第20話 思い知れ。
◇兄さん目線◇
話題性。
そんな言葉を耳にすることは何度もあった。
全国展開してるカフェの限定メニューだったり。
よく聞く言葉だけど、まさか俺自身がその仲間入りをするとは思わなかった。謝罪会見――とはいうけど、なんちゃって謝罪会見だったが。
その時マネージャーさんに告げられた俺の公式チャンネル。
初動の登録者数がなんと3万人を越えていた。
そりゃ、セントラルライブの第2期生ショコは200万人を優に超えて、比べるまでもないが、凄い数字なのは変わらない。
そして、いま実感してるのは話題性。
謝罪会見を終え、少しショコと話してキャストとして活動するなら、早めに自分のリスナーさんに挨拶をしたほうがいいと準備をする中、さざ波先生からの電話があったとはいえ、小一時間。
その間に俺のチャンネル登録者数は5万人を越えていた。
正直指先が震える。がっかりさせないか、心配で吐きそうだ。さざ波先生おすすめ胃薬トップ5が今必要な気すらする。
面白いことなんて、俺に言えるのだろうか。何もかもが未知数で未体験。Vチューバーになるつもりなんてなかったから、心の準備なんて全然ない。
でも、変わりたい。
なんやかんやと言い訳ばかりで、何も始めてこなかった自分。挑戦しないから、失敗もしない。失敗しないから、周りも自分もうまくやれてる気になって、小さくまとまっていた。
そんな人生でいいような気がしていた。でも『あの時』ほんの少し勇気を出していたら、今の俺だっただろうか。
後悔とか大げさなもんじゃない。後悔するほど、チャレンジしてない。
無難に立ち回り無難な選択をし、無難な結果に満足していた。それはそれで別に構わないことだった。
いや、本当にそうなのか。
わからない。
ただ、あの時『アイツ』にあんなふうに切り出された時、少しは食い下がれば今でも隣にアイツはいたかも。
わからない、いないかも知れない。
だけど、少なくとも『いたかも』なんて、
いや、今よりは少な目には出来た。後悔を。挑戦して食らいついてダメだったら、笑顔で諦められた。満足のいく結論を導き出せた。そんな世界線があったはず。
そして、今だってそうだ。
ここで「絶対無理」だとか「興味ない」なんて言うことは出来る。出来るけど、そうしたらどうなる?
ショコは俺の決断だから受け入れてくれるだろうけど、その決断で隣に立つことが出来るだろうか。元々住んでる世界が違いすぎるふたり。
年もそれなりに離れて、接点はショコがいま行くところがないってことだけ。もし、行くところが出来たら――
気使いさんのショコだから、少しでも早く出て行こうとする。そうしたら、どうなる? しばらくは連絡を取り合うかもしれない。だけど住んでる世界が違う。活動してる時間帯も違う。
そうなると、お互い気を使い合って連絡しないようになって、また繰り返しだ。アイツの時と変わらない。
あの時から何年も経ってるのに、俺は変われないことになる。そんなのは嫌だ。下心。たぶんそうだ。ショコと一緒にいたい。もう少し色んな話をしたいし、もう少し、いやもっと一緒にいたい。
たとえ下心が原動力だったとしても、ダメなんだろうか。でも、それをダメだって決めるのは誰でもない。俺自身なんだ。
ここに来て思う。一緒にいたいだけじゃない。ショコの隣に並び立ちたいんだ。そう願ってしまった。青臭いこと言う年齢じゃないかもだけど、これが、この行動が『あの時』の後悔への鎮魂歌に。
「なあ、ショコ」
「なに、兄さん?」
ショコは俺の部屋で俺のPCと自分ノートPCの最終確認をしてくれている。真剣な横顔に話しかけると、ニコリと笑ってこっちを見てくれた。
こんなにかわいいんだ。誰か特別な相手がいるのかも。でも、ここで引き下がったらアイツの時と変わらない。変わりたい。こんな事で変われるかわからないけど、こんな小さな一歩でも、踏み出さないと始まらない。
「その、配信が終わったら話あるんたけど」
「なに、兄さん。それって死亡フラグ(笑)『オレ、この戦争が終わったら故郷のあの娘と結婚するんだ』ってのと変わりません、いま言ってください。別に配信時間告知してないんですから、何分遅れても誰も怒りませんよ?」
穏やかな笑顔。
年下なのに、結構年下なのにこんなに余裕があるんだ。一緒にいると安心する。
ん……
そこは年上なんだから俺が安定感出さないと。そう、安定感というか安心感。いまショコは居場所がすっごく不安定だ。実家には戻れないし、ここにいれるか不安だろう。その辺をなんとかしたい。
「あのいきなりなんだけど、この配信が終わったらご家族に挨拶に行きたいんだけど、ダメかな」
俺の言葉を聞いたショコは見る見る固まった。それだけではなく、顔が真っ赤になっていく。誤解を与えているようなんだけど、まったくの誤解でもないし、変に取り繕っても意味がない。
「えっと、ご挨拶ってどんな?」
そうなるよなぁ。実はノープランなんだ、実際。
いや、まったくなくはない。その……成人してるとはいえ、若い娘さんが所在不明というのは、親御さんからして心配だろう。
仮に所在をはっきり伝えてるとしても、誰といるか不安に違いない。
もしショコとこの先のことを少しでも考えるなら、彼女の家族の理解は必要だ。必要なんだけど、それを言葉にする勇気がそこまでない。
「この先ここから配信するなら、機材とか持ち出さないとだろ」
無難な言葉を俺は取り
「理由はそれだけですか。それなら業者さんにお願いします。他に理由はないんですか?」
怒ってる。いや、
違う。そうじゃない。俺の今の言葉がショコの期待値を大きく下回ったんだ。
「ご家族に挨拶ってのは、ほらどんな奴といるのかとか。心配だろ、家族としては」
言ってて、声にしてわかる。これじゃない。
「どうですかね。うち案外放任主義なんで。連絡さえ取れたら意外にどーでもいいかもです。理由はそれだけなんですね」
こころなしか、いや確実に拗ねるが怒りに針を振った。
そのなんとなくわかるよ、中途半端な言い訳なのは。でも、俺たちはきのう知り合ったばっかだしとか考えてしまう。
ここでも言い訳。
やっぱりうまくいかないか。
変わろうとしても、所詮は俺なんだ。小さくため息をついてショコの怒った横顔を見る。
なんで怒ってるんだ? 元々住んでる世界が違うだろ、だいたい、Vチューバーとして顔を隠さなくても十分アイドルとしてやってけるくらい、かわいいじゃないか。
そんな娘に今の段階で言えるか? 無理無理。そこまで俺、メンタル強くないから。
ここはゆくゆくという感じで……そう思いかけてショコの横顔の怒った感じの意味に気づいた。
淋しいんだ。だから拗ねた感じだったり、怒ったように見えたりするんだ。淋しくて不安で、どうしたらいいかわからないんだ。
「兄さん、大丈夫です。私から家族にはシェアハウスに住んでるって言いますから。なんかあっても兄さんには迷惑掛けませんから」
そっぽを向く。
わかりやすい。
アイツもショコくらいわかりやすかったら、未来は変わってたかもな。未来は変えれるうちに変えないと、だな。
「好きだからちゃんとしたいんだけど、それとも俺のことからかってただけなの?」
ショコはそれから少しの間ポカンとした顔で俺を見た。この俺の1歩は小さくないぞ。これが『あの時』の俺への鎮魂歌でありドロップキックだ。思い知れ。
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