第40話 決断の時。
◇ショコランティーナ目線◇
ファミレスで優兄さんと話しているところに現れたお兄ちゃんを見て私は大泣きをした。
優兄さんの前でも泣いていたけど、お兄ちゃんの顔を見て、私のために怒ってる姿を見て肩の力が、全身の力が抜けてしまった。
生意気を言うけど、私はこの人の妹なんだ。この人の妹でよかったと思えた。こんな恥ずかしいことは絶対に言えないけど。
***
優兄さんはうちのお兄ちゃんをすっごく信頼してるようだ。
お兄ちゃんも優兄さんを本当の兄のように慕ってる。
こんな短期間でふたりはここまでの関係になったんだ。なんか羨ましさすら感じる。だから優兄さんは包み隠さず、自分のことを話した。
それはつまり、ひょんなことからVチューバーになったことと、設定上私の兄『来栖・レッサー・アントニウス』だということも。
お兄ちゃんは私の配信を見てくれてるので『来栖・レッサー・アントニウス』の存在を知っていたが、あまりおもしろく思ってなかった。
それはヤキモチ的な感じでだと思う。それが優兄さんだと知ると驚き、感動した。仕事をしながら配信をしてることと、配信の中でも私のお世話をしてくれてることに感動した。
***
「一応こんな感じなんだ。黙ってて悪かったね」
「いえ、そんな……こいつが家出して配信助けて貰ったり、住むとこ気にかけて貰ったり、こいつに巻き込まれてVチューバーになったりで、迷惑ばっかですみません」
お兄ちゃんは私の分も謝り、感謝してくれた。
これが家族なんだ。知らなかった。いや、知ろうとしなかった。家族のことを、お兄ちゃんのことを知ろうとするきっかけを優兄さんはくれたんだ。
「それでね、一応筋を通したい」
「筋ですか?」
「うん。この件はセントラルライブに相談する。それでセントラルライブの決定に従う。その際に今までお金を渡してしまったことは隠さずに言う方がいいと思う。黙ってるとまたそれをネタに脅されかねない」
「それはそうですね」
「それでセントラルライブ関係は僕の方で対処するよ」
「オレはなにを?」
「ひとまず彩羽さんのケアを頼みたい。あと、彩羽さん。スマホの電源は切ろうか。変な揺さぶりがあったら困るし。今夜の配信もするかどうかは事務所の判断に委ねよう、いい?」
「でもリスナーさん、民草が待っててくれるし」
「それはわかるよ、何よりもリスナーさんは大切なのはVチューバーになって間がないけど、わかる。かけがえのない存在だってのもね。でも考えてほしいんだ。リスナーさんにとってもショコもかけがえのない存在で、こんな状態を続けてほしいと思うリスナーさんは1人もいないと思う。リスナーさんはショコの笑い声や時折見せる真剣な話。それはヤンデレだったり。そういうのを心の底から出来る状態ってのかな、そういうのを見たいから応援してくれたり、支援してくれてる。だから今は心の底からそういうことが出来るようになる――君だけが指し示せる未来のために」
「――私だけが指し示せる未来のため……」
私とお兄ちゃんは頷いた。
お兄ちゃんは実家に連絡し、私たちの居場所と連絡先を誰にも教えないように頼んだ。そして変な人が来たら迷わず通報するように伝えた。
優兄さんがマネちゃんに一報を入れた。
***
◇兄さん目線◇
『つまりは身バレされたくないならお金を出せと?』
「はい」
『その脅迫してきた人たちは同級生だったんですね、なるほど。ショコランティーナさんは今どんな感じなんでしょう?』
「実のお兄さんが側についてます。落ち込んではいますが、安定してると思います」
『そうですか。わかりました、こういった件は事前にコンプライアンス教育を受けてもらってます。レッサーお兄さんも先日受けてもらったと思いますからご存知だと思いますが、まず事務所に相談が基本なんです。今回みたいにお金を渡してしまったってのは相当マズイです。相手が反社の場合もありますし。ここは猛省してもらわないとです』
「はい、それはそうだと思います」
『ただ、あくまでもショコランティーナさんは被害者です。対応はよくなかったと思いますが、こちら側にも落ち度はあります。レッサーお兄さんが今回相談してくださらなかったら、ショコランティーナさんは更に追い込まれることになったでしょうし、我々も気付けない状態が続いたと思います。この件は急ぎ上に報告し断固たる行動を取ります』
「断固たる行動とは?」
『法的措置です。早急に被害届を提出します。我々セントラルライブは脅しに対して如何なる交渉もしません。ご安心ください、来栖・ショコランティーナは我々の仲間です。徹底的に守ります、ええ何が何でも守ってみせますとも! セントラルライブなめんなよ! です!』
後半マネージャーさんの声が震えていた。
怒り悔しさ。Vチューバーを支えたいという思いがその熱量が、感情が彼女の声に現れていた。この感情に一点の嘘も偽りもない。
信じて任せて大丈夫だ。そう思ったのも束の間、状況はショコに優しくはなかった。
***
「どうしたんだ」
マネージャーさんとの会話を報告しようとショコの部屋を訪れた。そこには頭から布団を被って震えるショコとオロオロと歩き回る和正くんの姿があった。
「和正くん、なにがあったの?」
怒鳴ってもなにも解決しない。出来るだけ穏やかな口調で話し掛けた。和正くんは頭を抱えながら口を開く。
「トイレに行きたいって。オレがちゃんと見てなかったから彩羽、こっそりスマホ持ち込んで」
最悪だ。
いまショコの精神状態で揺さぶりを掛けられたら、取り返しがつかないことになる。俺は和正くんから差し出されたショコのスマホの画面を見た。
画面はショコの公式SNS。公式SNSに投稿された写真は明らかに卒業アルバムで口元以外を隠したショコの写真だった。
口元だけだからそれで身分が特定されることは少ないけど、本人にとってはこれ以上ない攻撃だ。
「どうしよ、兄さん……言うこと聞かなかったら顔全部晒されるかも……」
しゃくりあげるショコを強引に抱きかかえる。
抱きかかえるといっても、甘い感情のあるものではない。泣きじゃくる我が子を抱きしめ落ち着かせる、俺の温もりで抱きしめる腕の強さで「大丈夫だよ、ひとりじゃないよ」と伝えたかった。
しばらくそうしてるとショコは小さく寝息をたてて寝てしまった。人の体の構造は凄い。体と精神の限界を知ってるのだろう。その限界を迎える前に眠りにつかせたのだ。
俺はショコをそっと横にし和正くんに向きなおる。
「ありがとうございます」
そう言う和正くんの肩にポンと手を置き、安心させるように口元だけでも笑って見せながら俺の決意を示した。
「安心して。出来るだけのことはすべてする。だけどもし、今回のことで精神的に彩羽さんがVチューバーとしての活動が出来なくなったとしても、僕がこの先彼女を支えるから」
そう、これは俺が俺自身に対して行った決意表明だ。そして、考えうるすべての手を打つことにした。
夢を追う者を――舐めるな、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます