第27話 親ってそういうもんじゃないですか?

 ◇ショコランティーナ目線◇

「少しタバコを吸ってきます」

 そう言ってお父さんが席を立った。それから10分くらい戻らない。で兄貴と会話出来てる。


 中学生以来だ、こんなに話したの。家族なのになにやってんだって感じ。

 兄さんが、優さんと出会わなければあんな状態が一生続いていたかも。自分の安いプライドが嫌になる。

 ため息の代わりに優さんにうざ絡みする兄貴をちょいちょいと手で呼んだ。なんなんだ、この兄貴。ヤンキーとかバカだったらすぐに部屋に戻るって言ってなかったか? なに、私より懐いてんだ。

 優さんは私んだからね。


(お兄ちゃん、お父さんってタバコやめたよね?)

(ん〜〜アレだろ、

 またか。お父さんは極端に口数が少ない。気が乗らない会話の時はそっと姿を消す。気に入らないなら言ってくれたらいいのに。ホントに我が親ながら分かりにくい。

 お父さんはいっつもだ。反対はしないけど、賛成もしてくれたことない。

 今日くらいよくない? 

 私さ自分で言うのもなんだけど、頑張ってるよね? 折れまくって謝ってるよね、今までのこと。

 仕方ないなぁ……


(私見てくる)

(いや、オレが行くわ。お前は立花さんのお相手しないとだろ)

 なに、この気遣い⁉ いや私いない間に中の人変わった? 変わったよね? 

 そうじゃないと説明つかないよ。今のセリフ兄貴の生涯でナンバーワンなんだけど。因みにナンバーツーは「アイス食べるか?」だけどね! 

 そんなどーでもいい回想してるとガタリと音がした。優さんが立ち上がったんだ。


「えっと、その……もしいいならお父さんと話ししてきてもいいですか」

「えっ、それはいいですけど……庭の方だと」

 びっくりしたお母さんがしどろもどろで指さした。何にびっくりしたかというと、お父さんと話そうとする人が現れたことだろう。

 それくらい無口なんだなぁ、お父さん。私と兄貴は優さんの背中を見て頷く。見に行こうみたいな。こんなとき兄妹だなぁと地味に感じる。


 ***

「すみません、お休みのところ勝手なことばかりで」

 優さんは庭に面した縁側に腰掛けたお父さんに話し掛ける。お父さんは運送会社で所長をしていて、力仕事が多いせいか体は年齢の割にガッチリしてる。

 兄貴や優さんに比べたら全然違う。

 お父さんは少し笑って首を振る。もっと愛想よくして欲しいけど、これがお父さんの通常運転。しかし驚いた。お父さんが口を開いた。


「あの子が迷惑をかけたみたいで」

「いえそんなぁ」

「娘とはどこで」

 凄い、お父さんが会話してる。

 これ動画に撮らなくていいか? お母さん呼ばなくていいか? こんなお父さん、もしかしたら見納めかもだぞ? 変な方向にテンションが上がっていたが、次の会話で真っ逆さま。


「その会社から帰ろうとしてたところを、娘さんが蹴った石がスネに当たりまして……それからです」

(お前なにやってんの、普通に迷惑行為だろ)

 柱の陰に並んで隠れて見てる兄貴にこつかれた。いや〜〜そんなこともありましたなぁ〜〜

「それはすまなかったねぇ、ケガは」

「少し青タンが出来る程度で。僕もちゃんと見てなかったから。ダメですね、運動不足で昔のようにはいきません」

 すみません、暗闇でしたから見えませんよね~~全面的に私が悪い! それにしても会話が成り立ってる。

 神か? 

