捜07-05 壁中一物

そうの時代、襄城じょうじょう李頤りいという人がいた。彼の父は妖邪のたぐいを信じていなかった。


そんな父が一つの屋敷を買った。昔から住んではならない、住まうものがみな死ぬから、と言われていた屋敷である。とはいえ李家はそこに移り住んでよりむしろ日々を幸せに過ごし多くの子を得、孫にすら恵まれた。しかも父氏自身もまた二千石、すなわち郡太守クラスの地位を得るまでに出世した。ともなれば家族総出で任地に引っ越す必要がある。移住の準備が進められた。


立ち去るに当たり、父氏は内外の親戚を招き、宴を開いた。宴が進んだところで、父氏が言う。

「天下には、ほんとうに吉凶などがあるのだろうかな。この家は凶宅と呼ばれていたが、私が住み始めてからはむしろ幸いばかりであった。更には栄達までも得た。この家のどこに、凶事をもたらす鬼がいるというのだ。今後この家は吉宅と売り出すべきだろう。住まわれるであろう方々も、もはや厭われることはないのだ」


父氏はそう演説をしたのち、便所に出た。室内に腰を落ち着け、あなやと気張れば、いきなり壁からにゅるりと何かが現れた。巻物のようにも見えるが、なにせ大きい。高さ150センチほどである。その上、真っ白であった。


トイレットペーパーの化け物?


父氏は気張った結果の後始末についてなにも書かれない状態で「便ち還り刀を取り」、そのなにかを斬った。すると斬られたふたつがそれぞれひとの形を帯び始めた。なのでその人型をまとめて横薙ぎに斬った。するとそれぞれが改めて人型を帯びた。つごう四人分である。それらは父氏より刀を奪うとかえって父氏を斬り殺した。さらにそれらはそのまま宴席にまで乗り込み李姓のものだけを選んで確実に殺した。ここで異姓のもの、すなわち李頤の母や李頤の兄らの嫁たちと、李頤の姉らが嫁いだ先の家族が殺されることはなかった。


このとき李頤はいまだ幼く、産着に包まれていた。屋敷の中で何かが起こったと察知した乳母は李頤をかかえて後門より脱出し、他家に駆け込んだ。この乳母氏の機転により、李頤のみ死なずに済んだのである。


そんな李頤は、字を景真けいしんという。官位は湘東太守しょうとうたいしゅに至った。




宋襄城李頤,其父為人不信妖邪。有一宅,由來凶不可居,居者輒死。父便買居之。多年安吉,子孫昌熾。為二千石,當徙家之官。臨去,請會內外親戚。酒食既行,父乃言曰:「天下竟有吉凶否?此宅由來言凶,自吾居之,多年安吉,乃得遷官,鬼為何在?自今已後,便為吉宅。居者住止,心無所嫌也。」語訖,如廁。須臾,見壁中有一物,如卷席大,高五尺許,正白。便還取刀斲之,中斷,化為兩人,復橫斲之,又成四人。便奪取刀,反斲殺李。持至坐上,斲殺其子弟。凡姓李者必死,惟異姓無他。頤尚幼,在抱。家內知變,乳母抱出後門,藏他家,止其一身獲免。頤字景真,位至湘東太守。


(捜神後記7-5)




んー……なんてか、李頤さんが少しでも竹帛に名を残したいと思って頑張った、みたいなアレしか感じませんですわね……これパパ上が地元民から諸々の恨み買ってたのを怪異譚にかこつけてそれっぽい話に仕立て上げようとした、みたいな腐臭しか感じないのですわ。


とはいえ、こうした個人的事情が書き残されることにより、どのように歴史に「漂泊」されるかを検証せねばならないのでしょう。まーこのへん、ほんに本邦なら柳田国男の研究と比較対照できると楽しそうです。

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