庭から出ていった。トラックは家の前で方向転換し、挨拶代わりのクラクションを短く鳴らすと走り去っていった。


「いやあ、本当に立派な人だよ、あの人は」


 伯父がしみじみと頷く。


他所よそから来たのに、こうやって町のために頑張ってくれてるんだから」


 暗に「光もあんな大人になれよ」と訴えるような口ぶりだった。光はなんとなくそれが重たく感じられて、何も返事ができなかった。


 光は自室に戻ると汗だくなのも気にせずベッドの上に転がった。撫子のことを考えながらスマホを取り出して画面を点灯する。


 アイドル研究部のグループLINEには何の通知もなかった。


 光はこれまで撫子と一対一でメッセージのやりとりをしたことはなかった。互いのInstagramのアカウントも知らないので、やりとりをするならLINEしかない。


 なんとなく、何か送ってみようかなと思った。


 ――だが何を?


 脳裏に蘇ったのは、顔を真っ赤にした撫子の姿だった。


「何よ」


 撫子は両手を腰に当てて、はあと溜め息を吐く。


「――変なこと想像したら殺すから」


 物騒すぎる。

 本物の撫子はもっと穏当なはずだ。


 とりあえず光は、ゆるい猫のキャラクターが「おつかれさまです」と言っているスタンプを撫子に送ってみた。しかし、いつまで待っても既読が付かない。


 まあ、そんなもんだよな。


 光はベッドの上にスマホを転がすと身体を起こした。


 棚にある写真立てを見ると、若かりし頃の浜岡美羽が曖昧な表情を浮かべていた。


 撫子も幼少期に母親を失っていたという事実は、光に少なからず衝撃を与えていた。境遇が同じだからシンパシーが湧いたのかと言われれば、それはなんとなく違う。逆に、自分とはまったく違うパーソナリティを持つ撫子に、自分との共通点があることが驚きだった。


 失ったものは同じでも、得たものは違う。

 ただそれだけの話なのだろうが。


 人間というのは、周囲の人間との関係性の中で、その形が浮かび上がってくるものだ。

 あの久我朱美という女性や、浅倉家の玄関にあった写真に写った人間たち。

 彼らが今の浅倉撫子という人間の輪郭を形作っているのだ。


 自分はどうだろうか。


 浜岡光という人間の輪郭を形作っているものはなんだろうか。

 光はもう一度、写真立てを見た。


「――スキマがあるから俺みたいなのにつけ込まれるんだよ」


 突然口から飛び出したのは、『もう一人の自分』の声だった。

 光は息を呑む。こんな風に、自分の心の声に『もう一人の自分』が反応してきたことは、これまでなかった。また何か言葉が飛び出すのではないかと光は身構えたが、それっきり『もう一人の自分』は何も言わなかった。


 沈黙の中、ブッブッとスマホのバイブ音が響いた。

 光はスマホを手にとって画面を点灯した。

 撫子からのLINEだった。 


 変な犬のキャラクターが「おつかれさまです」と言っているスタンプだった。




 駅を利用する人間が一部しかおらず、大型の商業施設もない岩田屋町では、人と人がばったり出会う場所というのは限られている。

 その限られた場所の一つがコンビニエンスストアだ。


「あっ」


 ドリンク売り場の冷蔵庫の前で光が出会ったのは、クラスメイトの新美にいみ芽生めいだった。

 思わず漏らした言葉で、向こうもこちらに気がついたらしい。部活に行くからだろうが、新美は夏休みだというのに制服だった。


 光を見た瞬間、新美は道端で犬のうんこでも踏みかけたような表情になった。


「あんたさ、アイドル研究部とか言って随分舞い上がってるみたいだけど、三組のソラノのこと知ってんの?」


「――え?」  


 新美は舌打ちすると冷蔵庫からティーソーダのボトルを取り出し、さっさとレジの方に歩いていってしまった。光も冷蔵庫からポカリスエットを取り出すと、慌てて新美を追いかけた。