 するとお父さんも優さんの癒しにあてられたのか、ほんの少しだけど話しはじめる。私達兄妹からしたら驚天動地だ。


「あの娘がしてることをご存知ですか?」

 Vチューバーのことだ。

「はい。実は恥ずかしながら、そういう人たちがいるとは知ってましたが、ほとんど知らない存在でした。知ろうともしませんでした」

「私もです。親なのに。部屋からあまり出てこなくなって、いや私がこんな感じなので、出てきても何を話していいやら。違いますね、話す努力から逃げているのでしょう」

 そんなふうに思ってたんだ。

 娘なんだからこっちから絡んでいったらいいだけなのに、何やってんだ私は。

 でも、兄貴は違う感想みたいだ。小さく舌打ちをしている。優さんに会ってなかったら私も同じ反応だろう。

 私は思い切って兄貴の肩にそっと手を添えた。こんなボディータッチ中学以来だ。


「こんなこと僕が言うことじゃないですけど、得意不得意ありますよね」

 フォローしてくれてるのはわかるけど、この意見には少し賛同できない。

「ありがとう、でもそこは親だからね、ちゃんとしないと」

 わかってるじゃない、わかってるなら許す。でも、兄貴は駄目みたいだ。なんかよくわからない熱を発している。こんな時あの言葉が出るとヤバい。


「親だからね『木の上に立って見る』しか出来なくてねぇ……」

 出た! 

 私達ふたりの最も嫌いなキーワード!

『親って字は木の上に立って見るしか出来ない!』つまりは口出ししないから勝手にやってくれってことでしょ? 

 いつ聞いても頭にくる。

 それを放任主義って呼ぶのはどうかと思う。勝手だけど、叱って欲しい日もある。いや、間違いなく反発するけど! そして、いまこの瞬間がその反発の時だった。

 しかも兄妹揃って。優さんには悪いけどなんか言わないと気が済まない。

 親の心子知らずと言うけど、逆も然り!


「それは

「それと言うと?」

 いかん、いくらなんでも優さんに言わせていい言葉じゃない! それこそ甘えだ。私は兄貴に目配せして突撃を試みたが遅かった。


「確かに、親って字は『木の上に立って見る』と書きますよね、でもそれってなんでしょうか『木の上』って?」


「どういうことかな?」

「いえ、僕は親でもありませんし、差し出がましいとは思いますけど『木の上』って普通に危ないですよ。高いし不安定だし、風だって吹くし。そんな『木の上』に立つんですよ? 申し訳ないですけど、僕には無理です。いえ、今の僕にはです。でもそんな危険もかえりみずに、子供を見ようとするんですよね。子供の行く末とか、場合によったら、もっとしっかり見たいから『木の上』なのにつま先立ちになったりしてまで見たい。それを努力をしてないなんて僕は思えません。きっと彩羽さんもどこかでわかってると思いますよ」


 ***

「神過ぎん?」

 恥ずかしくなった私と兄貴は私の部屋に逃げていた。考えたらわかることだ。女子大までのエスカレータ校。

 しかも、Vチューバーの活動が忙しくなったら大学に行かなくなった。面倒なので勝手に休学にした。

 休学中、学費が掛かるかどうかすら知らない無責任ぷり。それを文句ひとつ言わないで、家にいさせてくれるって、逆に心広すぎだろ。

 そりゃあ今でも言葉にして欲しい感はあるけど、私から相談すればきっと答えてくれてた。

 でもその事を他人の優さんが気づかせてくれたのが、恥ずかしい。すっごく、情けなくて、申し訳ない。


「オレさぁ、コンピューターの専門学校出たろ。成績も結構良くてオレ様になってて」

「そうなんだぁ」

「うん、でもさぁ、人と仕事の進め方とかわかんなくって、先輩とかに対しても『なんでこんなことわかんないんですか』とか言っちゃってた。あと、イライラしてお前に当たってたと思う。ごめん」

 兄貴に謝られた。

 謝んなきゃなのは私なのに。さっき、一応謝ったけどもう一度ちゃんと謝った。

「私もごめんなさい、お兄ちゃん」

 兄貴の前で泣いたのなんて何年ぶりだろ。覚えてないけど、なんか一周回って清々しい。










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