第31話 奈落の底にはまだ浅い。
◇ショコランティーナ目線◇
爆速で反省した。
ヤンデレのご使用は計画的にって感じなんだけど……それはいいか。
あの後ちゃんとごめんなさいしたし、許してくれたと思う! そう、なんならこの後兄さんの家に帰って居間でフライング土下座してもいいとさえ思ってる。
思ってるんだけど――何やら思考回路がバグりそう。
なんなん、この状況。優さんのガレージにはお兄ちゃんの車。
そして玄関には降ろした荷物。確かに住所教えましたからここにはナビを使えばこれるでしょうよ。荷物の量からして2回くらい往復してくれたのもわかる。
問題はそこじゃない。
玄関先でお兄ちゃんたらなにやらビールっぽいものを、ひとりでプシューとやってます。これはなんですか?
女子がドラマとかでたまにする「私帰りたくない」ってヤツですか?
いや、知らないの? 飲んだら乗るなでしょ? つまりこのお兄さま。今日運転する気ねぇじゃん! バカなの? あとね、とっても気になることがあるから直接聞くわ。
「お兄ちゃんさぁ、このギターなに? お兄ちゃんのだよね?」
「ん? そうだよ、ほろ苦い青春の思い出ってヤツ」
いや、何があったか知らんし、知りたくもないけど、なんでそのほろ苦い青春の思い出とやらが、立花家の家の前にあるんだ?
あと、私んじゃないキャリーバッグ。
そしてそのキャリーバッグは見たことある。お兄ちゃんのだ。このキャリーバッグが指し示す答えは……
「いや、お前が立花さんにご迷惑掛けないか心配で、せめて家事の手伝いくらいは、みたいな?」
みたいな? じゃねぇよ!
バカなの?
頭ぱっか〜んしてやろうか、空手チョップでさぁ。じゃあなに、妹の花の同棲生活はお兄ちゃんと共にな感じなんですかね? いや、普通に考えて邪魔以外の何者でもないだろ。
「お兄ちゃん。ゴーホーム!」
「いや、カギ持ってないし」
「違うでしょ! ここお兄ちゃんちじゃないでしょ! 自宅に帰れよ! なに自分のPCまで持って来てんの? 私のは?」
「まだクルマのトランク」
「なんで自分のPC先に降ろした?」
住むのか⁉
こいつほぼ新婚夫婦の新居に住む気か⁉ 正気か? ここは優さんにガツンと言ってもらおう! 優さん、どうぞ!
「えっと、布団ないけどいいの?」
ドテっ!
いや何となくわかってた! 帰れって言うキャラじゃないの知ってる! でも、布団の心配が最初なん? そんなこと考えてると優さんがベタに手を打った。今度はなに?
「僕は居間で寝るからふたりは部屋のベット使ったらいいよ、兄妹なんだし、いいだろ」
「ゆ、優さん? あの男女7歳にして同衾せずって言いますが?」
使い方どうかと思うが何でもいい、この際優さんが思い直してくれるなら、なんだっていいや。お兄ちゃん、あんたからも何か言えよ!
「えっと、立花さんお言葉ですがそれはちょっと……」
「ん……狭いかなぁ」
「いや、そうじゃなくって、こいつ寝言で叫ぶんすよ〜〜マジ勘弁みたいな?」
なに、そのパシリみたいなしゃべり! やめて〜〜ここそういう世界観じゃないから!
「でも、そこはほら、我慢しないと」
「ん~~わかりました。立花さんがそこまで言うなら我慢します!」
なんで、お兄ちゃんが我慢してる感じなんでしょうか。
あと優さん別にそこまで言ってないでしょ、軽〜く言っただけじゃない!
なんで懐いてる? なんで私より懐いてる? あぁ、もういい。どうせ飽きたら帰るだろ。ん……静かだと思ったらお兄ちゃんったらスマホなんか見て。
「彩羽〜〜引っ越し祝に兄ちゃんと同じベットと布団セット注文しといたから、感謝しろよ」
あっ、この方帰る気ないみたいです。私はやけでお礼を言った。なんて行儀いいんでしょう、私ったら!
これ以上の不幸は訪れないと思いたかった。
そして忘れていた。
ここはまだ奈落の底ではないという事実を。
まだ、落ちている途中であることを私は気付かされることになる。
***
「まいど、ルーバーイーツです」
配信を終えた私は立花家の玄関先に人がいることに気付いた。
流石に深夜だ。
開けるのは怖い。寝てしまったお兄ちゃん。これくらい役に立って欲しいものだ。明日は月曜で優さんはお仕事がはじまる。ルーバーイーツは優さんが注文したんだろう。
「兄さん、ルーバー着てますよ」
「ルーバー? あの出前の? たのんでないけどなぁ……間違えたんじゃないか。いいよ、行ってくる」
頼りになる。
どっかのお兄ちゃんとは大違いなんだけど。私は恐る恐る居間からホウキを片手に玄関を見る。
「あの、注文してませんけど」
「おっかしいですねぇ、立花さん、立花優さんのご自宅ですよね〜」
優さんは振り向き、首を傾げるが一応引き戸を開けて対応するようだ。
ガラッと引き戸が開きルーバーイーツの配達員さんが――
「まいど〜〜美人な幼馴染とぉ~~焼酎お届けにきまひたぁ〜〜」
「あ、歩⁉ おまえ、なに、酔ってんの?」
「そんなには酔ってないれす! えっとれすねぇ、実は私契約に参りました!」
「クサッ! おまえ、酒クサいから! っていうか、契約ってなに?」
「えっとれすねぇ~~こちらでれすねぇ、シェアハウスの住民を募集されてるって、妹さまからお聞きしまして〜〜」
「芽依ちゃんから⁉」
「はい! そんで居ても立っても居られなくなった私はれす! お酒の力をおかりしてれすね、来たのれす! それからちゃんとお給料の3ヶ月分の敷金礼金用意しましたよぉ〜〜エライ? 撫でて(笑) どこ撫でたい?」
「――っかナニ持ち上げてんだ⁉ おまえ、給料の3ヶ月分って婚約指輪かよ!」
「ん……くれるの? うれしい! きゅるん! あのね、誕生石ならルビーなの〜〜ぷぅ〜〜昭和かよぉ〜〜」
そして私は気付いた。
優さんがここまで泥酔した幼馴染を追い返せない事実に、私は気付いた。
こうして私と優さんの花の同棲生活はお邪魔虫ふたりを加えスタートを切るのだった。
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