第26話 ちっちゃい言うな!

 ◇兄さん目線◇

「すみません、日曜日の朝に突然お邪魔して」

 ショコの家のリビング。ご両親に挨拶を終え、お茶を出してもらったところで、ショコのお兄さんが顔を出してくれた。少し眉をしかめ、不機嫌そうなのは仕方ない。


 休日の朝、ショコはともかく俺は招かれざる客なのだから。

「えっと、優さん。兄の和正です。お兄ちゃん、立花さん。立花優さん」

「ども」

 頭を掻きながら軽く頭を下げる。不機嫌は変わらないようだ。それは仕方ない。

 聞こえるかどうかの声で「お兄ちゃんって」と吐き捨てた。

 普段は別の呼び方らしい。さて、どうしようか。


 割と勢いで来てしまった感はぬぐえない。だけど挨拶を後回しにすればするほど、気まずさは増す。いや、今だって十分気まずいけど。

 訪ねてきた以上、こちらから口火を切らないとなんだけど、何から話すべきか。するとショコが決心したように口を開いた。


「えっと、ご迷惑とご心配掛けてすみませんでした。ちょっとわがままでした。ごめんなさい」

 そう言ってきれいに頭を下げた。予想してたのとちょっと違う。少し、いやかなりバチバチとやるんじゃないかと思っていた。


? まぁいい。お前が謝るの珍しいな、なんで?」

「えっと、なんでかなぁ……謝らないとって思ったからなんだけど」

「謝れって言われたの、

「その人じゃないよ、立花さん、立花優さんだから。それはないよ、その仲よくはしたほうがいいかもって言われたけど、それも本人が決めることだし、みたいな? 強制とかは全然」


「ふ〜ん、それで自分で考えて謝ろうと思ったわけだな、雨降りそうだ」

「まぁ、そう。うん、そう言われても仕方ないと思う」

「なんにしても、ひとりでよくない? 来るの。見張りがいるわけ?」

 それはそうだ。

 俺がいたら言いたいこと言えないだろうし、ある意味許すしかない。どうしたもんか、兄妹の会話に口を挟むか? 

 助け舟みたいになってかえってよくないか?


「あのね私、出て行こうって決めたから。その挨拶というか、そんな感じ」

「出ていくってどこに? のところか? っか、誰っていうか、どういう人なの? 前から知ってる人なの? ずいぶん年上に見えるけど、色々と大丈夫なのか?」

 色々っていうのは平たく言うとだまされてないかってことだろう。兄としては当然の心配だと思う。しかし、何を言えば信用される? 

 ちゃんと働いてますとか、住むとこありますとか? そんな時お母さんが口をはさんでくれた。助けようとしてくれている。


「ところで立花さん、お仕事は?」

「あっ……システム開発の会社でそのシステムエンジニアをしてます」

「システムエンジニア……そのどちらの?」

 ショコのお兄さん、和正くんからさっきまでの不機嫌とは違い、食い気味に質問された。俺は会社名を告げてカバンに偶然名刺があったので渡した。


「アネモス……システム……第一システム管理課主任エンジニア……ですか」

「はい、恥ずかしながら」

 入社してはや、何年だ。同期は既に課長なのに。まぁ、そういうのあんまし興味ないから別に気にしてないけど。それが結果に繋がってるわけだが。


「お兄ちゃん、知ってるの?」

「えっ、お前システム開発の超大手だよ、知らないのか?」

「そうなんだぁ、兄さ……優さんシステム開発の会社なんだ〜〜ところでシステム開発ってなに?」 

「お前、なんで知らないの? っか、彩羽お前なんにも知らないんだな、付き合ってるんだろ?」

 それは俺がショコに言ってないから。

 いや、昨日じゃない一昨日か。知り合ったばっかで色んな事があったから、言えてないしえて会社名言う必要もなかった。付き合ってるかはなんともコメントしづらい。

 一昨日知り合って付き合ってるってのもなんだし、何にもないのに同じ屋根の下に住むことになるのも、変といえば変だし。いや、嘘をついても良くない気が……


「彩羽、なに言ってるの。お兄ちゃんもシステム開発の会社に勤めてるのよ?」

「えっ、そうなんだ……いや、そうだった! 知ってる!」

「お前、いま無理やり知ってる感じにしたろ。少しくらい興味持てよ、別にいいけど」

 和正くん、仕方ないよ。妹ってこういうもんだから。うちの妹も大差ないよ。変なところで近親感が湧く。

 この場合どちらの? って聞くのは失礼だろうか。内勤をしてると同業他社のことは取引があるところ以外知らないし。


「どこの?」

 俺のジレンマを簡単にショコは乗り越えた。気まずそうな空気。

「――イースティン……技研」

「なんかかっこいいね、優さん知ってる?」

「おま! 無茶振りするなよ、うちなんて会社なんだから」

「いや、あの……ごめん。えっと、内勤なんでその同業他社さんは取引ないと全然知らなくて、勉強不足で申し訳ないです」

 汗が吹き出した。

 こんなキラーパスがショコからくるとは思ってもなかった。

 相手は知っててこっちは知らないなんて、失礼にも程があるだろ。来る前にショコに前情報として聞いとけばよかったけど、後の祭りだ。


 しかも――

「お前が変なこと言うから困らせてるだろ」

「ごめんごめん、そんな会社なんだね〜〜」

言うな、そのちっちゃい会社に飯食わせて貰ってんだぞ。すいません、妹ちょっと馬鹿なんで」

 馬鹿じゃないもん! と叫ぶショコを見ていると仲が悪いとは思えない。普通、いやかなり仲いいほうだろ。会話もないとか言ってたけど、どういうことなんだろ。


 それはそうと、仕事も同じシステム関係という接点が出来たからか、和正くんの感じが出会った頃とは全然違う。

 もしかしたら寝起きだったのかも知れない。なんにしても和気あいあいな空気になったのはショコのおかげ。


 家族とわだかまりみたいなものがあったみたいだけど、そこはきちんと自分が悪かったって折れるところ、思った以上にしっかりしてるし家族思いな娘なんだなぁ。

 そうなると、ショコばっかりに頑張らせるのは違う気がする。

 さっきから一言もお父さんは話してない。

 俺が頑張らないと。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る