第35話 普通信じる?

 ◇兄さん目線◇

 あわただしい月曜日を何とかしのぎ、無事定時過ぎに退社することが出来た。

 有り難いことにホワイト企業。残業は少ない。めんどくさい後輩からの飲みの誘いをかい潜り、無事帰宅を果たした。

 帰宅途中の電車の中で妹の芽衣めいちゃんからメッセージが届いていたので、駅前で落ち合うことにした。


 駅の改札を出ると芽衣ちゃんはもう待っていた。

 我が妹ながらスラッとした体型、腰のあたりまである黒髪。切れ長の目元。

 きっと高校ではモテるだろうなぁと、親バカならぬ兄バカな視線で見てるとすぐに気付いて手を振る。

 その姿がクールでまるでアイドルなのではないかと見紛みまがう程だ。


「――どこの美少女かと思った」

「もう優ちゃんからかって〜〜ホント?」

「ホント。何か食べてく? そこにファミレスあるし」

「ん……久しぶりに優ちゃんの手料理食べたい〜〜ダメ?」

「ダメじゃないけど……遅くならない? まぁ、送ればいいか」

「あの……その事なんだけど」


「その事?」

 俺たちは歩きながら話す。

「うん、きのう来た時に相談したかったんだけど、私そろそろ受験勉強しなきゃでしょ? 来年2年生だし」

「もうそんなか〜〜大きくなったよなぁ」

「優ちゃん、それ昨日も聞いたよ? それでね、うちの高校こっちじゃない」

「んん、まぁ実家よりうちからの方が近いよな」

「近いって言うか歩いて5分だよ(笑)それで――」


「通学にかかる時間を勉強にあてたいってことか……」

「うん、ダメ? お父さんもお母さんも優ちゃんのとこならいいって」

 確かに。

 俺の実家は駅からちょっと離れてる。学校からの帰りが遅くなると心配は心配だ。幸いおばあさんから引き継いだ家は昔ながらの家で、部屋数は多い。

 ショコや和正くん、歩が住むことになっても使ってない部屋はまだある。

 問題は年頃の芽衣ちゃんと異性の和正くんを同じ屋根の下で生活させてよいものかという点だ。


 和正くんが住むことをうちの親は知らないだろうし。何より芽衣ちゃんが嫌かも。とはいえ、和正くんに出ていってもらうのは少し違うし。

 本人に聞いてみるか。

「いや、実はきのうの彩羽さんのお兄さんも住むことになって、芽衣ちゃん男の人いると嫌じゃない?」

「イロハ……さんのお兄さん……それはちょっとかも」

 そりゃそうだ。

 もう少し早ければ和正くんに遠慮して貰うところだったが、今回は残念だけど仕方ない。


「優ちゃん、その勉強はね。集中したいからひとりがいいの。狭い部屋あったよね、幾つも」

「狭い部屋? 四畳半のならあるけど」

「それでね、優ちゃんがなら、寝るときは優ちゃんの部屋なら安心だし、お風呂もふたつあるじゃない?」


 確かに。

 今使ってる風呂と昔使ってた風呂がある。

 使わないと使えなくなるので週末は古い方の風呂に入るようにしてる。

 古い方は大きくて、俺ひとりにはもったいないからあまり使ってないだけ。考えてみたらこの機会に男湯と女湯を分けてもいい。

「それにイロハさんのお兄さんなら、うちとおんなじじゃない? 兄妹同士だし、滅多なことにはならないよ」


 それもそうか。

 和正くんが俺の妹に変なことするとは思えないし、同じ部屋に寝るなら大丈夫……いや、ダメだ! 配信しなきゃだ! 

 いや待てよ、その間部屋に入れないってことにすればいいか。


「えっと、夜にねリモートで打ち合わせしないといけないんだ。会社の人と。その決まった時間部屋に入れないけど」

「そんなの全然。その勉強したらいいだけだし。いい? 一緒のお部屋に住んでも?」

「いいけど、おっさんくさいとか言うなよ?」

「言わないわよ~~じゃあ今日からよろしくお願いします!」


「今日から? いや荷物は?」

「お母さんがお昼に運んでる。優ちゃんなら断らないだろうって(笑)」

 なんだ話出来てるんじゃないか。

 まぁ、別にいいけど。

「ねぇ、優ちゃん。一緒にお風呂入る? ちっちゃい時お風呂入れてくれてたんでしょ(笑)」

「ちっちゃい時な。お父さんが帰り遅い時とか。俺中学の時だ、なんか懐かしいなぁ~~スーパー銭湯とか水着で入れるとこあるんだろ? 水着着るなら一緒でもいいなぁ~」

 小さく舌打ちが聞こえたが気のせいだろう。


「あっ、優ちゃん。コンビニ寄りたい」

「えっ、このコンビニ?」

「うん、なんで?」

「いや、実は――」

 きのうの突然歩がやって来たことと、酔っぱらって着替えもないので下着を買いに来て、なんか入りづらい事を言うと、芽衣ちゃんは笑って腕を組んできた。


「大丈夫! お店の中では『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って呼ぶから」

「それ大丈夫なの? 腕組んでる時点で色々アウトじゃない? あと『お兄ちゃん』って珍しいなぁ」


「それもそうね〜〜優ちゃんって呼んでるもんね。そうだ『お兄ぃ』にしようか! なんか兄妹っぽくない?」

「いや、兄妹だし」

「えぇ〜いいの? お店で『優ちゃん、優ちゃん』なんて呼んで。変な誤解が広まらない(笑)」


 うぅ、確かに。

 若い娘にちょっかい出してるヤバい奴認定あるかも。きのうはきのうで女性の下着買ったし、ここは芽衣ちゃんの意見に従うか。

「じゃあ、お兄ぃ〜芽衣もパンツ買ってよ、パンツ〜(笑)」

「芽衣ちゃん、誤解が広がるんですが。しかもお兄ぃとは普通腕組まないからね?」


「組むよ? 最近の兄妹腕組むよ? なに言ってんの?」

 えっ、そうなんだ。

 最近の兄妹仲いいだ。

 じゃあショコたちも腕組んだりすんだ。へぇ〜そんなんだ。って何この店員さんの冷ややかな視線、そして隣で肩を揺らして笑う芽衣ちゃん……


はかったなぁ……」

「ごめんて! 優ちゃん! 普通引っかかる? いいじゃん、今日から一緒に寝る仲なんだから!」

 おい! コンビニの店員さんどころか、店中見てるじゃないか。うん、このコンビニ。もう来れないなぁ。


 こうして矢継ぎ早に住民が増えていくのであった。









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