第41話 みんな味方だから。

 ◇兄さん目線◇

『なんや、来栖のお兄やん。珍しいやん、なにか用か?』

 俺はセントラルライブの中で、自分の知ってる一番古参で頼りになる吉祥寺アリス先輩にフレコーと呼ばれるセンキャス専用のアプリで連絡を取った。

 すると数分で連絡をしてくれた。

「すいません、アリス先輩。お忙しいところ突然」

『ええよ、ええよ、今ちょうど打ち合わせで事務所来てんねん。なんか待ちが出て退屈しててん。それでなに?』

「あの、相談したいことがありまして」

『なんや。堅苦しいなぁ〜〜敬語とかそんなんええねんけど。なんなん?』

 俺はショコの公式SNSの例の写真のスクショを送った。

『えっと、待ってな。これはなに、つまりはこう? 来栖脅されてんの? これ事務所知ってん……それでか。それでうち約束の時間来ても待たされてんねんな』

「すみません、ご迷惑かけて」

『ええよ、そんなんは。それで事務所はなんてゆーてんの?』

「法的措置を取るとのことです」

『それやったらひとまずは安心してええと思う。ん……お兄やん、事務所に相談したのいつ? 何時頃?』

 俺はマネージャーさんに相談した時間を告げた。

『じゃあ、その間にこの投稿がされた訳か。脅されてるのはわかった。身バレのことやろ? スキャンダル関係はないんやろ。具体的な話し聞かせてんか』

 俺は今朝起きたことと、これまでショコがお金を渡してしまっていたこと、今のショコの精神状態を伝えた。

 その間アリス先輩は黙って聞いてくれた。

「現時点ではこんな感じです」 

『うん、わかった。なかなかわかりやすい説明やったよ』

「ありがとうございます」

『お礼を言うんはこっちやで、お兄やん。まずは来栖のこと見つけてくれてありがとうな』

「いえ、それは俺じゃなくって家族が」

『それでもそこから行動したんはお兄やんやで。あと、うちのこと頼ってくれて、ホンマにありがとうな。うちな、普段からこんな偉そうやろ? 近寄りがたいんちゃうかなぁとは思ってるねんけど、こんなふうに頼ってもらえるようになれてんねんなぁって、思えてなんか胸熱やわ。うちな、あんたら来栖兄妹のこと気に入ってんねん、だから今回のこと大事おおごとにしたるわ』

「大事ですか?」

『うん、考えてみ。これって実際来栖だけの問題ちゃうと思うねん。うちらVチューバー全体の問題やねん、脅すまでは行かんでもギリギリアウトなチャットしてくる奴おるやろ? うちら顔出ししてへんけどAIちゃうねん。痛みを感じるねん。ちゃんと血が通ってんねん。やってええこと悪いことあると思う。今回これ警察沙汰になるんやろうけど、これって氷山の一角やで。す〜〜っと終わってみ、第2第3の被害者出るで。これうちらVチューバーに対する戦争やで。心配せんでええよ、ちゃんと事務所に話つけるから。うちの社長、案外熱いねんで? また連絡するからそれまで来栖のこと頼むわ、お兄やん。あと、うちは何があっても来栖兄妹の味方や』

 ここでアリス先輩との会話は一旦終わった。俺達の電話が終わるのを待って和正くんが声をかけてきた。

「彩羽さんは?」

「寝てます。すぐ戻ります。立花さん、これなんですけど」

 差し出されたのはショコのスマホ。呼び出し音は消されているが、電源は切られてないようだ。見るとひっきりなしに着信がある。

「これって問題の」 

「アイツらだろうな。マネージャーさんなら僕の方に連絡来るはずだし」

「どうします、電源切りますか?」

 俺は少し考えてショコのスマホなんだけど、勝手に操作しあるアプリを立ち上げた。

「出るよ、和正くんは悪いけど彩羽さん見ててあげて」

「わかりました」

 部屋に誰も居なくなったことを確認し、しつこい着信に出た。

「もしもし」

『あんた、さっき来栖といた奴だろ。なにシカトしてんの、見たでしょ。私らの投稿。これどういう意味かわかる?』

「どういう意味なんだ?」

『なにしらばっくれてんの、ウケるんだけど。まぁいいや。私らいつでも来栖の顔出し出来るって話』

「なるほど、それでだからなに?」

『頭悪いなぁ、あんさぁ、今月分まだなんだよね。あと迷惑料? 別にあんたでいいから支払ってくれない?』

「迷惑料? 一体いくら欲しいんだ?」

『簡単よ、今月分50万。迷惑料100万。安いでしょ?(笑)友達価格(笑)』

「安くはないが、用意出来なくもない。少し時間が欲しい」

『別にいいけど、あんまし待たせたら私さぁ、指の力弱いからポチッと投稿ボタン押しちゃうかもよ?(笑) 用意出来たらこの番号に連絡して』

 そういって通話は一方的に切れた。俺は即マネージャーさんに連絡し急を要すことを告げた。

『その、レッサーお兄さん。警察には被害届を出しました。セントラルライブとしても公式会見を午後には開きます。しかし証拠が出揃うまで警察はすぐには――』

「大丈夫です。いま金銭を要求された通話を録音しました。なんならこれから金銭を受け渡す時間と場所の指定も出来ます」

『レッサーお兄さん、つまりお兄さんは犯人をはめるってことですか』

「まぁ、そうなります」

『でも大丈夫ですか?』

「なにがですか? でもだからって常識にとらわれていたら、守れるものも守れない。俺はそう思うんです」 

『なるほど、この件は警察に相談します。あと社にも報告を上げないとですが、お兄さんの思う方向で動いてください。わたし、全面的に支援します! 信じてもらっていいです! 悪い奴はぶっ飛ばしましょう!』

