捜09-08 放伯裘

そうの時代、酒泉郡しゅせんぐんでは、太守たいしゅが着任してはすぐに死ぬ、といった事態が続いていた。そこに渤海ぼっかい陳斐ちんはいが任命された。


最悪の辞令である。どうにかならないかと思い、陳斐は卜者にどうすればいいかを尋ねた。「諸侯を遠ざけ、伯裘はくきゅうを放たれよ。災いは退けられ、憂いも消えよう」

行っていることがわからない。更に問うが、卜者の答えはつれないものだった。

「行かれよ、さすれば理解されよう」


陳斐が赴任すると、そこの侍醫は張侯ちょうこう、宿直醫に王侯おうこうがおり、また府の兵に史侯しこう董侯とうこうなどがいた。陳斐はなるほど、諸侯かと悟る。そこで速やかに彼らを遠ざけた。やがて夜になり、床につく。なにぶん「放伯裘」がわからない。


夜半を回った頃、なにかが陳斐に覆いかぶさった。陳斐は目覚めるとその何かを布団で絡め取った。しかし完全にはくるみ切れず、何かに飛び退られてしまう。どしんばたんとした音が響いたため、室外のものが異音に気付き、室内に飛び込み、この何かを殺そうとした。すると何かが言う。


「実のところな、害意はない。新たな太守殿を試したのよ。一旦はお赦し願えんかね、ご恩には確かに応えようとも」

「お前は何者だ、なぜ太守を狙った?」

「わしはもともと、千年を生きた狐じゃ。いまは魅となり、やがては神になんなんとしておるのじゃが、いま太守殿の威怒に接し、この場にとんでもない困厄があると知った。わしは字を伯裘という。もし太守殿に急難あらば、わしの字をお呼びいただくのみでよい。さすれば急難はたちまち解消しよう」

陳斐は喜び、言う。

「まさしく放伯裘、ではないか!」

そして伯裘を解放した。布団がわずかに開かれると伯裘は発光し、稲光の如き素早さで戸より出ていった。


翌朝、門をたたくものがいた。陳斐が何者かを問えば、伯裘だ、と答える。

「何をしに来た?」

「伝えておかねばならん」

「何をだ」

「北の堺に賊がおり、こちらを狙っておる」

陳斐がその言葉通りに迎撃の隊を動かせば、まさしく伯裘の知らせ通りだった。以後も伯裘は何か異事が起こりそうな度に陳斐に知らせたため、太守管轄地域の周りを荒らそうという者たちはいなくなった。酒泉の民らは陳斐を「聖府君であらせられる」と讃えた。


それから一ヶ月少々経ち、主簿の李音りおんが陳斐の侍婢と私通した。伯裘が様々な危機を陳斐のに報告していたのは周知のことであったから、李音は自身の不貞もまた報告されてしまうのではないかと恐れ、過去に陳斐から冷や飯を食らっていた侯の名の諸人と結託し、陳斐を殺そうと企んだ。彼らは陳斐のそばから人がいなくなったのを見計らい、それぞれに錫杖を持ち陳斐を殴り殺しにかかった。陳斐は恐怖したが、一方で過去の約束も忘れていなかった。


「伯裘、助けてくれ!」


すると赤い布のような何かがあらわれ、轟音を上げ始めた。諸侯らは皆倒れ伏し、怯え上がった。彼らは皆捕縛され、取り調べにも素直に答えた。それによれば陳斐の任官により、李音は自身の築いた権勢が傾くのではないか、と恐れたそうなのである。このため諸侯と謀り、陳斐を殺そうと考えた。しかし陳斐の赴任早々に諸侯が退けられたため、計画が頓挫したそうなのである。


陳斐は李音らを処刑した。


伯裘が陳裴に謝罪する。

「李音の姦情を伝えるより前に、太守殿に呼ばれてしまった。もとよりわしの力なぞ微々たるものだが、それにつけても恥じ入るばかりである」


それからひと月余りし、伯裘が陳斐のもとを辞去する、と申し出てきた。

「どうやら昇天のときが来たようだ、太守殿ともこれでお見限りとなろう」


その後、ついに姿を現さなくなった。





宋酒泉郡,每太守到官,無幾輒死。後有渤海陳斐見授此郡,憂恐不樂,就卜者占其吉凶。卜者曰:「遠諸侯,放伯裘。能解此,則無憂。」斐不解此語,答曰:「君去,自當解之。」斐既到官,侍醫有張侯,直醫有王侯,卒有史侯、董侯等,斐心悟曰:「此謂諸侯。」乃遠之。即臥思「放伯裘」之義,不知何謂。至夜半後,有物來斐被上。斐覺,以被冒取之,物遂跳踉,訇訇作聲。外人聞,持火入,欲殺之。魅乃言曰:「我實無惡意,但欲試府君耳。能一相赦,當深報君恩。」斐曰:「汝為何物,而忽干犯太守?」魅曰:「我本千歲狐也。今變為魅,垂化為神,而正觸府君威怒,甚遭困厄。我字伯裘,若府君有急難,但呼我字,便當自解。」斐乃喜曰:「真『放伯裘』之義也。」即便放之。小開被,忽然有光,赤如電,從戶出。明夜,有敲門者,斐問是誰,答曰:「伯裘。」問:「來何為?」答曰:「白事。」問曰:「何事?」答曰:「北界有賊,奴發也。」斐按發,則驗。每事先以語斐,於是境界無毫髮之奸,而咸曰:「聖府君。」後經月餘,主簿李音共斐侍婢私通。既而懼為伯裘所白,遂與諸侯謀殺斐。伺傍無人,便與諸侯持杖直入,欲格殺之。斐惶怖,即呼:「伯裘來救我!」即有物如曳疋絳,剨然作聲。諸仆伏地失魂,乃以次縛取。考詢皆服。云:「斐未到官,音已懼失權,與諸侯謀殺斐。會諸侯見斥,事不成。」裴即殺音等。伯裘乃謝裴曰:「未及白音姦情,乃為府君所召。雖效微力,猶用慚惶。」後月餘,與斐辭曰:「今後當上天去,不得復與府君相往來也。」遂去不見。


(捜神後記9-8)




やや解釈に幅を持てる話ですね。例えば本当に昇天したともできるし、あるいは失敗によって昇天の道が閉ざされ、立ち去ったとも取れます。このへんは下手に決め打ちせず、楽しいほうを拾うのが吉なのでしょう。


しかし宋の酒泉ってすげえ表現だなおい。この当時だとギリギリ北涼ほくりょうでしょ(まもなく北魏に併呑されるタイミング)。つまりシルクロード上のオアシス都市のひとつ。そんな遠い国の与太話が、どんなルートをたどってやってきたんでしょうか。あるいは「遠い国のお話」で蓋をしたなにかだったのか。


千年狐というと、それこそ廣天を思い出さずにおれません。ただ廣天がこんな殊勝なはずありませんしね。絡んでたら面白そうなんですけど、千年狐の様々なエピソードバリエーションのひとつに引っかかった、とするべきなのでしょう。

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