第7話 コルセアの役割

艦内放送から三〇秒ほど経ったのち、戦闘指揮所に二人の乗員がやって来た。一人はモノトーンを基調としたゴスロリファションで、ドリルのようにカールしたツインテールに小さな帽子を載せている。およそ戦闘艦には不釣り合いな格好と厚化粧だ。ヘルメットを被れるのか疑問に思う。

もう一人は、キャップにサロペットの作業着姿という出で立ちだ。二人とも、片手にハンバーガーを持っていた。

「夕食には少し早いのでは?」

艦長は二人を見ながら言った。しかし、それを処罰するような雰囲気はない。

「はい。これは夕食ではありません」

サロペットの方が堂々と答える。「納品された食料が既定の品質であるかチェックしています。これは合格です。夕食は、これを食べたあと、別に食べます」

ナウラス大尉は呆れた顔をしている。


「あれ? 誰ですか、そいつら」

ゴスロリがサクロとルルアに気づき、二人を怪訝な顔で見る。ファルハ艦長はゴスロリの口調をとがめるような視線を送った。

艦長の視線で失言に気づいたゴスロリは「訂正します。そちらの方々は、どちら様でしょうか」と改めた。

「以前お話ししたラウスフル星務官(セクレタリ)とハイドン星務官(セクレタリ)です。あまり失礼のないように」

「はい、気をつけます」

ゴスロリの方は直立不動の姿勢を取るが、こちらと目を合わそうとはしない。どうやらこちらをよく思ってないらしい。態度で分かる。


「ファルハ艦長、我々はセクレタリではなく、ただの調査官です。改めて自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「そうでした。申し訳ありません。どうぞお願いします」

サクロとルルアは改めて自己紹介を行った。


「乗員の方は艦長である私から紹介しましょう。向かって左が、マーザ・バカラ。一応の階級は中尉で、この艦の操縦士です」

ファルハ艦長の紹介を受けてゴスロリが無言で敬礼する。

「向かって右が、スー・ラ・マルジャーニ。一応の階級は中尉です」

キャップを被ったサロペットの方も敬礼する。

「私はメカニック担当です! よろしくお願いします」

サロペットの方はなんとなくルルアと似ているなと思う。


「あの、マルジャーニ中尉のご出身は、もしかしてケプラー・コロニーですか」

ルルアがサロペットのメカニックに尋ねる。

「そうだけど、どうして分かるの?」

マルジャーニ中尉は目を丸くした。初対面の人間にいきなり出身地を言い当てられたのだから無理もない。

「私もケプラー・コロニー出身なんです。だから名前から多分そうじゃないかなと思いました」

「あなた、名前は?」

「ルルア・ト・ハイドンです」

「うわ! マジじゃん! すごい偶然だね」

ルルアとマルジャーニ中尉は手を取り合って人工重力の中をぴょんぴょん跳ねている。よそ者には全然ピンと来ないが、同郷の者同士には通じ合うところがあるのだろう。


「乗員は、これで全員ですか?」

飛び跳ねるルルアたちを横目にサクロは、ファルハ艦長に尋ねる。

「そうです。少ないでしょう。以前は、もう少し人がいたのですが、今は、人間は四人です。三二のAIネットワークモジュールを積んでいて、それらが補助してくれるのでなんとかやっている状況ですよ。ですから、緊急時にはあなた方二人の助力もお願いしたいと思っています」

「わかりました。我々が艦の運営に役立つとは思えませんが、そのときは尽力させていただきます」

「ありがとうございます。ところで、サクロさん。お願いついでに一つ質問してもよろしいですか」

「ええ、もちろんです。私に答えられるものであればいいのですが」

「惑星マックスcでのあなたがたの任務とはどういったものでしょうか? というのも、軍の上長からはあなた方二人を三年間護衛するようにとしか聞いていないのです。それ以上のことは上長も知らないようでした。銀河連合の秘密主義は今に始まったことではないですが、護衛するにしても、何から護衛するのか分からない以上、適切な対応ができない可能性もあります。差し支えなければ、もう少し詳しく教えて欲しいのですが」


