第4話 ダンデライオン計画

かつて、地球環境の汚染が極まって人類は絶滅の危機に瀕したことがある。地球のどこにも住める場所がなく、文字通りの新天地に移住する必要に迫られていた。宇宙に脱出しようにも、そのロケットも燃料もなかった。仮に脱出に成功して月や火星に行ったところで、そこに街や農場があるわけでもない。このまま人類は衰退を続け、汚染に適応できた人間だけでほそぼそと文明を維持する以外に道はないと思われた。


しかし、ことは意外な顛末を迎える。ほどなくして、人類よりもはるか先に進んだ技術を持った知的生命体が地球に現れたのだ。今の人類の繁栄は、『彼ら』によってもたらされた。『彼ら』は人類が求めるままに進んだ科学技術を惜しみなく授けてくれた。なぜ『彼ら』は人類に技術を無償で提供してくれたのか、当時の為政者たちと『彼ら』との間に、どのようなコミュニケーションが交わされたのかは今となっては知るすべもない。もしかすると、『彼ら』からすれば単に物乞いに不要なものを施した程度だったのかもしれない。


月面や火星の岩石から自己生成する都市を作る技術、真空中を亜光速まで加速することができる光圧推進エンジン、圧縮した空間を亜光速で航行するワープトンネルドライブ、一時的に重力を中和する重力遮蔽装置、数学に基づかない強力な暗号生成装置など、『彼ら』が供与してくれた技術は枚挙にいとまがなく、そのほとんどは人類にとっていまだに模倣することはおろか、作動原理を理解することさえ難しい。

しかし、原理が分からずとも、使用することはできたので、その地球外生命体との接触以来、人類は地球を脱出して、月と火星で急速に人口を増やし、絶滅の危機を脱した。


そうなると、やはり気になってくるのは、『彼ら』の技術の中身だ。供与してくれた様々な装置を片っ端から分解したらしい。ほとんどの装置が継ぎ目のない外殻で覆われていて、それを割ってこじ開けると、中にはぎっしりとセラミックのようなものが詰まっていた。しかし、当時の最新の地球産AIを総動員しても、それらが一体何で、どのように作動するかは皆目わからなかった。そして一度分解すると、失われた命が戻らないように、決して元には戻らなかったのだ。


反重力装置と言ってもいいくらいの性能を発揮する重力遮蔽装置は、装置自体の大きさも消費するエネルギーも理論から導かれるそれらに比べて、桁違いに小さい。そのため、それらは人類の知らない物理科学、というよりも四次元空間のような認識することさえできない科学で構成されていると考えられた。『彼ら』の技術を理解すること自体が人間には不可能だと結論付けられ、それらはいつしか魔法と呼ばれるようになった。

しかし、人間には無理でもAIならどうかと考えた一部の科学者は、これらの魔法をAIに学習させ続けていた。それらのAI群は、地球の技術と『彼ら』の魔法を学習したためハイブリッド知性体と呼ばれるようになった。


魔法技術の理解を諦めた人類が次に目を向けたのが、人類が遠宇宙に乗り出し、その版図を宇宙全体に拡大していくことだった。そのため注目したのが、ワールドクロノポータルと呼んでいる、『彼ら』が宇宙空間に無数に設置しているワープトンネルだ。このワープトンネルが数万光年先あるいは数億光年先の銀河とつながっているらしいことは早くからわかっていたけれど、このトンネルを抜けると生体にどう影響するのか、わからないことの方が多かった。


そのため、人間が直接宇宙船に乗り込んでワールドクロノポータルを通るのではなく、AIを利用することを思いついた。幸いにも、地球型AIに『彼ら』の魔法技術を学習させるプロジェクトはほぼ完了しており、その結果誕生したハイブリッドAIを自己修復可能な宇宙船に載せ、ありとあらゆるワールドクロノポータルの先へ飛ばしたと聞く。

その宇宙船には乗員も乗客も乗っていない。人類を始めとした動植物の遺伝子データとタンパク質合成機、それらを制御するハイブリッドAIだけが乗っていた。それらの船は旧約聖書をなぞらえて方舟と呼ばれ、気の遠くなるような時間を旅したのち、どれか一つでも、地球と似た環境の惑星にたどり着くことができれば、搭載された生体再生装置により、その新天地で生物の遺伝情報とタンパク質をもとに人間を含めた生物を再生することができるという代物だった。タンポポの種子が風に乗って飛んでいき、落ちた先で根を張るさまになぞらえてダンデライオン計画と名付けたそうだ。ありとあらゆる問題を孕んだ計画だったけれども、超法規的な措置が執られることになり、ダンデライオン計画は実行に移された。すぐに数万という方舟が地球を旅立つことになる。


