第3話 シュア専門官

「じょうぎ座銀河団情報専門官のシュアだ。今日はよろしく」

シュアと名乗る情報専門官AIのアバターが手を差し出した。見た目は大柄の白人男性だ。


「サクロ・ラウスフルです。こちらこそよろしくお願いします」

アバターの手を握るとグローブを通じてVRからのフィードバックがあり、本当に目の前の人物と握手をしている錯覚がある。

「ルルア・ト・ハイドンです。今日は、よろしくお願いします!」

「ずいぶんと元気だな。何かいいことでもあったか、ハイドン調査官」とシュア専門官は雑談を始める。

「はい! 今朝、推しの惑星が『食』に入ったから、惑星のリングがすごくきれいに撮れたんです」

そういって彼女はシュア専門官に撮影した写真を見せる。可視光以外の光も画像処理で表示されて幻想的な一枚に仕上がっていた。

「なかなか良く撮れている」

「ありがとうございます! このほかにも色々と撮ってて――」

ルルアがスライドショーを始めたので、サクロは「シュア専門官は忙しいだろうから、それはまた今度にしよう」といってやんわりとやめさせた。


「私の方では一向に構わないが、本題に入ろうか。君たちが赴任する恒星系の基本的な情報だけは一応説明しておこう。この恒星系は、太陽系によく似ている。まず恒星マックスについて、つまり惑星マックスcの太陽にあたる恒星だが、これはK型主系列星だ。大きさは太陽の約七八%で、太陽よりも一回り小さい。表面温度は約五千Kなので、太陽よりも少し赤く見えると思う。惑星のマックスcは、地球と同じ岩石型の惑星になっている。自転周期は標準時間で、約二五時間。恒星マックスとの平均距離は約〇.九AU、公転周期は銀河標準時間で約三一一日、現地時間に換算すれば、ちょうど約三〇〇日ということになる。自転軸は公転軌道面に対してほぼ直角をなすから、四季はない常夏の惑星だろう。直径は約一四Mmで、地球よりも少し大きい。表面の九割は海だ。誕生してから数十億年以上経過しているはずだが陸地が残っているので今もプレートが動いているといえる。衛星として月よりも少し大きい衛星を一つ持っている。潮汐力は地球よりも大きいから潮の満ち引きは激しいはずだ。雨が多いせいか、陸地はかなりの領域が森で覆われている。無人星域巡回船による光学観測の結果、大気圧は、地球とほぼ同じ。大気の成分は窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素など、地球の大気組成とよく似ているが二酸化炭素の濃度がやや高い。呼吸に問題はないはずだが、温室効果により平均気温は二五度ほどと見られている。また、陸地に木造らしき構造物が見えることから間接的に知的な先住民の存在が確認された。文明の段階は不明だが、人類史でいえば金属器時代あたりだろうと思われる。基本的な情報は以上だ。詳しい情報は、あとで資料に目を通してくれ。ここまでで何か質問はあるかな」


「現地時間の単位は?」とサクロ。銀河連合の光格子時計を基にした銀河標準時間は、自転周期由来の二四時間を基本としている。他の惑星では地球と自転周期が異なるため、惑星上での活動では銀河標準時間よりも現地時間を採用することになる。

「決まっていない。調査官の方で適当に決めてくれてよいし、現地の住民に時間を計るという概念があって、それを採用できそうならそちらを採用してくれても構わない」

「分かりました」

そういって、サクロは小さくガッツポーズをする。


人類が太陽系以外の惑星に入植を始めた当初、惑星のローカルな時間を定めることは、その惑星を統治する星務官(セクレタリ)の特権の一つだった。なぜならそのローカルな時間が、開発や経済活動などあらゆる物事のベースとなるからだ。しかし、遠宇宙への進出が進み、地球外生命のいる惑星や、人類の居住可能な惑星が特別なものではなく普遍的なものであることが分かっていくにつれてフロンティアの数も爆発的に増えた。その結果、銀河連合経済協力機構から星務官が派遣されずに現場の判断に任される惑星も多くなっていった。そのため、惑星の時間を定めるというかつての特権も現場に委譲されることが多く、昨今では夕食の献立を決めるような些細な事柄になった感もある。とはいえ、特権に変わりない。それを行使する時が、思いがけず来たのだ。サクロにはそれがうれしかった。


