捜05-03 吳望子

かんの終わり頃、會稽郡かいけいぐん鄮縣ぼうけん東野とうやにひとりの女子がいた。呉望子ごぼうしと呼ばれていた。年は十六、とても可愛らしい顔つきであった。あるとき地元の鼓舞の神事に詳しい名人にその技能を習わんと、名人のもとに向かった。


防波堤にそって名人の家に向かえば、後ろから船に乗ったヤバいイケメンが現れた。その船は十人あまりの漕手が、整然と櫂を漕いでいた。


「どこに行きたいのかね?」

「名人に太鼓と舞を習いに行くところです」

「ちょうど彼のもとに向かおうとしているところだ、一緒に乗っていくかね?」

「いえ結構です」


するとイケメンはそのまま呉望子を追い抜き、去っていった。


呉望子が名人の家に到着し、神棚に拝跪しようとする。するとそこに姿勢を正し腰掛けていたのは例のイケメンだった。イケメンについて、名人が蔣子文しょうしぶんの像である、と語る。イケメン、もとい蔣子文の像が呉望子に問う。


「随分と遅かったではないか」


そう言うと、ふたつの橘を投げつけてきた。オセッセセのお誘いである。この段階ではシカトしたようだが、そこからしばしば蔣子文が呉望子の前に現れたため、ついに呉望子も根負けし、オセッセセに応じた。めちゃくちゃお盛んだった。


蔣子文は呉望子が心に望んだことをたちまちに叶えてしまう。ある時など鯉の膾を食べたい、とふと思った瞬間、空中から2尾の鯉がまろび出た。こいつ読心術使ってやがる、と呉望子は思ったそうな。


呉望子が学んだ太鼓と踊りはそれはそれは色香に満ちたものであり、下手をすれば一キロ先からでも気付けるほどのものであったと言う。しかも舞いによって奇跡が招来する。このため呉望子の舞いは村を挙げて奉じられた。


そこから三年が経ち、ふと呉望子が俗世のイケメンに気をやった瞬間霊験は断たれ、寄り付くものもいなくなった。




漢,會稽鄮縣東野,有一女子,姓吳,字望子,年十六,姿容可愛。其鄉里有鼓舞解事者,要之,便往。緣塘行,半路,忽見一貴人,端正非常。人乘船,手力十餘,皆整頓。令人問望子:「今欲何之?」其具以事對。貴人云:「我今正往彼,便可入船共去。」望子辭不敢。忽然不見。望子既到,跪拜神座,見兩船中貴人,儼然端坐,即蔣侯像也。問望子:「來何遲?」因擲兩橘與之。數數現形,遂隆情好。望子心有所欲,輒空中下之。曾思啖膾,一雙鮮鯉,應心而至。望子芳香,流聞數里,頗有神驗,一邑共奉事。經歷三年,望子忽生外意,便絕往來。


(捜神後記5-3)




このエピソードは

高戸聰『巫となる際の神秘体験について』

https://tohoku.repo.nii.ac.jp/record/135391/files/0495-9930-2017-117-24.pdf

で、かなり大きく扱われています。同論文によると、ここに出てくる彼女はかんなぎだったのではないか、と言うこと。にしてもまた蔣子文か。とはいえこのひと正史にも普通に出てくる神さまなんで、こうして存在感を大きくしてくれているのはありがたいですね。


望子忽生外意,便絕往來。が正直良くわかんなかったんですが、ちょっと蔣子文くんオラオラ系イケメンのくせに呉望子にメロメロすぎるんで、なんかもうこのくらい身勝手なことしてほしいな、と言う願望マシマシで訳しました。チョロくて権力あるイケメンってほんとやーねぇ。

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