公式の発表では、太陽系を離れた方舟のほとんどは、推進能力を失って慣性航行に移ったのちに、どこかの恒星の重力につかまり、その衛星になったか燃え尽きたことになっている。


そして、ダンデライオン計画後すぐに何人かの勇敢な人たちがワールドクロノポータルをくぐり、ポータルでの移動が安全であることが立証された。そして移住可能な惑星を次々と発見して、大規模な入植が始まった。

そのためダンデライオン計画の意義は急速に失われ、今ではほとんど忘れられた過去の話になっている。


しかし、今その方舟の生き残りの一つがマックスcに漂着している可能性があると、シュア情報専門官は考えている。

「方舟については噂程度の理解で十分だ。公式発表ではほとんどの方舟は消失したことになっているが、調査ではかなり多くの方舟が今でも活動を続けていることが分かっている」

意外な事実にサクロとルルアは顔を見合わせた。


「重要なのは、方舟の生き残りを早期に発見することだ」

「しかし、そうなると話は変わってきますね。マックスcの原住民は、方舟が生成した地球人のコピーの可能性もある、というわけですか」

「そうなる。マックスcの原住民に接触し、その原住民が方舟によって再生された地球人のコピーであった場合は、速やかに報告してほしい」

「……わかりました」

「また、この写真のガレオン船もどきを探し出して、それが方舟であった場合、速やかに撃沈してほしい」

「撃沈、ですか」

思わず聞き返す。調査官に対してふさわしくない任務にルルアも驚いた顔をしている。シュア専門官は、軽く肯いた。

「君たちは連合の若きエリートだから知っておいても問題はないが、ここからの話は自分の胸に留めておいて欲しい」

二人は黙って頷いた。

「実は一部の方舟のAIは暴走している。つまり、人類に対して敵対的な行動を取るものがあり、少なからず脅威となっているのだ。もちろんすべての方舟が危険なわけではないが、なぜ暴走しているかの理由も今のところ不明だ。その理由を探って欲しい思いもあるのだが、今の段階ではリスクが大きい。そのため方舟は見つけ次第、すべて破壊して欲しいのだ」


しばしの沈黙ののち、「方舟というのは調査班の装備で、そんなに簡単に撃沈できるものですか?」とサクロは尋ねる。

「いや、調査班の装備では無理だろう。方舟は今となっては博物館に展示されるような骨董品だが、自衛のための機銃が搭載されているし、自己生成機能を応用してそれらを進化させている可能性もある。そのため、君たちの護衛として、海賊もといコルセアの水上戦闘艦を一隻つけることになった。艦の選定と人選は既に終わっている。君たちはそのコルセアの水上戦闘艦に乗り込み、彼らの手綱を握って任務を遂行することになる。海賊やコルセアと関わった経験は?」

「いいえ、ありません」

「私もないです」

「そうか。彼らは元海賊だからか、君たちを籠絡しようとするかもしれない。決して、信用するな。君たちなら上手くできるものと信じている」

「分かりました」

そう返事はしたものの、信用できない相手の船に乗ることになるのかと不安を覚えた。


「それから撃沈させる際には、方舟かどうかを必ず確認するように。万に一つでも間違っていた場合、大きな問題になる。お偉いさんのクルーザーだった場合は、特に、だ」

「そんなことがありえるんですか?」とルルア。

「金持ちの中には、連合よりも早く惑星を見つけて内密に入植している可能性があるからな。海賊以上に厄介だよ」

「あの、質問いいですか?」とルルア。

シュア専門官はルルアに向き直る。

「チーフにも言われたのですが、なぜ、私なんでしょうか。私の適性って何なんですか?」

「すまないが、それは私にも知らされていない」

「そうですか。変なことを聞いて、すみません」

「それで、件のコルセアだが、現在は軍用ドックの方で出航準備を進めている。艦名はゾウアザラシを意味するミロウンガだそうだ。気になるようなら見に行くといい。立ち入り許可は既に取ってある」

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