コルセアと怪物

的矢幹弘

第1話 星間航行戦艦ミロウンガ号

「工廠衛星を切り離します。切り離し用意」

星間航行戦艦ミロウンガ号の戦闘指揮所でコフラ・ファルハ艦長が下命する。

「工廠衛星の切り離し用意、完了しました」

乗員のマーザ・バカラ中尉は命令を復唱した。

「レッコー」と艦長が続けて命令する。

「レッコー」

マーザがそれを復唱し、切り離し操作が実行された。


戦闘指揮所は防御力を上げるために窓がないけれども、壁の全面が船外カメラの映像を映すモニタで構成されているので狭さを感じさせない。むしろ宇宙空間を漂う怖ささえある。

船の外を確認すると、ミロウンガ号から切り離された工廠衛星がゆっくりと降下しながら離れていく。工廠衛星とは、言ってみれば何でも生産することができる無人工場型の人工衛星だ。オンデマンドの多品種少量生産に適している。そして、その下には、表面の九割を海で覆われた惑星、マックスcが見えた。

ミロウンガ号に比べて二回り以上も大きい工廠衛星は、今後この惑星マックスcの低軌道上を数え切れないほど周回することになるだろう。


「レッコ完了しました」

「では、つづいて第一測位衛星コンステレーションを射出します。射出用意」

「第一測位衛星コンステレーションの射出用意、完了しました」

「レッコー」

「レッコー」

 先ほどの工廠衛星とは反対方向の、惑星の夜の方に向かって、小型衛星の群が一列になって飛んでいく。惑星マックスcの先住民が空を見ていたなら、突然現れた天体ショーに肝を潰したことだろう。これらの小型衛星は、静止軌道の少し下を周回し、ミロウンガ号が惑星に降りて活動するときにその位置を把握するのに使われることになる。


「サクロ先輩、すごいですよ! 衛星がアリの行列みたいになってます!」

ルルアがこちらを振り返って言った。

艦長以下乗員とサクロを含めた全員がハーネスを付けて戦闘指揮所で座っているなか、ルルアだけは無重力の戦闘指揮所内を飛び回っている。彼女はいろんな意味で浮いていた。


ルルアを無視するのもどうかと思い、「アリってなんだっけ」とサクロは尋ねてやる。

「地球産の昆虫ですよ。ハチの羽根がないヤツです」

「へえ、ハチもわからないけど、アリって行列を作るのか。律儀なヤツだな」

「そうです。アリはエサがあると、道しるべフェロモンを出して仲間に場所を知らせるんです。その仲間も道しるべフェロモンを出すから、次々に――」

「いや、アリの話はまた今度にしよう。作業の邪魔になるといけないから」

他の乗員たちはどんな想いで、このやり取りを聞いているのか、想像しただけで恥ずかしい。おとなしくするようにと指示すると、ルルアはしおらしく自分の席に座った。


しかし、「ところでファルハさん」と、近くに座っているファルハ艦長に話しかける。

「なんでしょうか。ルルアさん」

落ち着きのないルルアに対して艦長は意外にも笑顔で楽しそうだ。

「レッコーってなんですか? レッツ・ゴーの海賊訛りですか?」

「おしい。レッツ・ゴーではなく、レット・ゴー(let go)の訛りですね。本来は、あるものを行くべき所に行かせるという意味ですが、船ではブイやイカリを降ろすときに使う言葉です」

「海賊っぽくて面白い響きですね。私も使っていいですか?」

「ええ、かまいませんよ。そろそろ作業に戻っても?」

「あ、お邪魔してすみません」


「続いて第二衛星コンステレーションを射出します。射出用意」

「第二測位衛星コンステレーションの射出用意、完了しました」

「レッコー」

「レッコー」

「レッコー! レッコー!」

ルルアは覚えたばかりの言葉を連呼して、小型衛星の旅立ちを見送っている。乗員はみんなルルアの方に一瞥をくれたが、当の本人はモニタに釘付けでみんなの視線には気づいていないようだ。彼女の無邪気さには救われることもあるが、冷や汗をかかされることも多い。


今は銀河連合軍傘下のコルセアとはいえ、海賊船だった船に乗っているのだから、もう少し静かにしてほしい。任務が始まる前からこの調子だと、今後のことを想像すると頭が痛くなる、ような気がする。

現代では海賊といっても、おとぎ話に出てくるような海賊旗を揚げた宇宙船や、眼帯を付けた男たちが蛮刀を振り回すというようなことはない。銀河連合経済協力機構では、自らの意志によって連合の権力の及ばない領域で生きている人間や組織を総称して海賊と呼んでいる。権力側がまつろわぬ民を蔑称で呼ぶのはいつの時代でも行われることだ。


海賊の中には暴力や犯罪行為で生計を立てている人間もいるが、それは少規模かつ少数派であり、ほとんどの海賊は物資の輸送などの真っ当な稼業に従事している。ただこの宇宙があまりにも広く銀河連邦が捕捉できない領域で活動しているため、その活動に対して税金を課すことができないという意味で海賊だった。


海賊はその性質上、自前の宇宙船を持っていることがほとんどで、宇宙のあちこちに設置された『トンネル』の向こう側で暗躍している。その多くは、いまだ銀河連合に発見されていない惑星をいち早く見つけ出して入植し、そこで永住するか、あるいは更なる星域へ進出するための足がかりとして利用している。そのため、辺境とはいえ惑星を支配しているような有力な海賊は、財力も兵力も桁違いであり、その力を利用して他の海賊とも呼べない無法者を取り締まるようなこともやっている。


海賊たちは、銀河連合との接触や干渉を避けているが、銀河連合の開発計画が海賊たちの拠点とする領域と重なったときは、嫌でも連合と対峙せざるを得なくなる。そんなとき、力の弱い海賊はそのまま力でねじ伏せられ、有力な海賊についても武力では連合軍に敵うはずもないため、交渉によって、つまり多額の税金を支払うことによってお目こぼしをしてもらう。そして、一部は連合の干渉を嫌って連合から離れて再び海賊に戻るけれど、一部は銀河連合に税金を納め続けて、連合公認の海賊となる。そういった海賊を、かつての私掠船コルセアにちなんでコルセアと呼んでいた。


ファルハ艦長率いるミロウンガ号も何らかの理由でコルセアとなった海賊船だ。我々は今、元海賊と行動を共にしている。

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