「他には?」

「いえ」

「原住民は、親切な方々なのでしょうか?」とルルアが興味津々で尋ねる。

「それはわからない。君の目で確かめてくれ」

「はい!」

「他には?」

「大丈夫です」

「では、調査任務を説明しよう。任期は事前の通達通り標準時間で三年。調査してもらいたいことは大きく分けて二つある。まず一つ目は陸地の調査だな。上層部はマックスcを軍の補給基地兼保養地にすることを考えている。そのために必要な陸上の予備調査を行ってもらう。具体的には、宇宙船着陸のための宇宙港に適した土地の選定、動植物の調査、原住民の文明レベルや彼らとの交流可能性の調査などだ」

「あの、動植物の調査って、食べられるか、食べられないかとかを調べるんですか?」

「もちろん、そういう調査項目もある。ハイドン調査官は、確か生物の専門家だと聞いているが、そういう調査は苦手かな」

「大丈夫です。お任せください」

「それは頼もしい。詳しい調査項目は、資料を見て欲しい」

項目にさっと目を通すと、一万項目以上はあるように見える。

「思ったより、多いんですね」

「ああ。項目が多いため、すべてを調査することができると思っていないし、その必要もない。しかし、予備とはいえ、君たちの調査の結果を踏まえて本調査隊が編成される。そのための極めて重要な任務となる。必須項目の調査が終われば、時間と能力の許す限り、臨機応変に対応してほしい」

「なるほど」


「さて、次に二つ目の調査についてだが、順序が逆になったけれども、こちらの方を優先して欲しい。まず、この写真を見てくれ」

視界を覆うように、一葉の写真が表示される。海のような背景に、細長い四角形のデコボコとした物体が写っている。さらにそこkら手足のように生えた棒やロープのようなものも見える。

「これは?」

「無人巡回船が宇宙から撮影した写真だよ。被写体は、おそらくガレオン船のような大型の戦闘帆船に似た何かだ。一六世紀にイギリスで作られたタイプと似た部分があると思われる。超望遠撮影データから画像分析AIによって発見された」

「ああ、これ、船を真上から撮影した写真なんですね。だからか。納得しました」

ルルアにとっては、なぜ一六世紀のガレオン船に似た船がマックスcを航行しているのかという疑問よりも、被写体をどの角度から撮影した写真なのかということの方が重要らしい。なにかが根本的にずれている気がする。


「この上面図から推定される船の形はこうだ」

シュア専門官は、CGで横から見た船の推定図を提示した。帆船のようだが、マストの数が一〇本以上あり、その上、空に向かって延びるマスト以外に斜めに大きく傾いたものや横に延びるものもある。船の形も対称ではなく、ひずんでいる。明らかに造形が狂っていて様子がおかしい。

「どういうことですか? なぜ、そんなものがマックスcに? 原住民が作ったんですか」

「もしかして、一六世紀からタイムスリップしたとか、ですか?」

「いや、タイムスリップは無理だ。マックスcは地球によく似ているから、こういうものが作られたとしても不思議ではない。しかし、無人巡回船が宇宙から観察した原住民の文明レベルでは、これほど巨大な船を作る技術はないと結論づけられた」

「では、AI群の見立てでは、どのような結論になったんでしょうか」

「ダンデライオン計画で放たれた方舟である可能性がある。方舟がマックスcに漂着したのち、自己生成機能を応用して帆船化したものと考えられる」

そう言われてみると、確かに初めから全体の設計図があったわけではなく、各パーツから生成していき、最後にとりあえず全部繋げた、そういう雰囲気だ。

「二つ目の調査内容は、これが方舟かどうかを確かめることだ。ダンデライオン計画についてはご存じかな」

「噂では」

「私も噂程度ですが」

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