捜05-07 白水素女

のちに晉安侯しんあんこうに仕えることとなる謝端しゃたんは幼い頃に両親を亡くし、頼る家族もなかったため隣人により養われていた。十七、八歳にもなるとその振る舞いは恭しく、自立し、かといって犯罪を犯すこともなかった。あるとき自立することになったが、未だ妻がいない。隣人氏がそのことを憐れみよき妻をあてがおうと探したが、見つからない。そうした中、謝端は夜遅くまで働き朝早くに起き、日々畑を耕すも、いつも書物を手放すことはなかった。


ある日謝端は晋安のまちで大きな巻き貝を見つけた。大きさは三升入る壺と同程度である。これは良いものだ、と謝端は巻き貝を持ち帰り、自宅にある甕の中で飼育を始めた。そこから十日と少し、いつものように謝端が毎朝の畑仕事から帰ってくると、家には温かい朝食が用意されていた。さも、つい先程までひとがいたかのようである。謝端はこれを隣人氏よりの厚意である、と考えた。同じようなことが数日続いたため、隣人氏のもとに訪問し、感謝を伝えた。


隣人氏は言う。

「はて、なんのことについてわしは感謝されておるのかね?」

謝端ははじめ、隣人氏がわざととぼけているのだろう、と考えたが、その後もしばしば食事の用意がなされたため、ついに隣人氏にストレートに質問をした。すると隣人氏は笑って言う。

「なんだ! 君が自身で妻を娶り、彼女に朝餉の用意をさせていたと思っていたのだが、まさかそのことをこちらに振られるとはな」

これには謝端も返す言葉がなく、ただただ訳もわからず疑念ばかりが渦巻くのだった。


何が起こっているかを探るべく、ある朝謝端は鶏の鳴き声とともに畑に出発、そこから素早く、しかし静かに帰宅し、生け垣の向こうから家の様子を伺った。するとひとりの少女が甕の中から現れ、かまどに火をおこした。それを見てただちに謝端は庭に入って甕を覗き込んだそこには、ただ巻き貝の貝殻だけがあった。


謝端はかまどに移動し、少女に問う。

「奥方、どちらからいらして、何のためにこんなことを?」


少女は大いに戸惑い、甕に戻ろうとしたが、謝端に行く先を塞がれてしまった。なので観念し、答える。

「私は天の川は白水に住まう素女そじょでございます。そなたが幼くして寄る辺を失いながらも道を踏み外さず恭しくお過ごしであることを天帝が憐れまれ、私にそなたの家を守り、また炊事をするようお命じとなりました。十年の内にそなたは富を得、妻を娶ることとなりましょう。その時には私も去ろうと考えておりました。しかしいま、そなたはいきなり私の様子をうかがい、ついには私の姿まで目の当たりとされてしまった。こうなってはもはや留まるわけにも参りますまい。そなたのもとに大きな富こそ転がり込みませぬが、この先その暮らし向きもやや豊かとなりましょう。農業に励み、魚を取り、その日々を丹念にお過ごしになられよ。この貝殻は残しておきましょう、ここに米を貯蔵なされば、飢えることもございますまい」


謝端は少女に留まっていてほしいと願い出たが、ついに少女は引き止められなかった。やがて風が吹き雨が降り、少女の姿が見失われた。


謝端はその後神棚を設け、時事につけ祭祀を執り行った。日々の食事は常に満ち足りてこそいたが、ついには富豪となるまでには至らなかった。やがて近所のものから娘をめあわされ、その官位も最終的には県令、県長ほどにはのぼりつめたと言う。


ほら見てごらん、道端ににある素女の祠が、まさに彼女を祀っているのさ。




晉安侯官人謝端,少喪父母,無有親屬,為鄰人所養。至年十七八,恭謹自守,不履非法。始出居,未有妻,鄰人共愍念之,規為娶婦,未得。端夜臥早起,躬耕力作,不捨晝夜。後於邑下得一大螺,如三升壺,以為異物,取以歸,貯甕中。畜之十數日。端每早至野,還,見其戶中有飯飲湯火,如有人為者,端謂鄰人為之惠也。數日如此,便往謝鄰人。鄰人曰:「吾初不為是,何見謝也?」端又以鄰人不喻其意,然數爾如此,後更實問。鄰人笑曰:「卿已自取婦,密著室中炊爨,而言吾為之炊耶?」端默然心疑,不知其故。後以雞鳴出去,平早潛歸,於籬外竊窺其家中。見一少女,從甕中出,至灶下燃火。端便入門,逕至甕所,視螺,但見殼。乃到灶下問之曰:「新婦從何所來,而相為炊?」女大惶惑,欲還甕中,不能得去,答曰:「我天漢中白水素女也。天帝哀卿少孤,恭慎自守,故使我權相為守舍炊烹。十年之中,使卿居富得婦,自當還去。而卿無故竊相窺掩,吾形已見,不宜復留,當相委去。雖然,爾後自當少差。勤於田作、漁採、治生。留此殼去,以貯米穀,常可不乏。」端請留,終不肯。時天忽風雨,翕然而去。端為立神座,時節祭祀。居常饒足,不致大富耳。於是鄉人以女妻之,後仕至令長云。今道中素女祠是也。


(捜神後記5-7)





ザ鶴の恩返し類型……! コッテコテもコッテコテ、だがそれがいい。こうした物語類型の祖型探しとかも面白そうですが、無限に時間を奪われそうだなあ。どっかに論文とかないかしら。


見るなのタブー(メリュジーヌ・モチーフ)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC

か、なるほど……!

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