「ちょっと待ってよ新美さん! ソラノって何? 誰?」


「店の中で大きな声出さないでよ恥ずかしい」


「あっ、ごめん」


 光は反射的に声のボリュームを落として頭を下げた。


「ほんと何にも知らないのね、浅倉撫子のこと」


 新美の声には光を嘲るようなニュアンスが含まれていた。そこには教室で明るく振る舞っていた時の新美の印象はない。


「――そりゃ知らないことはたくさんあるけど」


「あの子はね、あんたが思ってるような子じゃないわよ」


 それはどういう意味だろうか。

 そもそも光が撫子のことをどう思っているかを、新美が分かっているとも思えない。新美は馬鹿にするような目で光のことを見ていた。その目にカチンと来た光は、すこし語気を強めて言った。


「何が言いたいんだよ」


こわ。べたぼれじゃん、あいつに」


 新美は鼻で笑うと光に背を向けてレジに行ってしまった。

 どうせこれ以上何か問いただしても、はぐらかされるだけだろう。新美は光が困った状況になることを望んでいるのだから。


 光はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま支払いを済ませて店を出た。


 クーラーの効いた店内から外に出ると、熱された空気が塊のようになって行く手を遮った。ちょうど先に支払いを済ませた新美が、店の前に停めてあった自転車に跨ろうとしているところだった。その新美が捨て台詞のように――


「変態とビッチならお似合いかもね」


と吐き捨てた。口の端を吊り上げた新美の顔は、悪魔のようだった。


「はぁ!?」


 光が声を荒げるのも無視して、新美は自転車に飛び乗る。短いスカートでよくそんなサドルの高い自転車に乗るよな、とツッコミを入れたくなるようなロードバイクだった。

 新美はそのまま勢いよくペダルを蹴って走り去っていった。


 ――パンツ丸出しの自転車に乗ってるお前のほうがビッチだろ。


 そんな『もう一人の自分』が吐くような悪口が光の胸に去来した。


 三組のソラノ。そして、ビッチ。


 その二つのワードから連想できるのは「三組のソラノという生徒と撫子が、何かしらふしだらな関係にある」程度のことでしかなかった。しかし、それはあまりにも短絡的すぎるだろう。だいたいソラノが人名なのかも分からない。


 光はイライラしたまま自転車を走らせて稲妻禽観神社に到着した。集合時間よりも随分早く来てしまった。本来ならコンビニのイートインスペースで涼んでから来る予定だったのだ。光は一人でとぼとぼと石段を上っていく。


 境内に着くと、見慣れない人物が立っていた。


 神社の由緒が書かれた立て札の前に、岩田屋高校の夏服を着た男子生徒が立っている。シュウでも忍でもない。初めて見る生徒だった。


「稲妻禽観神社の祭神、知ってる?」


 その生徒が振り返りもせず言ったので、最初光は自分が話しかけられているのだと気づかなかった。


「え、あ、ごめん。祭神……?」


まつられてる神様ってこと」


 そこで男子生徒は光の方に向き直った。肌の白い、線の細い美少年――という印象だった。シルバーアッシュに脱色された髪をセンター分けにしている。夏休みだから髪色を派手にしているのだろうか。


 男子生徒は光の答えを待たずに続けた。


「一応ここには火雷大神ほのいかづちのおおかみって書いてあるけど、これは後年になってからの後付けだろうね。この神社の神様は、おそらくもともとは岩田屋の土着神だよ。性格的に火雷大神が近いから、あてはめられたのかもね」


 岩田屋の土着神。

 それはもしかすると――


「火雷大神はその名の通り、火と雷の神だ」


「じゃあ、拝殿の天井に描かれてた――」


「それを知ってるなら話が早い。そう、あの鳥がこの神社の神様なんだ」


 光は天井に描かれた巨大な猛禽類の姿を思い起こした。雲を裂き、雷と共に空を舞うその怪鳥は、確かに神様と呼ぶに相応しい威厳を備えていた。


「長い年月の中で名前さえ失ってしまったけど、その姿と威光だけは人々の間から消えずに残ってるんだ。この神社はそれを伝えるものなんだよ」


 この神社でダンスの練習をし始めてからもう一週間以上になるが、その成り立ちや歴史について深く考えたことはなかった。


「すごいね君。めちゃくちゃ物知りなんだ」


「昔の僕にとっては本を読むことだけが自由になることだったからね。こうやって本で得た知識と実際の風景を照らし合わせることができるようになったのは最近のことなんだ」


 男子生徒は微笑みを浮かべると、境内をぐるりと見渡した。


「この神社だって、話には聞いてたけど中々来ることはできなかった」


「そうなんだ」


 もしかすると、この男子生徒は長い間入院していたのかもしれない。線の細さもそこから来ているような気がした。入院中に読書して得た知識を、今は外に出て確かめている――光はそんなストーリーを想像した。


