【ナオキ】02 アルゲニブ

 今回はナオキが清水に連絡を取って、清水が働いているこの地を訪れたのだ。


「私の職場を見たいだなんて、いったいどういう風の吹き回しなんですか」


 清水はナオキの顔を見上げる。ちょうど頭一個分、ナオキの方が背が高い。そういえば、こんな距離感でいつも話していたなとナオキは懐かしく思い出していた。


 二年前に会議で顔を合わせた時は、挨拶を交わしたぐらいだった。今回も空港で再会して、そのまま慌ただしく出発したのでじっくり言葉を交わすのは本当に久し振りだ。


 長い時を隔てて見る清水の顔は、相変わらずどこかおっとりした印象で、色素の薄い黒い瞳はかつてと何も変わっていなかった。


 あまり長い間この距離感でいると、がしてナオキは目線を外した。


「……私の顔に何かついてます?」


「いや、こんな顔だったなって」


「なんですか? 本当に旧交を温めるためだけにこんな地の果てまで来たんですか。なんか――」


 気持ち悪いですよ――という言葉を清水が口の中で噛み殺しているのだろうなとナオキは思った。


 実際、清水は半眼でナオキを見ている。


「いや、別にお前の顔が見たくて来たわけじゃねえよ。目的はもちろんだ」


「……」


 清水はナオキに背を向けて歩き出す。テント群に向かって進んでいくその背中をナオキはゆっくり追いかけた。


 テントを出入りしているのは、ナオキと清水をここまで連れてきた男たちと似たり寄ったりな格好をした連中だった。


 自分たちと同じ組織の人間ではない。


 恐らくはどこかの民間軍事会社の人間だろうなとナオキはあたりをつけた。この研究施設の警備を請け負っているのだろう。


 研究施設。


 このテント群が研究施設なのか。


 空港からの道すがら、今回の目的地である研究施設がどんな場所なのかについては想像を巡らせていた。しかし、正直これは予想外だった。いくら荒野の真ん中とはいえ、もっと研究所然とした建物があるものだと思っていたのだ。実際ナオキはここがまだ研究施設までの中継地点なのではないかと疑っているぐらいだった。


 何度見回しても、物騒な得物を抱えた筋肉モリモリの兵隊ばかりが目につく。研究施設というよりは、傭兵の訓練キャンプのようだ。


「研究所は地下です」


 ナオキの心を読んだように清水が言った。


「あの大きいテントの中が入り口ですよ」


 指さされたのは、テント群の中心にある一際巨大なテントだった。テントの両隣には白く塗られた20フィートコンテナが二つずつ置かれていて、一番右端のコンテナには衛星通信用のパラボラアンテナが設置されていた。


 ナオキと清水がテントの入り口まで来ると、門番らしき兵士がIDを見せろと言った。清水がパスを見せると兵士は居住まいを正して入り口の幕を上げた。


「そちらの男は」


 門番が疑わしげな表情でナオキを見る。


「気にしないで。私のパスなら彼も一緒に入れるはずでしょ」


 ごもっともでと呟いて、門番はナオキも通してくれた。


 研究拠点U-169『アルゲニブ』。

 清水はその責任者だった。


 テントの中にあるのは物々しいシャッターのついたプレハブめいた建物だった。わざわざテントで覆ってある理由は分からないが、清水がパスをかざすとシャッターがゆっくりと開いていき、それが資材の搬入用エレベーターの入り口だということが分かった。


 乗ってきた四駆がそのまま三台は入りそうなエレベーターだった。ガレージがそのままエレベーターの荷カゴになっているかのようだ。清水が広さに対して不釣り合いなほど小さな操作パネルに指を滑らせる。


 行き先は地下99階。


 一瞬見間違いかと思ったが、間違いないらしい。無遠慮な駆動音を鳴らしながら、ゆっくりとエレベーターは地下へと向かっていく。


「荒野の真ん中……というか、塩湖の底か。よくぞまあこんなところに研究施設を作ったもんだな」


「研究対象物を動かせない以上、どうしようもないって感じですねぇ。地上に見えてるものからは想像できない規模の施設が、地下に埋まってるんですよ。ちょっとした町が丸ごと埋まってるような感じです」


 奈落に向かってカウントアップしていく文字盤を見ながら、清水は少し自慢げに言った。私はそこの所長だぞとでも言いたいのか。


「しかし清水よ。この『アルゲニブ』がとんでもない金喰い虫だってことを本部の偉いさんは嘆いてたぞ」


「私の関知するところではないですねぇ」


 責任者は気楽に言い放つ。


 だが、投じたもの以上の見返りがあるからこそ、この施設は存続しているのだ。少なくとも、そう判断させるだけの材料がここにはあると、組織の上層部も認めている。


「とはいえ、本当にいろいろなものを地下に運び込んでますからね。金喰い虫だってことは認めますよ。本部の人間にしてみれば、どこに通じているか分からない穴の中に、札束を投げ込み続けているような気分でしょうし」


 この『アルゲニブ』に投じられる膨大な資金と人的資源――そして、それに見合うだけの結果。清水の双肩にそれがのしかかっている。広いエレベーターの荷室の中で、その姿は小さく感じられた。ナオキは隣にいる元同僚を改めて見た。白衣。昔よく自慢していた長い黒髪。変わらない黒縁の眼鏡。横顔。もしかすると、少し瘦せたのかもしれない。


 一分程の沈黙の後、清水はナオキに向かって振り返った。少し、笑みを浮かべながら言う。


「地下に運び込んだものの中で、一番大きいものって何か分かりますか」


 真面目に訊いているのか、何かの冗談なのか分からず、ナオキは一瞬言葉に詰まった。後者だと判断し、にやりと笑いながら言う。


「お前のベッドだろ。相変わらず寝相は悪いのか? キングサイズじゃないと毎晩転がり落ちるもんな」


 これは二人の関係性を考えると、きわどい冗談だった。ただ、ナオキは互いが会わなかった時間が、と思いたかった。怒るかなと思ったが、その言葉を聞いた清水の表情は特に変わらなかった。質問したときと同じ笑みのまま言う。


「答えはこの施設の自爆用の爆薬です」


 ナオキは今度こそ言葉を失う。


 二人の間の空気が、その温度を下げた。


 エレベーターは停まらない。文字盤は地下66階を指している。


「……敵対勢力の手に落ちるぐらいならってことか」


 なんとか絞り出した言葉を清水はにべもなく否定した。


「違いますよ。万が一研究対象物が地上に這い出ようとした時に、地表に到達する前に施設ごと吹き飛ばすためです」


 唸るような音を立てて、エレベーターは地下深くへとゆるやかに落ちていく。

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