この艦長の質問は、サクロにとって意外なものだった。サクロたちがレクチャーされた情報は、すべてファルハ艦長にも教えられているものと思っていたからだ。シュア専門官のレクチャー内容は機密指定されているわけではないため、部外者はともかくとして、行動を共にするミロウンガ号の乗員に対してマックスcでの任務の内容を説明することには、何の問題もない。マックスcの調査と、ガレオン船の正体の確認。前者の調査は、当たり障りのない通常の任務だ。しかし、サクロのエリート官僚としてのカンが、方舟の件は伝えない方がよいと告げていた。このガレオン船が狂ったAIの方舟であった場合、本当にそれを撃沈するだけで済むだろうか。もし、方舟が本来の役割を果たして人間を含めた生物を再生装置によって再生し、マックスcの地上がコピー人間で溢れていた場合、銀河連合は自分たちの手を汚すことなく、コピー人間の殲滅をコルセアに命令するつもりではないだろうか。銀河連合は、敵対的な可能性のあるコピー人間を毛嫌いしている。その殲滅は十分にありそうなことだ。さらに推論を重ねれば、コピー人間の殺害を理由にコルセアも処分するつもりでいるかもしれない。連合にとってコルセアは都合のいいコマに過ぎない。だとすれば、この件に関しては、ダーティなことには首を突っ込まないほうがいい。


「銀河連合では惑星マックスcを補給基地兼保養地にするつもりです。そのために必要なごく一般的な予備調査が主な任務です」とサクロは当たり障りのないことだけを述べるに留める。

しかし、ファルハ艦長は得心がいっていないようだ。

「なるほど。しかし、ごく一般的な調査で特設戦闘艦の護衛が必要になるほど、マックスcという星は危険な場所なのでしょうか。危険な原住民や動物でもいるのでしょうか」


「海に方舟がいるそうです」

ルルアが、サクロとファルハ艦長の会話に割り込んだ。

余計なことを喋ってくれるなと思ったが、顔には出さなかった。ファルハ艦長の方を見ると、方舟と聞いて少し驚いた顔をしていて、他の乗員たちも意外そうな顔をしていた。ファルハ艦長は、すぐに平静に戻り、「それはかなり厄介なことになるかもしれませんね」と言った。

「艦長は、方舟についてなにかご存知ですか?」とサクロ。ルルアが口にした以上、もうあとには引けなかった。

「はい。私は直接見たことはありませんが、同業者の間では方舟は有名ですから。理由は不明ですが、『彼ら』の魔法技術を学習したAIが人類に対して好戦的であることは常識になっていますから。なるほど。だから、ミロウンガ号が選ばれたのですね。わかりました。そうなると、こちらも更に準備する必要がありそうですね」

そう言ってファルハ艦長は乗員たちの方へ向き直った。

「三週間の休暇は、一〇日間に短縮します。残りの一〇日は、出航準備に当てます」

「えー、そりゃないですよ。もうバカンスのチケットも取ってるのに」

ゴスロリのマーザが不満をこぼす。

「その代わりマックスcで一〇日間のバカンスを許可します。構いませんね? ラウスフル調査官」

「え? ええ」

「そんな未開の地でバカンスしてもホテルも豪華な食事もないじゃんね」とスー・ラ・マルジャーニがマーザに耳打ちした。


「ルルアさん、情報提供ありがとうございます。戦闘において情報は多いほうが勝率も生存率も上がります。これからもよろしくお願いします」

情報は逐一教えるようにと釘を刺されたのにも気付かず、ファルハ艦長に額面通り感謝されたと思って、ルルアは上機嫌になっているようだ。すでに籠絡されかけているような気がしてサクロは不安になった。

方舟の情報は、言ってみれば自らの保身のために直前まで黙っておくつもりだったけど、そうすれば必ず艦長以下乗員たちの信頼を失っていただろう。追加の準備も必要だというし、今、伝えて正解だったのかもしれない。

「あの、一つ質問していいですか?」とルルアはファルハに尋ねる。

「どうぞ」

「魔法技術を学習したAIが暴走するなら、このミロウンガ号は大丈夫なんですか? 見た所、かなり魔法技術が使われているようですが」

「ああ、それは大丈夫ですよ。魔法技術とミロウンガAIは切り離されているので、暴走する心配はまったくありません」と艦長。

それは盛大なフラグなのではないかと思ったけれど、サクロは口には出さなかった。

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