第16話 架空戦艦キビシマモドキ

一方、ミロウンガ号に乗艦しているファルハ艦長とナウルは、サクロたちと別れたあと、方舟メルビレイの沈んだ海域に向かっていた。ミロウンガ号には引き揚げ装置が備え付けられていて、方舟の核心的な部品を引き揚げられるなら引き揚げるつもりだ。航海が順調に続いた四日目の朝、ミロウンガAIから一つの報告を受けた。不審船を発見したらしい。

人工衛星により宇宙から撮影されたリアルタイムの撮像データが壁面のモニタに表示される。


船体はかなり大きい。全長三〇〇メートルと表示されている。ミロウンガの三倍はある。材質は金属のようだ。異様に背の高い三本の檣楼が塔のようにせり上がって、海面に長い影を落としている。甲板には主砲と思われる五連装砲身とそのバーベットがいくつも乱雑に配置されている。


各パーツを生成して、最後に無理矢理ひとまとめにした乱雑な造形に見覚えがあった。方舟メルビレイだ。しかし、ナウルは独断を避け、ファルハ艦長の言葉を待つ。

「あのガレオン船に雰囲気が似ていますね」とファルハ艦長が険しい表情でつぶやく。

「はい」

「これも方舟でしょうか?」

「断定はできませんが、この世界との不釣り合いさから、おそらくは」

ファルハ艦長は、「一隻ではなかったということか」と唸った。


続いて撮像データから不審船の推定図がCGで構築されて表示される。

それを見たナウルは「この船は……」と絶句した。

「正体に心当たりがあるのですか?」

「はい。しかし」と言いよどむ。

「何ですか?」

「私の考えは、あまりにも馬鹿げているのですが」

「かまいません」

「この船は、というか、この船の主砲や檣楼の一部が、戦艦キビシマに酷似しているように思います。キビシマというのは怪獣戦記シリーズに登場する架空戦艦のことです」

「怪獣戦記シリーズ?」

「はい。第二次世界大戦中の一九四四年に世界各地で怪獣が現れて、人類は戦争を中断し、人類と怪獣とが戦うという内容の、文字通りの怪獣戦記SF作品です」


それを聞いたファルハ艦長は何を言おうか迷っているようだ。ナウルはさらに補足説明を加える。

「私は映像作品のアーカイブでしか見たことありませんが、たしか原作は同名のマンガだったかと思います」

「マンガ、か」と、ファルハ艦長はそこで気づいて、ミロウンガAIに呼びかけ「前回メルビレイにアクセスされたマンガの中に怪獣戦記シリーズはありますか?」と尋ねる。

該当データは、三七件あるらしく、それらがモニタに一覧表示される。


「なるほど。アーカイブにアクセスされた直後にキビシマに似た艦が出現したわけですか。ただの偶然にしてはできすぎている気がしますね、ナウル」

「はい。この不審船のキビシマモドキにリアクションを取らせて固有演算紋を確認しますか? 船名を特定できるかもしれません」

各方舟には、固有の思考パターンを有するAIが搭載されていて、それらが活動するときに発せられる固有演算紋と呼ばれるパターンを捉えることで方舟を特定することができる。


ファルハ艦長はナウルの提案に即答せずに、少し考えこんでから、ミロウンガAIに質問する。

「アーカイブのデータでは、戦艦キビシマの主砲の射程はどれくらいある?」

『原作での有効射程は六七キロメートルである』と合成音声で返ってきた。

異様に高い檣楼は、目視で六七キロメートル先を見るためのものかと腑に落ちた。

しかし、そのせいでキビシマの主砲射程は、ミロウンガ号の射程五〇キロを上回っている。近づくのはリスキーすぎる。

「キビシマの武器は他に何がある?」

モニタにキビシマの武器一覧が表示される。

副砲に、高射砲、機銃、爆雷、魚雷などが表示されるが、ミサイルのような長射程の火器は搭載されていないようだった。


「いったん無視するのもアリか」と独り言のように呟いて「キビシマモドキの進路は?」とナウルに尋ねる。

「目的は不明ですが、真っ直ぐにクマ大陸に向かっています」

「そうすると、もし、何らかの理由であの四人の滞在する集落に艦砲射撃されようものなら、最悪の結果になりますね」

「では、やはり、ここで沈めますか?」

「そうですね。ただラウスフル調査官ではありませんが、相手の射程を考えればコンタクトしてからでも対応は遅くないでしょう。まずは通信を試みます」

「はい。しかし、方舟だった場合、コンタクトを試みた瞬間に、こちらに電子攻撃が行われる可能性があります」

前回は、それでデータにアクセスされてしまったので、同じ轍を踏むことは軍人として恥だった。そこで今回は、ミロウンガAIを外部との通信を一切遮断する自閉モードにした。そして通信セクションをミロウンガAIのネットワークから仮想的に切り離して、独立的に運用させることにした。切り離した通信セクションはナウルが使用することになった。


キビシマモドキと命名した不審船に接触するために数時間の航行を続け、夜になっていた。距離が三〇〇キロメートルになったところで、ナウルは前回と同様に通信を試みるけれど、やはりキビシマモドキからはなんの応答もない。少なくとも銀河連合の船でないことは明らかになった。

「さきほどの通信で、相手もこちらの大まかな位置を把握したと思います。近づかれる前に短距離ミサイルで撃沈します。攻撃と操艦は私とミロウンガで行うので、ナウルは引き続き通信をお願いします」

