第38話 解決しない問題。
◇兄さん目線◇
「隣いいか?」
縁側で庭を眺めながら缶ビールを傾ける歩の隣に座る。
怒涛の再会劇。あの胸に棘が刺さったような日々は何だったのだろう。
でも、そんなことはどうでもいい。また隣に歩がいる。
「じゃあ私は膝の上を所望する」
気が強く、酒癖が悪い女の子。
いや、もう大人だから女の子はないか。でも、俺にとってはいつまでも女の子だ。きのうと違いビールだからそれほど酔ってない。
その俺にとっては永遠の女の子がいたずらっぽく言う。
「まさか同じ屋根の下に。しかも隣の部屋に住む未来があるなんてね。芽衣には感謝しないと」
俺と幼馴染ということは芽衣ちゃんとも面識がある。しかも今は歩が店長を勤めるツヴァイスターコーヒーでアルバイトをしてる。
近々なら俺よりもふたりの方が近い関係かも知れない。
「今日休みだったのか?」
「うん。明日もね。接客業だから比較的平日が休み。でも月に何回か土日休みだからデートしようね~~ライバル多いけど(笑)」
歩にあてがった部屋はキレイに掃除されていた。ベッドや寝具も入っている。最近は即日配達してくれるようだ。
「エアコンの工事も頼んだんだよ」
「仕事が早いな」
「そりゃそうよ。自分のしょーもないウソで生まれてずっと一緒だった優と会えない日々だったんだからね、このチャンスを逃さないわよ(笑)でもアレね。我ながら若気のいたり。なんであんなウソついたんだろね。馬鹿みたい。馬鹿ついでに聞きたいんだけど、信じたの?『好きな人』が出来たって?」
きのうほどではないとはいえ、酔って目がとろんとしてるし、頬が赤い。
ずっと一緒だったとはいえ、それは昔の話で大人の歩とではない。緊張するんだ、なんか変な感じだ。
「信じたっていうか、なんか気を使わせてたんだろうなって。空気読めなくて、その人との時間を邪魔してたんだって思ったら恥ずかしくて」
「そう取ったんだ。考えてみたらそうよね。うん、優だもんね『そんなやつより俺と付き合え!』を期待したんだけど?」
「悪いな、その辺も空気読めなくて」
俺は歩に差し出された飲みかけの缶ビールを飲んだ。
「和正くんには会った?」
「えっと彩羽ちゃんの、お兄さんね。うん、あいさつされた。めっちゃ優のこと慕ってるのね、びっくりした」
「ん……同業種の先輩みたいな感じだろ。うまくやっていけそうか?」
「大丈夫じゃない? 私、優の大事な幼馴染だって思ってるみたいだし、言葉遣いもちゃんとしてるし。あっ、でもアレね。この家の住民ってみんな優ラブみたいだから、取り合いにはなるかもね(笑)でも私が一番愛してるんだからね?」
愛してる⁉
昔は『好き』とも言わなかったクセに。
ヤバいヤバいヤバい。俺も久しぶりの再会だし、あの苦い時間を乗り越えたっていう変な達成感もある。
幼馴染のラインを越えかねない。
「あの、お言葉ですけど誰が1番愛してるかって話ですよね?」
幼馴染のライン越えしかけた俺の背後から低い声が聞こえた。
「芽衣ちゃん、勉強終わったの?」
「はい。なんか話し声が聞こえたから。優ちゃん、お言葉ですけど歩さんってすぐに調子に乗るんで、言動には気をつけてよ」
あぁ、確かに思春期女子の芽衣ちゃんの前でいちゃついてる感じはキモいよなぁ……兄として気をつけないと。
「別にいいじゃない〜〜久しぶりの再会なのよ。芽衣冷たくない?」
「冷たくないです。忘れました? シェアハウスの入居を教えてあげた私に感謝して欲しいくらいです」
「それはそう。感謝、感謝! えっと優。後で夜這いするから」
「させませんよ。そんなこともあろうかと部屋割したんですから」
「部屋割?」
「私と優ちゃんは同室です! ちなみにお部屋それほど広くないんでベットはひとつしか入りません」
「ちょ、芽衣さん? あんた高校生になってお兄ちゃんと同じベットで寝るの?」
「寝ます。優ちゃん、すぐじゃなくて大丈夫なんだけど勉強部屋の方のPCの設定手伝って」
「わかった。それじゃ歩。明日休みだからってほどほどにしろよ」
「了解〜〜私も部屋に戻る。芽衣〜〜」
「なんです?」
「たまにはお兄ちゃん貸してよね」
「断固お断り」
俺は芽衣ちゃんに引きずられるように部屋に戻った。
さっきの芽衣ちゃんの言葉じゃないけど、確かに俺が使ってる部屋は広くない。冷暖房が効きやすいだろうと、今の部屋を使うことにしたのだけど、PC関連とベットあと本棚。
新たにベットをもう一つ入れるスペースはない。
本棚を出したらソファーくらいは入るかもだけど、仕事の専門書を入れてる本棚だから必要と言えば必要。しかし、和正くんもいるのでうちの親の心配を考えると同じ部屋がいいだろう。
「芽衣ちゃん、これは……」
「これって枕」
見たらわかるし、我ながら何聞いてるかわからない。わからないが枕ふたつ並んでるのを見ると、なんだかなぁになる。
「せめて逆向きで寝る?」
「いいけど、寝てるときに優ちゃんの足舐めちゃうかもだけど」
「うぅ……それは衛生的によくないなぁ」
「昔は一緒に寝てたじゃない」
どいつもこいつも昔って言うけど、歩と一緒に風呂に入れられてたのは、4歳くらいだし、芽衣ちゃんと寝てたのも芽衣ちゃんが小学校に上がる前。
言うなら大昔の話だ。
しかし無邪気な顔して布団をトントンする芽衣ちゃんのお誘いを断るのは難しい。
そもそもショコや歩なら他人だからと言い訳がきく。歩の時みたいに同じ部屋で寝ないとなら、椅子で寝るのも有りだけど、毎日となると辛いし、妹相手にそれもどうかと思う。
あと芽衣ちゃんは言い出したら聞かないところがある。
いや、一緒に寝るのは百歩譲ってよしとして、これはなんとかしてほしい。自分の布団に「おじゃまします」と言いながら潜り込んだ。
やっぱり兄妹とはいえ距離近い。それにどうしても言っておきたいことがある。
「あの、芽衣ちゃん。ちょっとお願いあるんだけど」
「なに、改まって」
「えっと、洗濯物干すのさぁ。いや、部屋干しはいいんだけど」
「うん」
「そのちょっと目のやり場に困るから」
布団の中に潜ってた芽衣ちゃんがぴょこんと顔を出し「あっ」と声を上げた。視線の先には芽衣ちゃんの下着が俺のパンツと並んで干されていた。
「でも、優ちゃん。おっしゃる意味はわかるんですが、思春期女子の下着を外干ししろと?」
「ですよね〜」
下着問題は解決しそうにない。せめて目立たないところに干せるようにしよう。
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