「あの鳥って、なんなんだろうね。まさか本当にいる訳でもないだろうし」


 光が考えたのは、雷や稲妻などの自然の猛威の象徴として、あの鳥が描かれたのだろうということだった。空から舞い降りる猛禽類の姿は、昔の人には稲妻のように見えたのかもしれない。


「――なんで本当にいる訳がないって思うの?」


「えっ」


 男子生徒は光の目をじっと見つめていた。そこには相手をからかうような感情はまったく見られない。この男子生徒は本気で言ったのだ。なぜあの鳥が実在しないと思ったのか、と。


「そりゃ……あんな大きな鳥が実際にいたらみんな気づくだろうし、それに弓矢や銃があったら捕獲もできるんじゃないかな」


 今捕まっていないのが、実在しないという大きな証拠だと光は思った。


「ロッホ・ネス・モンスターは西暦565年から目撃談があったのに、1993年になるまで捕獲されなかったんだよ」


「ろっほねすもんすたー?」


「ああ、ごめん。ネッシーのことだよ。UMAの」


「なるほど、UMAね」


 UMA。未確認生物。


 1993年のネッシー捕獲を皮切りに起こったUMAブームは、光が産まれる頃には沈静化していた。数年に一度、ポツリポツリと新しいUMAが捕獲されたというニュースが流れるが、ネッシー捕獲のときのような大きなムーブメントを起こすことはなかった。


 それもそうだろう。

 発見されたUMAが動物園で見られるようになるわけでもない。標本も骨格も展示されないし、研究内容すらほとんど公表されない。捕獲から三十年近く経つというのに、未だにネッシーの正体が何なのか、研究機関から公式な声明は出されていないのだ。ネットには真偽不明の怪情報が転がっているが、そんなものは殆どが陰謀論者の妄想だった。


 UMAが捕獲されたところで、一般市民にとっては動物図鑑のページが少し増えるくらいの話でしかない。それが2020年の現実だった。


「UMAにはあんまり興味がないんだ?」


「うーん、そうだね。幼稚園の頃にネッシー体操は踊ってたけど」


 あれも終焉したブームが残した徒花あだばなのようなものだろう。ネッシーネッシーねえねえネッシーというフレーズが印象的だった。


「実はね、この神社の神様にすごく近いUMAがいるんだよ」


 男子生徒はとっておきの情報を伝える子供のように人差し指を立てた。


「そうなの?」


 正直、光はあまり興味をそそられなかった。


「うん、北米のサンダーバードっていうUMA。ネイティブアメリカンの間で信仰されている神様のような存在でね。またの名をワキンヤン。雷の精霊で、自由自在に雷を落とすことができるんだって。今でも目撃談が定期的に上がってくるんだよ。姿形も特性も、この神社の神様とほぼ同じだ」


「へえ」


 興奮気味にまくしたてる男子生徒に対して、光の反応は少し冷淡すぎたのかもしれない。


って感じかな」


 男子生徒の口から唐突に関西弁が出たので光は一瞬とまどった。しかし、男子生徒はそんなことには構わずに話を続ける。


「でも、空って未知の領域だからね。どんな存在がいるのかなんて、まだまだわからないよ。サンダーバードやローペンみたいな鳥型のUMAはもちろん、クリッターやスカイフィッシュ、それにフライング・ヒューマノイドなんかも目撃例は年々増えているしね」


 光は男子生徒の言った固有名詞が何一つ分からなかった。とりあえず分かったのは、この男子生徒がUMA博士であるということだけだ。光は普段UMAについて思っている疑問をぶつけてみることにした。


「結局UMAってなんなんだろうね。ときどき見つかっては忘れられていくって感じだけど」


 光だけではなく、多くの一般人が思っていることだろう。特にブームを直接経験していない世代にとっては、UMAの存在というのはあまりにもぼんやりとしていた。


 男子生徒はうーんと唸って考えを巡らすと、こんなことを言った。


「『情報生命体仮説』っていうのがあってね」


「じょうほうせいめいたいかせつ?」


 光には全く耳に馴染みのない言葉だった。


「数年前に、ネット上に突如その梗概アブストラクトがアップされて、UMA界隈が騒然となった論文があるんだ。アメリカのミスカトニック大学と日本の国際信州学院大学のUMA合同研究チームによるものだったんだけど」


