第39話 寄りかかっていいですか。
◇兄さん目線◇
「ん〜〜変だなぁ」
共同生活が始まって少し過ぎた頃、和正くんが廊下でうろうろしながら独り言を言っていた。
「どうしたの」
特に意味があって聞いたわけじゃないし、その質問が大事になるとは思いもしてなかった。
「いえ、彩羽の事なんです。基本不摂生な食生活なのは知ってるんですけど、立花さん知ってます? 彩羽基本ポテチで生きてるんです」
「マジで?」
「はい。他のを食べないってことじゃないんです。あれば食べるんですけど、なければシリアル食べる感覚でポテチなんです」
普通に言ってるが、その食生活はヤバいように思える。今は若いから大丈夫かも知れないけど。
「そのポテチ主食以外になにか変なの?」
「はい。あいつ基本コンソメ味なんですけど、ゴミ箱みたら最近塩味なんで」
「それがどうしたの?」
コンビニでコンソメ味が売り切れてたとかじゃないのか。特に変だとは思わないけど。
「いや、前に塩味ばっか食べてる時にちょっとあって」
「ちょっと?」
「はい。大学休学した時、確か塩味食ってて。偶然かもなんですが」
「えっと考えてても仕方ないんで彩羽さんに聞いてみるよ。何か悩んでたら可哀想だし。いま部屋?」
「コンビニに出掛けました。おかしいなぁ……ポテチ買い置きあるのに」
土曜の朝。
ショコの生活リズムを考えるとこの時間、朝配信をしているか寝てるかだ。一緒に暮らし始めて数日だけど、この時間にひとりで外に出るのは初めてかも。
「ちょっと見てくる」
「あっ、ちょっと立花さん!」
俺はスニーカーをはき、家を出た。
歩は仕事。芽衣ちゃんはバイト。家には和正くんしかいない。
いつもなら主のようにショコが家にいるのだけど。
単に買い物ならいいけど、そう言えば最近忙しくて話をすることもなかった。お互い運動不足もあるので少し散歩しながら話をするのもいい。
そんな軽い気分でコンビニを目指した。ちょうどコンビニからショコが出てきた。寝不足なんだろう。とぼとぼとした足取り。
横顔が見たことがないほど真っ青だった。
(調子悪いんじゃないのか)
駆け寄ろうとする先にふたつの影。
明らかに下卑た笑みを浮かべる同じ年頃の女性ふたり。そのとき目に飛び込んできたのはショコの手に握られた白い封筒。脈拍が上がる。
この場面、一体なにに勘違いしようがあるというんだ。俺は猛ダッシュで駆け寄りショコが差し出そうとする封筒を奪い取った。
「優兄さん⁉」
滅多に走ることなんてない。そんな俺が猛ダッシュをしたんだ。奪い取った封筒を握りながら肩で息をする。
「なんだよ、おっさん!」
「誰だよ!」
やさぐれた女ふたりが手に入れかけた大金を前に悪態をつく。
「俺か? 俺はこいつの保護者だ」
「保護者? ってか来栖もう大人なんですけど?」
「ばっかじゃねぇ、そんなことどうでもいいから、その封筒渡せよ!」
「この封筒は渡さない、君等のお金じゃないだろ」
「はぁ? いや、何言ってんの? 来栖うちらから金借りてんの。うちらは今月分取りに来ただけ。邪魔しないでくんない?」
「金を借りてる? じゃあ、借用証を見せろ」
「はぁ? もう、いいや。怖いヒト呼ぶから後悔すんなよ?」
「呼べばいい。こっちは警察を呼ぶ。その怖いヒトは警察が来ても来てくれるかな」
「ちっ、来栖。また連絡するわ~お前、この分上乗せして用意しろよ」
そう捨て台詞を残し、ふたりはその場を去った。
***
コンビニ近くのファミレスに場所を移す。
和正くんも心配してるだろうから、ショコを見つけたことを連絡した。それと安全を考え少し時間を置いて車で迎えに来てくれるよう頼んだ。
「協力したい。だからどうなってるか教えてほしい。ショコがアイツらから借金してるとは思えない。アイツらは誰なんだ?」
出来るだけ優しい口調で問いかけた。テーブルの向かいに座るショコは俯き、小さくなっていたがぽつりぽつりと話し始めた。
「――同級生。言ったと思うけど、私女子校だったの。付属大学。高校の時。セントラルライブでVの活動初めて――」
「大学休学したのって、アイツらのせいか?」
「うん。大学の時に身バレして」
「黙ってるから金を出せか」
「うん……バレると仕事どうなるか分かんないし家族に迷惑掛かるかもだし」
誰にも相談出来ないでここまで来たって訳か。
ショコから奪い取った封筒には50万円もの大金が入っていた。口止め料。なんだろうけど、どうしても違和感がある。口止め料って、一般的に悪いことをして黙ってて貰う対価に払うように思える。スキャンダルとか。
身バレって言うくらいだから、バレるとよくないのはわかるが、身バレ自体当たり前だけど犯罪ではもちろんない。
それこそ身バレをネタに金をゆするのは間違いなく犯罪だ。
でも、Vチューバーの活動に支障が出るかもと思う気持ちもわかる。わかるが、こんなことのためにショコはお金を稼いでるのではない。
ましてやショコを応援してくれてるリスナーさんたちは、こんなことのために赤スパで支援してるんじゃない。キツい言い方だけど、こんなお金の使い方――リスナーさんに対して失礼だ。
ショコがよりいい環境で活動出来るように日々働いたお金で支援してくれてるんだ。この行為は明らかにVチューバー全体に対しての攻撃と言ってもいい。
見過ごしていいことじゃない。
「ショコ。俺は味方だ。そのことはわかるな?」
「うん」
「悪いようにはしない。悪いようにならないように、ありとあらゆる事を考える。俺を信じてくれるなら、この先のことは俺に任せてくれないか」
「でも、わたし優兄さんに頼ってばっかで――配信穴開けそうになった時も助けてもらったし、一緒に住んでもいいよって言ってくれたし、頼ってばっかで……でも、苦しくて、お兄ちゃんには心配掛けたくなくって……いいの? 助けて貰ってばっかりの私で」
「いいに決まってるだろ、お前は俺の妹だ!」
ファミレスに響き渡る声で叫んだのは俺じゃなく、和正くんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます