第30話 今度は間違わない。

 ◇兄さん目線◇

「えっと、言わなかったかなぁ」

「何をですぅ〜〜私ったらなんにも、聞かされてませんけど?」

 ひとまず、車を停めよう。

 まずは世間の皆さんの安全確保が第一だ。


「えっと、苦手なんだ。苦いの」

「あら偶然! 私もなんですよ、こんなにも、こーんなにも思いするの! 安心して優さんのコーヒー。溶けないくらいお砂糖入れてあげるから。あと隠し味に愛情? ははっ……はははははっはあっははははは~~~~~~っ! 愛情だって。おっかしい‼」

 こ、怖い。なんでこんなに瞳孔開いてるんだ? しかも近い! 

 な、なんかいい言い訳みつけないと、なんかとんでもないことになる。


「おかしいと思ったんですよぉ、苦いの苦手なのにぃ、近所のカフェのコーヒーれ方講座なんかに参加するなんてぇ。しかも有給休暇取ってまで! 私ね、最初は店員さん狙いなのかなぁ、なんて思ってました。でね、今度こっそり見に行って釘刺しとこうかと。もちろん『私、?』みたいな? でも、妹さん、芽依ちゃんのおかげで、すっきり! 謎が解けました! 優さんが、コーヒー淹れるの習ってるのはを追いかけてるからだって、違いますぅ? 十中八九当たりですよね(笑)もう大爆笑っ!」


 当たってなくもない。

 でも、誰か来た時にコーヒー淹れたいと思ったのも事実だけど、それ今は伝わらないよなぁ。むしろ言い訳に聞こえるよなぁ……ここは話題を変えるとか?


「えっと、和正くん待ってるかも」

 けんもほろろとはこういうことか。なかなか経験するまでわからないもんだ。などと感心してる場合じゃない。仕方ない、ショコならちゃんと話せばわかってくれるはず。


「歩は幼馴染なんだ」

「幼馴染〜〜? 兄さん。まさか、幼馴染だからって、思ってません? 知ってますか。最近の幼馴染。なんですよ? あと、歩ってなんだ。私なんて『ショコ』ですもんね? それってVネームじゃないですかぁ。アレですか、お前なんかスタート地点にも立ってないよって、暗に言いたいとか? はぁ……」

 これはヤンデレネタ――じゃないよな、マジなやつだよな。どうする、間違っても連れて行っちゃダメだろ。


「ねぇ、ねぇ、行きましょうよ〜〜大丈夫ですって、なんにもしませんよ。私だって社会的地位ありますもん。それとも会わせられない、ありますか?」


 ***

「いらっしゃいませ〜〜って、あれ! 優じゃない、どうしたの? 芽依に聞いた? あんたがコーヒー飲むわけないもんね、ソフトドリンクあるよ、どれする?」

 何年振りだろ。

 大学卒業以来だから相当経ってる。面影はある。幼かった目元が大人っぽくなって、芽依ちゃんにも聞いてたけど、髪切ったんだ。


「髪切ったんだ」

 思わず言葉にしてしまった。

 俺の知ってる歩は腰の辺りまで髪を伸ばしていた。そういえば手入れが大変だって言ってたっけ。

「あっ、接客業だからね。似合うでしょ?」

「そうだな。歩、いま店長なんだ。スゴイな」

「優だって、主任でしょ? 負けてらんない。あっ、ごめん。ご注文は――ん? こちらは?」

「はじめまして、優さんの彩羽です。一緒に暮らすことになりました」

 

***

 こうなることはなんとなくわかっていた。けようとすれば避けられる結果だった。じゃあどうしてそうしなかったんだ。


 圧に負けたのか。もしかしたら、丸く収まるかもって思っていたからか。何にしても俺の事なかれ主義がまねいた結果だ。

 この感情はなんだろう。苛立いらだってる。それくらいはわかる。何にって話。自分になのか、それとも向かいに座る、出会って間のない女の子になのだろうか。

 俺とアイツ――歩との関係ってなんだろ。アイツは卒業間際言った言葉。


『好きな人いるんだ』


 付き合ってたわけじゃない。幼馴染で、ずっと一緒で高校も大学も同じ。家も近所で喧嘩した時以外は夜も電話してた。ずいぶん前の話だ。

 付き合ってたわけじゃないけど、好きじゃないわけもない。言葉にしなかったのと、好きな人がいるって聞いて、聞き返せなかっただけのこと。


 だけのことか……俺らしい言い回し、言葉遊び。傷付かないで、傷付けない生き方。まさに俺スタイルだ。でも、それも無理っぽい。


「お席までお持ちしますね」 

 その声が震えていた。気が強く、酒癖が悪い女の子。それが高坂こうさか歩で、そんな高坂歩が未だに心の奥底に住みついている。歩の情報は極力入れないようにしている。

 もうお互いそれなりの年齢で、好きな人がいるって言ってたから、次のステップに進んでもおかしくない。だから、彼女の情報は聞きたくなかった。逃げていた。そして今もそれは変わらない。