「どんな論文だったの?」


「簡単に言うと、生物の形質を決定しているのは遺伝子ではない、まったく別のものだっていう内容だったんだけど」


 光もアホではない。


 学校の理科の時間に習ったのは「生物の形質を決定づけているのは遺伝子である」という話だった。ショウジョウバエやエンドウマメを使った実験が教科書には載っていた。


 光の訝しげな視線に気づいたのか、男子生徒は苦笑した。


「実はバナナと人間って、遺伝子の50パーセントぐらいが同じなんだよ。人間とチンパンジーにいたっては98.7パーセント同じ」


「そうなの!?」


 人間とバナナが半分同じというのは衝撃的な話だった。何かの弾みで下半身がバナナになった人間が生まれたりしないのだろうか。下半身がバナナに――ここだけ取り出すとちょっとした下ネタである。


「もちろん、遺伝子からそれぞれの生物の形質が発現する仕組みっていうのがあってね。DNAがRNAに転写されて、RNAがタンパク質に翻訳されて……という流れで生物を構成する様々なパーツが作られていくんだ。これを生物学におけるセントラル・ドグマと言うんだけど」


 男子生徒はまるで講義でもするように話を進めていく。


「ネットにアップされた論文は、そのセントラル・ドグマを真っ向から否定するような内容だったんだ。、って」


 話が突然あさっての方向にぶっ飛んでいったような気がした。


「生物は別の宇宙から流れ込む『情報』によって形作られる……なんでこんなことになったのかというと、どうやらネッシーとビッグフットの遺伝子を調べたら99.99パーセント同じだったってところから話がスタートしてるらしいんだ」


 ここでUMAの話に近づいてくる訳だ。光はネッシーとビッグフットの姿を思い浮かべた。捕獲された時の写真が幼い頃読んだ図鑑に載っていた。太古の海棲生物のようなネッシーと、全身に毛の生えた人型生物であるビッグフット。その姿はまるで違った。


「あんなに姿形も違うのにね。まあ、人間とバナナも半分同じって言われたら、そういうこともあるのかなって感じだけど」


 確かに人間とバナナよりは近いのだろうが。


「で、今の遺伝子の話には続きがあってね。ネッシーとビッグフットの遺伝子は99.99パーセント同じものだったらしいんだけど――」


 ここで男子生徒は言葉を切った。もったいつけるように溜めを作り――


「実は、人間の遺伝子とも99.99パーセント同じだったんだって」


 男子生徒は世界の秘密を明かすような表情で言った。


 光はぐにゃりと自分が立っている地面が揺らぐような錯覚を覚えた。響いていたセミの声が急に遠くなったような気がした。


 自分は今、何を聞かされているのだろう。


「だから研究チームは遺伝子以外の別の何かに、UMAの形質を決定づけるものがあるに違いないと仮説を立てて、辿り着いたのが『情報』だったってわけ」


 それが『情報生命体仮説』ということだった。


 別宇宙から流れ込む情報。

 はっきり言ってイメージすらできない。

 それがどんな風に働けば、生物の形質に作用するというのだろう。


「本当にオカルトだよね。もちろん、この梗概アブストラクトがアップされた直後に両大学から『それはフェイクだ』『そんな論文は存在しない』って声明が出たんだけど、今ではUMA界隈じゃ定説の一つとして扱われてるんだよ」


「なんか、すごい話だね」


 陰謀論一歩スレスレどころか、陰謀論そのもののような話だった。そもそも両大学から声明が出ているなら、嘘に決まっている。そう判断するのが合理的な考え方だ。 


「で、結局UMAが何かって話だけど――」


 男子生徒は空を見上げた。木々に覆われた境内からは、青空が断片的に見えるだけだったが。


「それはわかんないよね。でも、だから?」


 その断片的な青い空を、大きな黒い鳥のような影が、音もなく横切って行った気がした。


 光はそんな妄想じみた錯覚を振り払うと、男子生徒に向き直った。


「――君、岩田屋高校の生徒だよね。名前は――」


 男子生徒はにこっと笑うと、ああ僕?と関西弁のイントネーションで言った。


「僕は空野そらのゆう。浅倉撫子のお兄ちゃんや」

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