第29話 芽衣ちゃんは高校1年生。

 ◇ショコランティーナ目線◇

「仲直りしたのぜったいのぜーったいに失敗だと思いません?」

 私は優さんの車の助手席に座り、先ほどの怒りが冷めやらぬまま、車に揺られていた。

 目指す先は、話の流れから出たお母さんの言葉。

「あんた、立花さんのご両親にはご挨拶したの?」

 してない。

 もちろん。

 いや、いつかしないとだけど、それは追々……嫌じゃないよ、でも……そういう、かしこまったのは苦手と申しましょうか……ダメな空気だ。仕方ないなぁ、ここはアレの力を借りるか。


「彩羽。ちょっとはマシになったと思ったんだが、まさかそれで行く気か? 冗談だろ」

「いや、お兄ちゃん。マジモンのマジよ! これ私の戦闘服だから!」

 お兄ちゃんは呼吸を整え、出来るだけ穏やかな声で話し掛ける努力をしてくれてるのは、なんとなく伝わるけど、そんな深呼吸しないと心の平穏が保てない場面じゃないだろ?


「あのさ、彩羽。目を閉じて考えてみろ」

「えっ、めんどくさい」

「いいから、目を閉じて。これがお兄ちゃんの最後のお願いでもいいから!」

 何が最後のお願いよ、大げさな。はいはい閉じました。


「想像してみろ。社会人になってちゃんとした会社に勤めてだな」

「うん」

「主任までなった息子さんがある日、会って欲しい人がいるって連絡するとする」


「それ、私? なんか照れるなぁ~」

「いや、照れるのはいいから最後まで聞け」

「うん」

「その自慢の息子さんがだ」

「ふむふむ」

「セーラー服着た子を連れてきたら、お前が親ならどうする?」


「通報する」

 えっ、私って存在自体が通報案件なの? 自分で自分の存在意義を論破しちゃったよ。

 そんなわけで、引っ越しの準備は家族総出でするから、せめてセーラー服だけはやめてくれと懇願こんがんされ、今にいたる。

 ちなみにお兄ちゃんが私の服の中から、ギリいけるという服を選び、今着てるわけだが。

 なんなん? 

 ギリいけるって。

 さすがの私もお気に入りとはいえ、カエルのかぶりもんが付いたパーカー着ないから! 失礼こきまろよ、マジ今度締めてやる。

 いや、そんなことはさて置き、ここに来て高校生の妹さんがいるという情報をキャッチ。

 これは朗報。なんてったって、私ったら女子高生にも人気のVチューバーですもの。意気揚々と兄さんの家のチャイムを鳴らすと――


 いきなり第一家族! しかも幸先よく妹さんが出た。そして開口一番。


「優ちゃん、女の趣味変わった? あゆむさんと全然違うじゃん。別にいいけど」

 歩さんと全然違うじゃん……違うじゃん、違うじゃん、じゃんじゃんじゃんじゃん……

 歩さんって、ダレ!?


 ***

 うん。ご両親とおばあさんに挨拶は無事に終えた。いや〜いいご家族でこのご両親とおばあさんに育てられたから、兄さんはあんなに思いやりがある人に育ったんだなぁって思えて、来てよかった。


 よかった。よかった……? よかったのか? いや、よかったはずだけど? 

 私ったらいい方向に脳内補完しようとしてないか?

 正直言おうか。全然心ここにあらずでした! なんにも入ってくる余地ありませんでした!

 誰なんです、歩さんって? いや聞きましたよ、妹の芽依めいちゃんに。

 立花芽依ちゃん。

 市内の高校に通う1年生。私の見立てだと、ツンデレ系ブラコン。完全に血の繋がってる正真正銘の兄妹! 

 立ち位置的にはうちと同じだけど、何かが違う! そう、ブラコン! うちにはイチミリもない要素! しかも、それを芽依ちゃんは隠せてると思ってるし、優さんも全然気付いてない! なに、あの会話。


「芽依ちゃん、久しぶり。大きくなったなぁ〜なんって」

「優ちゃん、2週間で大きくなるはずないじゃない『なんって』ってやめてよ、親戚のおじさんみたい。それと、髪切らないの? なんかだらしないよ、そういうのいつまで妹に言わせる気なの」

 た――っ⁉ この手があったか! クール系ツンデレ妹! 

 いや、もうツン要素がめちゃくちゃ薄皮でデレがあふれ出てるから! 

 なんでお兄ちゃん相手に顔赤いの? いや、優さん気付こうね、少なくとも『なんって』なんて言える空気感じゃないよ? っうか、ここ芽依ちゃんのお部屋なんだけど写真立ての写真、優さんじゃん!

 

 ないない! うちはない! 

 どんだけ赤スパされても、これはない! あとですね、女の勘なんですけど、枕元に並んでるちょっと可愛すぎるぬいぐるみ、明らかに優さんのプレゼントだよね? 

 うちもくれるよ、誕生日とか。

 袋からも出してないわ! いや、ひどい妹ですが? でも、世間一般そんなもんでしょ? 寝る時に兄貴から贈られたぬいぐるみとか枕元にあるなんてホラーだよ! 私的には特級呪物だからね? 

 そんな私の感情を置き去りにして、いやたぶんワザとだな、会話的に。宣戦布告だこれ。

「優ちゃん、私さぁバイト始めたんだ」

「バイト? コンビニとか?」

「違うよ、駅前にさ」

「うん」

「ツヴァイスターコーヒーあるでしょ」


「つ、ツヴァイスターって、芽依ちゃん?」

「今さぁ、歩さん駅前店の店長さんなんだよ? すごくない? でね、髪切って前下がりボブでね、めっちゃかっこいいの! 私も髪切ろうかなぁ~どう思う?」


「いや、えっと、芽依ちゃんは長い方が似合ってるよ、髪きれいだし。もったいないよ」

 つまりこれはアレですね。

 優さんの元カノさんがツヴァイスターコーヒー駅前店の店長さんをやってて、すっごい仕事出来る感じでかっこよくて、憧れちゃって、芽依ちゃん的には歩さんとやらならギリ大好きなお兄ちゃんの相手として認めていいと? 


 つまり、あんたなんてプーンなわけだ。

 ホウホウ。

 全国展開してるツヴァイスターコーヒー駅前店の若き店長さんと。そのかっこよくて、イケてる感じの歩さんと優さんたら、あんなことやこんなことや、そんなことまで、いやそこはダメだって、な会話してきたわけね。


 ふ〜ん。そうなんだ、別にいいけど。私大人だし、人気のVチューバーだし、登録者数200万人越えてるし、セントラルライブの2期生だし。

 ここはそうね、大人の対応しないと。


「兄さん。あのね」

「なに?」

「急で申し訳ないんだけど、飲みたいかも。あっ、そうだ。なんてよくないですか? いいですよね? そこ以外のコーヒー。コーヒーじゃないってくらいですもんね? 飲みたいなぁ~~前下がりボブの店長さんのれたコーヒー」

 そうそう、私ったらヤンデレ皇女だったんだ。忘れるとこだった。思い出させてくれてありがとう、歩さんとやら。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る