第15話 盛大に萌えてます。

 ◇ショコランティーナ目線◇

「それにしてもママったら、失礼しちゃうわ」

 ゲームの手伝いを終えた兄さんに、私は愚痴を聞いて貰っていた。

「まぁ、まぁ。さざ波先生も悪気があるワケじゃ……」

「兄さん。あのママに悪気がないように見えました?」

「あぁ……確かに『市販おすすめ胃薬ベスト5』は行き過ぎた感はあるかもな」

「でしょ? なんで私の料理食べて胃薬おすすめされなきゃなの? しかもベスト5! ゆーてベスト3でよくない?」

「いや、そこなの? ショコ心広いなぁ」

「え? そ、そうかな」

 なんか褒められた。

 ここは「言い過ぎじゃない?」とか注意されても仕方ないくらい、延々と兄さんに愚痴っていた。

 聞いてもらえたのと、肯定されてなんか気分が晴れた。

 兄さんはホントに気が長くて優しい。だけど、そもそもはと言うと、ぱっと出のママに朝から兄さんを独占されて、イラっとしてたところに『料理界のマッドサイエンティスト』なんて不本意なあだ名をわざわざ兄さんに教えたり。

 さては本格的にママは兄さんを狙ってるのでは?

 ママは落ち着いてるけど、年齢的に私と兄さんのちょうど真ん中くらい。20代中頃。

 いわゆる大人の女性。

 そして『ダンブレ』で兄さんとの接点が出来た。

 ママから「連絡先の交換しない?」と聞かれた兄さんは元々イラストレーターのママが担当した人気ラノベ『僕の秘密』のファン。

 そりゃ交換するでしょ、する一択でしょ。

 私だって兄さんの立場ならしてる。だけど兄さんはしなかった。


「いやぁ、光栄なんですけど……なんていうか俺は一般人で、いつもすぐ調子乗っちゃって失敗したりで。さざ波先生のファンだからこそ、適正な距離感が必要かなあと」

「そっかぁ~そうだよね、適正な距離感ならいいのね、うん、わかった! ショコショコ、新しい髪型のデザイン決まったら連絡するね。それじゃあ、兄さん。またお会いする日を楽しみにしてます。そっか、ってトコが問題なのね。わかった!」

 ママ『また』ってなに? 

 あと「適正な距離感ならいいのね」って誰も許可してないが? プラス志向か? ポジティブシンキングか! 

 思い出しただけで腹立つけど、兄さんとの初めての昼下がりをそんな悪感情で無駄にしたくない。

 気持ちを切り替えるために深呼吸をした。

 深呼吸をしたのだが、私と兄さんの平穏な昼下がりが訪れることはなかった。

 後になって思った。この時した深呼吸を返して欲しい、と。

 ***

 私たちなんちゃって兄妹の平穏な昼下がりを奪ったのは1本の着信からだった。

「あっ……マネちゃんだ」

 自分のスマホの画面を見た。セントラルライブで私のマネージャーをしてる通称マネちゃん。そのまんまなんだけど、面倒見がよくいつもパワフル。


 私からの無茶ぶりも概ねこなしてくれる、頼れるヤツなんだけど、私ひとりを担当してる訳じゃないので、それなりに忙しい。

 用事がない限り連絡はして来ない。まぁ、連絡されるような事をしでかさないからではあるが。ほぼ放牧状態。会社から要求されてる提出物はため込んだりはしない。

 なのでほとんどがメールでのやり取りで事足るのだけど……


『あのですね、ショコランティーナさん。その感じじゃ、ご存じないようですね』

 なんだ、この奥歯になんか引っかかったような物言いは。

 私は取りあえず会社でいつも使ってる会議用のアプリをノートPCで開いた。そこには既にマネちゃんから招待状が届いていた。

 用意周到さ。嫌な予感がする。長くなりそうなので兄さんがゼスチャーで部屋を出るって感じの合図をくれたが、私は「いて欲しい」と小声で言った。


『誰にいて欲しいんですか?』

 あ……なるほど、こっち系のお叱りか。

 ん……でもなぁ、実のところ私たちVチューバーは身をさらして活動してる訳じゃない。そもそも清純派アイドルでもないので、異性との交遊関係はSNSなんかで、呟かない限り黙認されてる。

 あくまでも黙認で、公認ではないけど。


 でもなぁ、セントラルライブ所属の娘で元カレとかの話をバンバンしてる娘いるんだけどなぁ。私って~売れっ子だからか?(笑) もう照れちゃう。そんな妄想をしてると正直者の兄さんに先を越された。

「あの……なにかご迷惑をおかけしましたか」

 兄さん、ゲロするの速いって! 

 秒速でゲロしてたらこの世界やってけないよ? 

 しら切ってなんぼの業界なんだけど。仕方ない、ここは私が矢面に立つか。


 ***

『そうですか、そうとは知らずお礼が遅れました』

 画面のマネちゃんが深々と頭を下げる。

 マネちゃんとはいえ、敏腕系マネージャーなので彼女も露出がある。周年やらイベントやらの司会で。なのでマネちゃんもアバターを持っていた。

 そのアバターが深々と頭を下げたのだ。

 私はつまんで昨日、実家をつまみ出されるところから、生配信に穴をあけそうで放浪していたこと。兄さんにけがをさせてしまったこと。兄さんのご厚意で配信を無事終えたことを話した。


『そうですか。この度、うちのショコランティーナの生配信が無事に済んだのは――えっと、失礼ですが……』

「紹介するね、兄さんです」

「えっ、いや俺は……」

『それで通すつもりなんですか、ショコランティーナさん? 一応マッハでアーカイブ見ましたから事情は掴めてますけど』

「通すもなにも、事実だし~~むしろマネちゃんなに言ってるかショコランティーナわかんない~~」


 図太くなきゃこの世界、このVという大海原渡って行けんぜ~! 

 私はピュ~~ッと口笛を吹いた。

『わかりました、ひとまずそので行きましょう。その私も兄さんってお呼びしても?』

「えっと、俺は、いや僕は構いませんけど」

 おっ、兄さんの1人称が『僕』に変わった。外向けには『僕』なのか。いやぁ、これは萌えポイントですよ~~

『では、兄さん。その生配信の件。改めてありがとうございました。おかげさまで、無事配信出来ました。あと、泊めて頂いたようで、ご迷惑お掛けしませんでしたか?』

「はい、えっと、部屋はその……」

『はい、そのセンで行くので、とりあえずはソコは後ほど。ただ、問題が生じました。先程から、その盛大に。実はその件でご連絡してるわけです』

 燃えてますって、私もさっきから兄さんの『僕』に萌えてますけど、えっと萌え違いか? 何が燃えてるの?


 ***作者より***

 ここまで読み進めていただきありがとうございます。

 ようやく15話となりました。残り約30話お付き合い頂ければ幸いです。

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