第6話 コフラ・ファルハ

二人を乗せたカートはやがて軍用ドックに入構した。軍用ドックというからには多数の軍用船が入港してさぞ壮観なのだろうと思っていたけれど、天井の高い空間の対角に二隻あるだけだった。しかし、両方とも出航準備中か修理中なのか、多くの作業員が作業しているので、その一角はとても活気に溢れている。


カートは奥の一隻に向かって進み、やがて停車したので、カートを降りた。そこから見える船の全長は二百メートルくらいだろうか。ミロウンガ(ゾウアザラシ)という割には、外殻の形状はアーモンドのような丸い形状をしていた。幾人かの作業員が外殻に張り付いて、姿勢制御翼の点検作業を行っているのが見えた。


作業の様子を物珍しく見学していると、制服を着た士官がこちらに近づいてきた。金髪をローポニテールにした凜々しい女性だ。

「ラウスフル・セクレタリと、ハイドン・セクレタリですね?」

「はい。しかし、我々はセクレタリ(星務官)ではありません。調査官です」

「これは失礼。連合の官職名には疎いもので。ミロウンガ号へ、ようこそ。この艦の艦長、コフラ・ファルハです。一応の連合軍での階級は少佐です。これから長い付き合いになりそうですね」

差し出された手を握り返す。サクロよりも年上だけれど、ファルハ少佐はずいぶん若く見える。三〇代前半と言ったところだ。遺伝子改良により人間の老化はかなり緩慢になっていて、見た目と実際の年齢には大きな開きがある。


「サクロ・ラウスフルです。三年間、よろしくお願いします」

「ルルア・ト・ハイドンです。ファルハ少佐はずいぶんとお若く見えますけど、おいくつですか?」

 いきなりのぶしつけな質問に、サクロはぎょっとしたけれど、ファルハ艦長は「ありがとう。この前、四三になりました。もちろん標準時間でね」と笑っていった。

「もっと若いと思いました。魔法みたいですね」

「生きていること自体が魔法のようなものですから」


三人は握手を交わしながら自己紹介を済ます。ファルハ艦長は物腰柔らかで、想像していた海賊とはまったく違っていた。数々の修羅場をくぐりぬけてきた雰囲気がある。シュア専門官は、彼らの手綱を握って任務を遂行しろと言ったけれど、コルセアの方が一枚も二枚も上手なのではないかと不安になった。しかし、それはそれとして、若きエリートの努めを果たすしかないとサクロは自らを奮い立たせた。


「ずいぶんずんぐりした船だと思われたでしょうね」とファルハ艦長がミロウンガ号を見ながら言った。

「あ、いえ、そんなことは」

「今は、宇宙線を遮蔽するシールドと、惑星大気突入のための耐熱シールドで覆われているので、本来の形とはまったく別物です。想像できないと思いますが、星間航行兼特設水上戦闘艦とはいえ中身はもっとシャープなのです」

「あれはシールドでしたか。特設水上戦闘艦とはどういう意味ですか?」

「ミロウンガ号はもともと民間の星間航行輸送船でした。その船体に兵装を後付けしたものを特設戦闘艦と呼ぶのです。さらに重力下での航海能力も搭載しているので、特設水上戦闘艦なのです」

「なるほど。それにしても出航準備の忙しいときに来てしまったようで、申し訳ありません」

「いえ、出航準備はほぼ終わっています。今は、最終チェックといったところです。出航は三週間後と聞いていますが、変更はありませんか」

「はい」

「中へどうぞ。せっかくなので少し案内しましょう」

「いいんですか? 早く中が見たくて、気になってたんです」

「ルルアさんは面白い人ですね。出航すれば嫌というほど過ごすことになりますから、慌てなくても良いですよ」


ファルハ艦長に促されて、ミロウンガ号の中へ入る。通路は狭く窓もないが、発光パネルのおかげで明るく、圧迫感は少ない。

「食料と水、それと弾薬の積み込みは完了しています。エネルギーユニットを積み込めば、すぐに出航できますが、三年間の任務と聞いていますから、出航まで乗員にはしばらく休暇を出す予定です」


「へぇー、これが、海賊船なんですね! 私、初めて乗りました」

ファルハ艦長の話の腰を折って、ルルアが感嘆の声を漏らす。今はもう銀河連合軍傘下だから海賊船呼ばわりはないだろう、艦長の機嫌を損ねたらどうするんだと、サクロは内心で焦った。

「フフフ、あなた方からすれば、我々はいまも海賊なのですね」

サクロの心配をよそに、艦長はご機嫌なようだ。

「あ、今はコルセアと呼ぶべきでしたか。すみません」

「我々は、銀河連合側から海賊と呼ばれようが、魔法使いと呼ばれようが、何と呼ばれようがあまり気にはしていません。でも、あえて言うなら、用心棒が一番しっくりきます。今のように連合軍と合流するまでは、実際に用心棒稼業で生活していましたから」

「用心棒って、どんな感じだったんですか」

「もうずいぶん昔の話ですよ」

艦長は首を横に振って言った。

「コルセアになったこと、後悔しているんですか?」とルルアが尋ねる。

「どうでしょう。銀河連合軍にいれば、補給や装備には困りませんし、直接的な戦闘も昔に比べれば少ないので、不安が少ないことは良いことだと思います。ただ、やはりかつての自由が、懐かしくはあります。なんだか湿っぽくなりましたね。この話はやめましょう。さあ、ここが戦闘指揮所です」


ハッチを開けると戦闘指揮所の内部は思ったより広く、電子機器の放つ独特の匂いが漂っていた。壁面は全面モニタになっているようで、外の様子が映し出されている。そのモニタの前に、戦闘宇宙服を着た坊主頭の男性が座っている。

「ナウル」とファルハ艦長が呼びかけると、坊主男は顔だけ振り返った。

「こちらが銀河連合の方々です」


艦長に促されてサクロとルルアが自己紹介をすると、ナウルは椅子から立ち上がる。筋肉質で身長は百九〇センチメートルはありそうだ。元海賊というのも頷ける。

「ナウル・ナウラスです。一応の階級は大尉です。AI・通信オペレータ兼看護師をしています。よろしくお願いします」

握手を交わす。

「看護師も兼任なんですか、すごいですね」とルルア。

「我が艦はよく言えば少数精鋭で運用しています。悪く言えば人手不足なので、一人が何役もこなさないといけないんです」

ナウラス大尉はそういって笑った。見た目はいかついが、気さくで真面目な印象だ。

「ナウルの手術の腕前は凄いですよ。盲腸の摘出手術くらいはできますから」

「それはすごい。通信オペレータをしながら、オペ(手術)もこなすわけですか」

サクロはダジャレを挟みこんだ。しかし、誰にも気づかれなかったようで「そうです」とナウラス大尉が簡単に返事しただけに終わった。


「ところで、他の二人はどこですか?」

ファルハ艦長がマイクに手を掛けながらナウラス大尉に尋ねる。

「二人は、食料の検収をすると言って食堂の方に行きましたが」

「わかりました。ありがとう」

艦長はマイクのスイッチを入れた。

『総員、戦闘指揮所に集合してください』

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