第23話 越えないといけない壁。

 ◇ショコランティーナ目線◇

「兄さん、初配信お疲れ様〜〜」

 変な3人組の乱入騒動があったものの、初配信としては合格点なんてもんじゃない。

 しかも、あのアリス先輩とこんな形でお近づきになれるなんて、兄さんは確実に持ってる!


「助かったよ、正直アリスさんに感謝しないとなぁ、こんな時キャスト同士はフレコーでお礼言ったらいいの?」

「ん~~フレコーもですけど、マックス(旧チクッター)でも呟いたらどうかな、アリス先輩けっこうリプくれるし。私もしとこ〜~」

 アリス先輩なら大丈夫。

 兄さんを寝取られるとかの心配はない。

 なんたって、生粋の(自分の)お兄さん好き、完全無欠のブラコンを自称してる。

 誰かにお兄さんの写真を見せてって言われた時、普通に嫌な顔してた。


 完全に警戒してる顔だった。同じく兄を持つ立場。そういう意味で今回助けてくれたのかも知れない。ブラコンネットワークだ。

 元々そんなに絡みがなかった。避けてるってことじゃないけど。コラボも何回かしたことあるけど、割と大勢でのコラボだったので話す機会はほとんどなかった。

 先輩なのでアーカイブの配信は見ていたから、少しくらいはアリス先輩のことは知っている。

 もし兄さんと3人でコラボしたら絶対楽しいだろ。センキャスにはめっちゃ怖がられてるけど。

 いや、今回だって助けてもらったからいいけど、あんなふうにドスの効いた声で詰められたら、ビビるなんてもんじゃない。

 まぁ、流石に泣きはしないけど。きっと本気じゃないだろうし。本気じゃ……ないよね? そうよそもそも、アリス先輩に詰められるようなことしなきゃいいだけだし。


 さて……一応一通り終わった。自分の配信までまだ時間がある。

 そういえばきのうは、こんな余裕はなかった。たった1日だけど、きのうがずっと前のことのようだ。

 これも全部兄さんのおかげだ。このままこの生活が続けばいいと思うが、そんなにうまくいくだろうか。

 兄さんは真面目で私の家出のこと自分たちだけの問題じゃないと思ってくれている。それはつまり、親を心配させちゃダメだよってことだと思う。


 そんなことを考えてくれる兄さんだから、きっとこの問題を一番先に取り掛かりたいんだ。

 別にいいのにって思う自分もいる。私自身少し、いや相当自分の家族をめんどくさいと思ってる。グチグチとうるさい兄貴。

 なにかと兄貴の肩を持つ母親。そして気の弱い父親。この家族構成からしたら、自分は完全な異端児。


 全員が全員目立つことが嫌い、もしくは好きじゃない。そんな人たちにVチューバーの仕事を理解しろったって、無理ってもん。なんで人前で話すのとか。なんで普通に働かないのかとか。なんで大学休学してるの、とか。

 兄貴にはそんなことで稼いだお金で恥ずかしくないのか、まで言われたことがある。


 実際のところ、もっと早く実家を出るべきだった。そうしなかったのは、実家は実家で都合良かった。

 三食出てくるし、自分の部屋はあるし、ネット環境は使いたい放題。一軒家だから近所から騒音問題で苦情も出ない。マンションとか賃貸ではこうはいかない。

 掃除や洗濯もしなくていい。簡単に言えば甘えだ。


 その部分が兄貴の鼻についたんだろうと、今になったらわかる。

 兄さんのところに落ち着くまでは、完全な被害者意識だったが、追い出されても仕方ないかも、くらいには思えるようになっていた。

 帰りたいか、と聞かれたらまったく帰りたくない。だけど、音信不通になるほどでもないし、もしそうなったとしたら、きっと親は家族は兄さんをよく思わないだろう。


 それは嫌。

 すっごく嫌。

 だから、本来なら重々おもおもな私の腰をさっさと上げた。

 私は兄さんの前で自分のスマホで電話をかけた。何度目か目のコールで電話に出たいつも聞いていた声だ。

 さすがに昨日の今日なので懐かしさは感じない。


「お母さん。私、彩羽いろは。うん、元気。えっとね、お父さん明日休みだよね? 兄貴は? そう、急で悪いんだけど午前中空けておいて欲しい。いや、一旦帰るだけ。そう。あとね、えっと……会って欲しい人がいるの。そう、男の人。うん、急なのはわかってる。だから、ごめんって。あとね、パソコンとか持ち出したいんだ。だから、一旦帰るだけだって。だから! ちゃんと挨拶してくれるって言ってるじゃない! 言いたくないけど、そこって私居場所ないんだよ? ないなら見つけなきゃでしょ! 見つけて怒るなら、最初から――……とにかく、明日帰る。10時頃、そういう事で。おやすみ」


 結局ケンカ。

 兄さんの目の前でやんなっちゃう。

 兄さんは何も言わず口元だけで笑ってる。苦笑いとかじゃないけど、困らせてるのは間違いない。

「ごめんなさい」

「いいよ、別に。よく頑張ったね。その……歩み寄るのって、難しいよな。俺のせいで嫌な思いさせたなぁ。ごめん」

 兄さんの優しい声、言葉に私はべそをかいた4歳児のように兄さんの肩を借りて少し泣いた。

 本当はなかよくしたいとか、全然わかってくれないとか、いっつも私ばっかとか。愚痴を延々と言葉にした。


 兄さんは――それはかわいそうだったねとか、聞くしか出来ないけどとか、一緒に行ってあげるからと慰めてくれた。

 慰められながら、やっぱり本当の兄妹ならこうはならないと思う。

 実の兄貴に弱さなんか見せたくないし、慰めて欲しくもない。頭をよしよしなんて、さわんないでよになる。

 兄貴だって、妹なんてただの面倒くさいだけの存在なんだろうなぁ。

 それはそれで構わない。私には兄さんがいる。そう思いながらふと、心のなかで『優さん』と呟いた。でもたぶん、兄さんは「そういうの比べちゃダメだよ」って優しくさとしてくれるんだろうなぁ……

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