捜05-06 何參軍女・靈見

○何參軍女


豫章よしょう人の劉広りゅうこうは若い頃結婚していなかった。田舍に出向いたとき、ひとりの少女に出会った。彼女は言う。

「私は何參軍かさんぐんの娘なのですが、十四で早死にいたしました。西王母せいおうぼに養ってこそいただけていたのですが、下界の者と交わるよう命ぜられたのです」

劉広は彼女を細やかに寵愛した。

その日、ふたりが愛し合ったベンチの下から布巾が出てきた。見ればそこには雞舌香けいぜつこうと言う香草がくるまれていた。劉広の母がその布を焼き捨てようとしたところ、なんと世にも珍しい布、火浣布かかんふであったという。



○靈見


桓温かんおん姑孰こじゅくより建康けんこう入りし、簡文帝かんぶんていの陵墓に拝謁した。この時近衛兵が異変を覚えた。とは言え桓温は拝謁をつつがなく終え、車に乗る。そして従者に言う。

「先帝が霊としてお見えとなった」

桓温は、簡文帝の霊が何を語ったかについては話さなかった。そのため内容はつまびらかではなかったが、ただ側仕えたちは桓温が拝謁したとき、しきりに「わざとでは、わざとではござらぬのです」と語っていたのを聞いていた。一方桓温は側近に対し、出し抜けに問う。

殷涓いんけんはどのような姿であったかな」

「太って背が低く、肌が黒くございましたな」

「で、あったな。まさしく帝のお側にあった姿である」

その顔には不快感がにじみ出ていた。

桓温は間もなくして病を得、死んだ。




何參軍女

豫章人劉廣,年少未婚。至田舍,見一女子云:「我是何參軍女,年十四而夭,為西王母所養,使與下土人交。」廣與之纏綿。其日,於席下得手巾,裹雞舌香。其母取巾燒之,乃是火浣布。


靈見

桓大司馬從南州還,拜簡文皇帝陵。左右覺其有異。既登車,謂從者曰:「先帝向遂靈見。」既不述帝所言,故眾莫之知。但見將拜時,頻言「臣不敢」而已。又問左右殷涓形貌。有人答:「涓為人肥短黑色,甚醜。」桓云:「向亦見在帝側,形亦如此。」意惡之。遂遇疾,未幾而薨。


(捜神後記5-6)




まーたセックスしてる(あきれ顔)……俺も「纏綿」をセックスの隠語に使うぞコラ。


殷涓は殷浩いんこうさんの息子で、371年に簡文帝の兄司馬睎の謀反に付き従い敗北、族滅を受けています。やめてくれませんかそういう前提条件が必要な話? 他の説話でももはや散逸して検証しようのない逸話が下敷きになってるってまざまざと突き付けられる感じじゃないですかしんどい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る