第2話 サクロ・ラウスフル
数ヶ月前――
「サクロくん、まもなく君に辞令が出る」
チーフに話があるといわれて専用回線のVR空間に招待されたので、内示の話かと思っていたが、案の定、そのとおりだった。
「じょうぎ座銀河団に属する惑星の予備調査で、任期は本調査隊が来るまでの三年間。三年というのは、もちろん銀河標準時間での三年だ」
「じょうぎ座銀河団、ですか」
隣の銀河団とはいえ、サクロの所属する銀河連合経済協力機構・惑星入植局から五億光年は離れている。そこまで遠い場所に行かされるとは予想外だった。だから、VR空間に再構築されたアバターでの会話とはいえ、それが顔に出たらしい。
「そんなに嫌そうな顔をするな。そう悪い話じゃない。最後まで聞けば、ぜひ行かせて欲しいと頼むことになるだろう。人によっては、金を払ってでも行きたがるだろうな」
「本当ですか? にわかには信じられませんが」
「まあ、聞くだけ聞いてくれ。賢い選択とはいえないが、拒否することもできるんだ」
赴任を拒否する権利はあるが、実際に拒否した場合、人事AIの評価値に響く。出世の道は断たれるわけではないが、かなり遅れるだろう。噂では三度拒否した人は、銀河開発資料室に異動させられて終わりのない歴史の編纂作業に従事させられるとか。それは確かに賢い選択とはいえなかった。
「まず、赴任先の惑星の仮称は、マックスcだ。マックスcの属する第一二八五恒星系の恒星を、発見者の飼い犬の名を取ってマックスと呼ぶことにしたから、その三番目の惑星ということだな。肝心のマックスの位置関係だが、じょうぎ座銀河団の中心から――」
「ちょっと待ってください。今、飼い犬の名前がどうとか聞こえたんですけど、そんないい加減に命名しているんですか?」
「そうだよ。発見者のホイッティア氏は、いくつも新しい星を発見している常連だ。初めのうちは色々と考えていたそうだが、だんだんそれでノイローゼになって今では適当に名付けているらしい。サクロくんも知っているように、惑星の名前は原住民に接触したあと原住民が呼称しているように変更されるのが通例だから、仮称なんてどうでもいいんだ」
「ということは、スパゲティモンスターでも良いってことですか? ちなみに、モンスターと星のスターを掛けています」
「ああ、面白いな」とはいうが、チーフのアバターは笑っていない。
「本題に戻らせてもらうが、惑星マックスcは、じょうぎ座銀河団の開発拠点である第五三恒星系からはずいぶん離れている」
チーフが人差し指をあげると、それを合図と諒解した支援AIは、壁面のディスプレイに星図を表示させた。マックスcの大まかな位置が点滅している。
じょうぎ座銀河団は、鉱物資源を多く含むじょうぎ座第五三恒星系を中心として放射状に開発が進められていて、数千数万のフロンティアに地球由来の入植者と原住民を合わせて数千億人が居住していると聞く。マックスcはその中心から二億光年は離れている。入植も開発もまったく行われていない、まさしくフロンティアな星域だ。だからこそ、その事前調査として惑星入植局の調査官が派遣されるのだけど、おとめ座銀河団とか第五三恒星系とか、もう少し都会的なところに近い方が良かった。
「かなり辺鄙な場所だが、周辺の星間物質密度は高い。連合はマックスcを、この星域の開発の拠点にするつもりらしい。とはいっても、マックスcにはすでに原住民がいるし、光学観測と重力観測の結果から、めぼしい地下資源のないことは明らかになっている。だから連合としてはマックスcの資源開発には興味がない」
「ということは、観光とか食料生産とかそっち方面ですか」
「その通り。このマックスcは、表面の九割が海に覆われている。一言でいえば、そのほとんどがリゾート地のような風光明媚な場所だ。そのため連合軍の保養地にする計画を検討しているらしい。リゾート地を調査できるとは実にうらやましい。代わりに私が行きたいくらいだ」
「じゃあ、チーフが行ってくださいよ」
「冗談はよせ。バカンスならいいが、私はこのキャピタルから離れて三年も仕事したくない」
オレもそうです、といいたかったが、その言葉は飲み込んだ。
「それで今回も先輩の帯同ですか?」
「いや、今回は君が主事だ。数万人いる調査官でも特に君が抜擢されたんだ。自信を持って取り組んで欲しい」
そういわれると悪い気はしない。以前に、おとめ座銀河団の開発惑星の調査に何度か参加したことがある。どれも先輩調査官の補佐としての参加だったので、任期も数週間から数ヶ月と短いものばかりだった。先輩にくっついて開発目的も開発段階もバラバラな星々を巡った。開発初期の惑星では、その惑星が開発に値するかどうかを確かめるため、地下資源や微生物資源の調査を行い、原住民のいる惑星の場合は、原住民の調査にも時間を割いた。そして食料の生産に適した農地の調査だったり、宇宙港建設地の調査を行ったりして、一通りの経験は積んだつもりだ。とうとう主事として活躍するときがきたのだ。
「あと、助手として、ルルアくんが選ばれた。人事AIの神託では今回の調査は君たち二人に適性があるそうだ。ルルアくんにとっては、初めての調査だからサクロくんが色々と指導してやってほしい」
「あのルルアに適性ですか……」
ルルア・ト・ハイドンは一見して苦手なタイプなので、ほとんど付き合いはなかった。噂では、登用試験の得点が合格最低点だったらしい。そういった情報は、本人以外には開示されないので、噂になっているのはルルア本人が誰かに喋ったからだろう。そんな不名誉なことを隠さずに自ら他人に明かしてしまう精神が理解できない。ルルアに何の適性があるのか、まったく想像もできなかった。
「早速で悪いが、ルルアくんを呼んでくれないか。ルルアくんにも内示をして、そののちに二人で専門官AIのレクチャーを受けるように。時間は先方から直接連絡がいくと思う」
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