 ほどなく警察の人が私服で現れ録音されたデータを確認し、金銭を受け取りに現れたところを現行犯逮捕したいと提案された。

 最初和正くんが受け渡し現場に行くと言ったが、顔がわかっている俺が適任だと断った。

 ***

「優兄さん、ごめんなさい。私のせいで……もし優兄さんに何かあったら私どうしたらいい? 私生きていけないよぉ……」

 目を覚まし、事が進展してることを知ったショコは廊下で倒れるように座り込んだ。

「大丈夫です。既に現場には警察官が待機してます。絶対にお兄さんをお守りします」

 女性の警察官の方に励まされショコは力なく頷く。

「立花さん、やっぱりこれはオレの仕事です」

「それはわかってる。しゃしゃり出てすまないとも思ってる。もしこれが芽衣ちゃんだったらと思うと……だけど、アイツらは僕の顔を覚えてる。もし君が行って異変に気付いて逃げられたら困る。ここで決着をつけたい。納得して欲しい」

 俺は警察の方と最終的な打ち合わせをし、玄関を出ようとした。不安そうに見送るショコになにか言葉を掛けたい。

「ショコ。大丈夫だ。アリス先輩も味方してくれてる」

「アリス先輩⁉ なんで?」

「俺が頼った。相談したんだ。助けてほしいって。そしたら先輩言ってたよ『何があっても来栖兄妹の味方』だって」

「うん! うん、ありがと」

 立てないでいるショコの頭を俺はもう一度靴を脱いで雑に撫で、そして和正くんに後をたのんだ。

 ***

「持ってきた?」

 朝来たコンビニ。

 ふたり組の女。

 服もそのまま。着古したジャージ姿に厚底のサンダル。気だるそうな表情。

 舐めきった半笑いの表情。周囲を見るが制服姿の警察官は見当たらない。当たり前か。

 駐車場には数台のなんの変哲もない車が駐車されていた。俺は打ち合わせ通りコンビニ内のATМでお金を降ろすと告げた。

「外で待ってるから。防犯カメラでこっちが顔バレしたらウケるし(笑)」

 いつまで笑っていられるか。

 俺がコンビニに入ると入れ替わりにガタイのデカい3人の男性が店を出た。

 女たちは店の前に設置されている喫煙場所でタバコに火をつけた。俺はATМの前に立ち外を見る。

 先ほど店を出たガタイのいい3人がタバコを吸うふたりの両端に立ち、同じようにタバコを吸う用意をしている。

 詳しい内容は知らされてない。知らされてないがお金を渡すまでして欲しいと言われている。ちゃんとお金の受け渡しが完了して初めて現行犯が成立するのかも。

 緊張しないわけがない。

 怖いとは違う。外で待つふたり。思い留まるルートがないのか、考えないワケじゃないが――誰に対しても善人ではいられない。

 人を、知人を単なる金としか見ない、見れない人種は確かに存在する。彼女たちがそうだろう。だけど、彼女たちを更生させるのは俺の仕事じゃない。

 人生には取捨選択が存在する。この場合迷うまでもない。

 お金をおろしコンビニを出ようとした。

 入り口近く。若い女性店員さんがホウキとちり取りを手に外に出ようとしていた。

「あの、すみません」

「はい?」

「店の奥に。行っててもらっていいですか。危ないんで」

「危ない? はぁ……」

 俺が出来る善行はここまで。何かの拍子でこの店員さんが巻き込まれたら、事件が解決したとしても――ショコは新たな苦しみを背負う。

 後悔は少な目の人生にしたい。


 ***

 喫煙所で煙草を口の端でくわえ、下卑た目で笑い俺をクイクイと駐車場の端に誘う。

 コンビニの硝子越しにさっきの店員さんが心配そうな目で俺を見ていた。

 勘のいい子なんだ。俺は何となくそんなことを考えた。

 神経質そうに眉を歪めた彼女に作り笑いだけど笑顔を作り、軽く手をあげた。

 たまにはいいだろ、ヒーローぶっても。


 俺が女たちの後を追い、コンビニの奥まった駐車場の端に向かう。周囲を見渡すが近接した住宅の高い塀や生垣――少しでも逃走しないといけない場面を思い描いていない。

 度重なる犯罪行為の成功は準備を雑にするという。まさにそんな感じ。


「煙草」

「ん? 煙草これがどうした」

「一般的に体に良くないと聞く」

「だからなに? あんたうちらの健康まで気にしてくれんの? 来栖のついでにうちらの保護者になってよ(笑)」

 俺は首を軽く振りながら封筒を女に手渡した。女は中を確認しどこかに電話した。電話が終わるのを待つ必要はないが、待った。

「まいどあり。これからもよろしくね♪」

 上機嫌な女ふたりに思わず鼻で笑ってしまった。


「よかったじゃないか、が出来て」

「「⁇」」

 俺は彼女たちに後ろ手で手を振りその場を立ち去った。そして――


 一瞬の出来事。


 サイレンをつけたパトカーが3台猛スピードでコンビニの駐車場を取り囲む。そしてさっき喫煙所で女の両脇にいた3人が女に話し掛ける。

 女は引きつる表情で遠く離れた俺を見た。その表情は驚き、遠く離れていても瞳孔が開いてるのがわかった。


 中指でも立ててやろうかと思ったが、一応これでも田舎領主。にこやかに手を振り彼女たちの門出を見送ることにした。

 ついでと言っては悪いけど、硝子越しの店員さんにも手を振る。涙目で手を振り返してくれた。勘がいい子だ。


 その後俺は警察署に同行しひとまずの結論を得た。

 警察署で本物の方の来栖兄妹と再会した俺は心の底からふたりと抱き合った。こういうこともするんだ、俺。そんなことを思いながら。








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