第25話 大人になります!
◇ショコランティーナ目線◇
兄さんの家は古い。
古民家好きの私には宝箱のような世界だ。
しかもちゃんとリフォームされて、水回りは清潔だし家電は見た感じどれも新しい。新旧の融合みたいな感じだ。
その中でも特にワクワクしたのが、温かい日差しが差し込むガレージ。ガレージというより、農具置き場といった方が近い。
それを兄さんがキレイに掃除してモダンな感じにしている。
週末はデッキチェアを持ち出して読書や動画を観るらしい。正直うらやましい。もしここで暮らしていけるなら、デッキチェアを2つ並べて過ごす時が来るのだろうか。あっ、ここから生配信なんていい!
そんな妄想をしながら、私は兄さんの車に乗り込んだ。
青い小型車で室内はホコリひとつない。
どっかの兄貴の車とは大違いだ。なんかうるさいし、屋根低いし、スピード出すし。
それに比べて――比べてばっかもダメか。
兄貴にとっては私は単なる妹で、兄さんにとっては知り合ったばかりの異性。ここが同じ扱いだったら、その方が変だ。
兄さんの家から私の実家まではそんなに遠くない。
私鉄の駅で5つくらい。同じ市内ではないけど。考えてみたらずいぶん近くに家出したもんだ。
あの頃は――きのうだけど最悪帰って生配信だけさせて貰おうと思ってたんだっけ。しつこいけど、懐かしさすら感じる。
嫁いだ先から実家に帰る気分だ。
嫁いでないけど(笑)でも、それくらい私の居場所は厚かましいけど、兄さんの傍だと感じている。
勝手に生まれ変わった気分でいるけど、きのうのお母さんとの電話を思い出す。痛いところを突かれると、すぐに喧嘩。思うんだけど、普通に生きてて痛いところ突く必要ある?
ギャフンとでも言わせたいんだろうか。絶対に言わないけど。勝ち負けとか、どっちが上下とかそういうことなのかなぁ。たぶん、兄さんに惹かれてるひとつにその空気がない。
つまり、勝ち負けというか優位性みたいなのをまるで感じないでいられる。分かりやすく言うと、まったくマウントを取られない。
それに、料理を馬鹿にされなかったのは初めてかも。
あぁ、これ、もう結婚だなぁ!
実家に近づくにつれ、現実逃避をしたくなる。帰りたくない。胃さえ痛い。さざ波ママの『おすすめ胃薬トップ5』買っとくべきだった。兄さんにはだいたいの地名を言うと土地勘があるのか、実家の近辺まで道案内なしで運転してくれた。
運転して貰っておきながら、帰りたい。しかも、さすがにこれは場違いだろうって服。そう、私の戦闘服――セーラー服だ。
きのうまで、なんとも思わなかったんだけど、兄さんの隣にいると恥ずかしくなる。家族から恥ずかしいからやめなさいって、何回も言われてきたけど、なにが恥ずかしいの、私は私だから! なんて言ってたけど、恋すると恥じらいを覚えるらしい。
セーラー服、封印しようかなぁ……
「兄さん、ここ。あっ……えっと呼び方どうしよ、家族の前で兄さんはちょっとだよね。優さんでいい?」
「いいよ、じゃあ俺もショコじゃなくて
なんか気を使わせてしまった。
確かに家族の前でショコとか、ショコランティーナなんて呼ばれたら『……』になりそうだ。
ほんの少し言っただけでわかってくれるのは、ホントにうれしい。
気遣いが神だ。
「あっ、兄さん……じゃない、優さん。そこ曲がった所です。駐車場1台使ってないからそこに停めて」
ついに実家に着いてしまった。さすが兄さん。約束の時間より10分早い。10分前行動は社会人のたしなみって聞く。私も見習って配信10分前には準備しないと。
***
「はじめまして立花優と申します」
リビンクに通された。
玄関先ではお母さんが険悪な表情で登場するも、兄さんの顔を見て一転。見たことのない親切対応。
恐らくものっすご〜いDQNさんを連れてくると思って身構えていたのだろう。手にはホウキまで装備していた。ベタか。
そういう意味では兄さんは絵に描いたようなマジメな人。この人で反対が出るなら誰でも反対するだろうってくらい、見た目マジメ。中身もだけど。
そうとはいっても肩苦しい感じでもない。社交的なマジメってとこがいい。お母さんときたら、鼻歌まで歌いながらお茶を用意し始めた。そんな背中にたずねた。
「兄貴はいないの?」
「
「言ってくれた? 紹介したい人がいるって」
「言ったわよ」
この感じ。
言ったけど返事しなかったって時のやつだ。反抗期か?
いつまで反抗期やる気だ。まぁ、私も変わらんか。でも、兄さんと接して自分の心もミジンコだと気付いた。
「お母さん、あのね」
「なに、忙しいんだけど」
「うん、えっと……心配掛けてごめん」
「えっ、どうしたの?」
「いや、どうもしないけど……なんとなくよ、なんとなく」
「なんとなくねぇ、ふ〜~ん」
含み笑い。
ん……なんか伝わるものがあるのね。
「お母さん、私着替えてくる」
「えっ、なんで」
「なんでって、この格好じゃちょっと……」
自分でセーラー服を指さしてちょっと自虐的に苦い顔した。
「ふ〜~ん、お母さんの言うことは聞かなかったくせに。恋は人を変えるのね〜~」
こ、こ、恋って!
焦るわ、親の口から恋とか言われたら……いや、まぁ違うくはないか。この年でセーラー服着てても恥ずかしいとか思ったことなかった。
むしろアイデンティティみたいな感じすら思ってたけど、兄さんが恥ずかしいかなあって思うと……言われてないけど。
着たかったら部屋にいるときだけにしようと思った。時間の流れが違ってて、年を取るのがめちゃくちゃ遅いってのは来栖・ショコランティーナの設定だけで、来栖
そう成長するのだ。
だから自分から折れることも覚えないと。顔を出さない兄貴が悪い。出さないから挨拶出来なかっただけ。全部兄貴が悪いという理論は、逆もまた然り。
兄貴からしたら全部私が悪いと思ってる。
どこかでこの負の連鎖を断ち切らないと、それはそれで不幸だ。セーラー服を着替え、それなりのよそ行きを着る。
つきかけたため息を我慢して兄貴の部屋をノックする。当たり前だけど、反応はない。いつものことだ。別に引きこもりってわけじゃない。ちゃんと仕事もしているし。私はもう一度ため息を我慢して話しかけた。
「あの、彩羽です。その……この間はごめん」
思いも寄らない言葉に部屋の中でごとりと音がした。私が謝るのがそんなにレアか?
レアなんだろうな。
「あのね、会って欲しい人がいて。その……勝手だと思うんだけど、お願いします」
言葉にしながら、今までこの家の空気を悪くしてたのが自分だと気付いた。
足音がしドアが少し乱暴に開いた。
「ヤンキーとかバカだったらすぐ戻るからなあ!」
渋々顔を出した兄貴が吐き捨てるように言う。ほんの少し前ならたぶん、この言葉とか態度にキレてただろう。
「わかった。でも、そんな人じゃないよ」
兄貴の立場になったら、やっぱり怖い人が来たら嫌だろう。
今の言葉で少し気楽になればと口にした。背中を目で追う。一緒に暮らしていたのにこんな背中だったかと思う。家族に対して無関心すぎる自分を反省した。
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