「了解しました」


短距離ミサイルの射程は最大三〇〇キロメートルあり、キビシマモドキの射程外から一方的に攻撃することができるはずだ。リスクを回避した作戦となる。

「対艦戦闘用意」ファルハ艦長が号令を発する。

『対艦戦闘用意よし』ミロウンガAIの合成音声がそれに応えた。

「目標、キビシマモドキ」

『目標、キビシマモドキ』

「対艦ミサイル三発、発射用意」

『対艦ミサイル三発、発射用意よし』

ミロウンガ号は民間の旅客船を改造したものなので、火器の搭載量が少ない。短距離ミサイルの発射管は左舷と右舷に三発ずつ、全部で六発しか撃てない。

「発射!」

『発射』

号令とともに右舷側のミサイルが飛翔する。

「続いて三発、発射用意」

『続いて三発、発射用意よし』

「発射」

『発射』

続けて左舷側のミサイルも飛翔していく。

すべての短距離ミサイルを撃ち尽くした。


ややあって、第一波がキビシマモドキに到達。すでにこちらの存在を察知しているキビシマモドキは、高射砲でミサイルを落とそうと弾幕を張っているけれども、超音速ミサイルに対処できるはずもない。ミサイルの近接信管が作動して甲板の上で爆発が起きる。その様子を衛星からの映像で確認することができた。


しかし、キビシマモドキの装甲は予想以上に分厚く、着弾した箇所こそ破壊されているものの、依然として航行を続けている。主砲の五連装砲のバーベットが回頭し、射角を最大まで上げて、主砲を発射した。高性能火薬を使用しているようで、黒煙は上がらない。


無駄な抵抗だとファルハは思った。しかし、六十七キロメートルほどと推定されていた射程は、以外にもぐんぐん伸びて、倍の一二〇キロメートルほどまで届いた。とはいえ、ミロウンガとは三〇〇キロメートルの距離があるので無駄なことに変わりはなかった。

「キビシマモドキの固有演算紋は?」

「遠すぎて確認できません」とナウル。


そしてミサイルの第二波がキビシマモドキに到達する。こちらも全弾命中したけれども、沈むほどの損害は与えられなかった。

「対艦潜水ロケット三発、発射用意」

『対艦潜水ロケット三発、発射用意よし』

対艦潜水ロケットは、ジェット噴射で飛翔した後、目標船の近くで弾頭が分離したのち着水し、そのまま水中の深い所まで潜り、水底から水面へ向けてロケット推進する魚雷だ。ミロウンガ号には三発しか積まれていない。

「発射!」

『発射』

潜水ロケットも全弾撃ち尽くした。


キビシマモドキの手前で分離して海底まで潜った弾頭は、高速で海面近くの船を目指す。それらが着弾したとたん、キビシマモドキの中央で大爆発が起こり、ものの十数秒で船は轟沈した。

ファルハ艦長とナウルは無言のままその様子をモニタで見ていた。


ミロウンガ号はそのままの進路を取り、キビシマモドキの沈んだ海域まで到達する。前回同様、船の残骸と思われるものが散乱していたけれど、乗組員やその遺留品のたぐいは一切ない。無人船なのだ。方舟に間違いなかった。


しかし、今回の方舟が前回のメルビレイと同一の方舟だったのか、それとも別の方舟だったのかについては断定を避けた。別の方舟だとしたら、マックスcに来て以来、定期的に行われている表面スキャンで発見できていなかったのが不思議だったし、メルビレイだとするなら、その自己生成・再生機能は、想像を大きく超えている。マックスcや方舟について教えられていないことがまだ多いような気がする。


「連合機構側はこのことを知っているのでしょうか?」

「どうでしょうね。上層部はともかく、ルルアさんは隠し事ができないので、方舟についてはほとんど何も知らないでしょうね。おそらく二人は知らないと思いますよ」

「我々は当て馬にされたのでしょうか」

「可能性は大いにあります。それにしても二度あることは三度あります。また戦闘になるかもしれません。沈んだ船を引き上げることができれば何か分かると思うのですが。ここは深すぎるようです」

海底まで測距したところ、水深一二〇〇メートルあり、ミロウンガ号の引き揚げ設備では届かない距離だった。


「やはり最初にメルビレイを沈めた海域で引き揚げるべきでしたね」

「はい。今からでも引き揚げるべきでしょう。しかし、引き揚げる前に四人を回収しましょう。戦闘の可能性がある以上、離れていては戦いづらい。彼らに今から迎えに行くと伝えてください」

「分かりました」


「それと先ほどの不審船との戦闘記録を最も近い連合の宇宙基地へ送信しておいてください。そうですね、第五三恒星系師団あたりが適当でしょうか」

しかし、ナウルからの返答がない。ナウルはなにか考えているようだ。

「どうしました、ナウル? 気分でも悪くなりましたか」

「メルビレイが我々の探している魔法使いという可能性はありませんか?」

「時の魔法ですか? それで時を戻し、自らを生成し直していると?」

「はい。あるいは、複製の魔法で、自らのライブコピーを作製して、コピーを破壊される度に作製を繰り返しているとか」

「なるほど」

ファルハは考え込んだ。

「そうなると連合に取り上げられる前に、こちらで調査すべきですね。やはり連合軍への報告は後にします。まずは消耗した弾薬の補給と、四人の回収を優先します」

「アイサー!」

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