「お待たせしました」

 声がまってるのはわかる。歩の顔さえ見る勇気がないのか。あの時から俺は成長してないのか。

 違う、同じてつは踏まない。そう何度も何度も何度も布団の中で考えた。もし、今度チャンスがあるなら、次こそは目を背けない。


「歩――」

「すみません、お客様。私――メンタル崩壊したみたいで。失礼します」

 一筋の涙が前下がりボブを濡らした。


***

「ごめんなさい、私やりすぎました。謝ってきます、ちゃんと本当のこと言ってきます。彼女なんかじゃないって」

 ガタリと音を立てて椅子を立つ。ショコだ。

 考え事をしすぎて彼女の存在が意識から飛んでいた。一瞬彼女の――ショコの言葉を受け入れようとした。

 こんな場面においても、事なかれ主義の芽が出るのか。彼女の言葉に、彼女に任せてどうする? 

 また思うのか。また繰り返すのか。次、会う時はきっとこうしよう、そうだ同じ轍はもう踏まないって。踏んでんじゃねぇか。バカか?


「俺が行きます」

「でも」

「聞こえませんか。俺が行きますって言いましたよね」

 突き放すような言葉。ショコが音をたてずに座るのを確認して店内の視線の先を追う。心配気な店員さんの視線の先。

 そこに歩がいる。店員さんの視線は店の入口を指していた。俺は店を出て街の人の視線を見る。

 驚いたような顔した中年男性は店の建物の裏を見ていた。その視線を沿って店の裏に向かうと歩がいた。炭酸水の空の瓶が入ったケースの上に体育座りをしていた。


「なんで追いかけてくれなかったのさぁ、ねぇ!」

「追いかけたからここにいるんだけど」

「今じゃないわ‼ バカ!」

「好きな人がいるって……」

「嘘に決まってんでしょ! いつまでも煮えきらない優のせいなんだからね! 何年幼馴染やってんの! 察するとこてしょ! なによ、若いかわいい娘連れてさ! なによ、見せびらかしに来たわけ? 当てつけなの? いつからそんな性格悪くなったの? あれね。一緒にいる子が性格悪いんでしょ、そうよ絶対そう! そうじゃないと私浮かばれないもの!」


 そう言うと座った炭酸水のケースから空き瓶を投げつけようとする。こんな奴店長にしてツヴァイスターコーヒーの本部の方、大丈夫ですか? 

 なんだよ、嘘ついといてキレるとか。同級生に頭ポンポンはハードル高いよなぁ。いや、逆にそんなことしたらにらまれるか……どうする。

 

 そんなこと考えてたら後ろで物音がした。振り返るまでもなくショコがいた。苦笑いしながら軽く手を挙げて言った。

「どうも〜〜ですぅ〜」


 ***

「どういうこと? じゃあつまり、なに? シェアハウスみたいなもんなの~~っ⁉」

 ショコはため息をつきながらネタバラシをする。

「あの、言っときますけど、私兄さんのこと好きですから!」

「なんだ、シェアハウスか~〜泣いて損したよ、えっ? なに、優ったらシェアハウスに入居した子にさせてを引きに? もうかわいい〜〜! 子供なんだから〜〜ねぇ、ねぇ再会を祝して今度映画いかない? いや、ここはお泊り旅行か!」


「あの、すみません、聞いてます? 私優さん好きなんですよ!」

「あ? ああ、。その件は受けたまわりました〜〜大丈夫、大丈夫〜〜芽依も優のこと好きだから(笑)」 


「いや、芽依ちゃん妹じゃないですか、私そのレベルで好きって言って――ダメだ‼ 全然聞いてない‼」

 そんなわけで、俺は歩と慌ただしく再会した。慌ただしい再会だったけど、今度は間違わなかった。

 この先どうなるかはわからないけど、刺さったままの棘は抜けたみたいだ。

 グッジョブ、俺。







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