捜05-04 木像彎弓・白頭公

○木像彎弓


孫恩そんおんが反乱を起こしたとき、吳興ごこうの人々が争乱に巻き込まれた。そうした中、少年兵が蔣子文しょうしぶん廟に躍り込んだ。

門を開け、廟内に。すると中にあった木像が弓を引き、少年兵を射殺した。

周囲の人で、これを見届けなかったものはいなかった。



○白頭公


しん太元たいげん年間、樂安がくあん高衡こうこう魏郡太守ぎぐんたいしゅとなり、石頭城せきとうじょうを守備した。

この時、孫の高雅之こうがしが別室に詰めていた。そして言う。

「神様がやって来て、白頭公はくとうこうと名乗りました。杖をつけば、室内が光明に満ちました。わたしはふわりと宵の口に空に浮かび、暮れには京口けいこうに至りました。そして朝には帰っていたのです」

なお、高雅之父子は後に桓玄かんげんに殺されている。




木像彎弓

孫恩作逆時,吳興分亂。一男子忽急,突入蔣侯廟。始入門,木像彎弓,射之,即卒。行人及守廟者,無不皆見。


白頭公

晉太元中,樂安高衡為魏郡太守,戍石頭。其孫雅之在廄中,云:「有神來降,自稱白頭公,拄杖,光輝照屋。與雅之輕舉宵行,暮至京口,晨已來還。」後,雅之父子為桓玄所殺。


(捜神後記5-4)




前者はわかるが後者がわからん。いや高雅之が桓玄に殺されてるのは史実だしそれはいいんだが、白頭公に釣られたのがなんで死に繋がるん? あんま考えちゃいけないやつかしらこれ。


ちなみに石頭城-京口間の距離イメージは、日本で言うと東京-小田原です。東海道五十三次だと二泊目ですね。

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