第14話 運命変えちゃうブランチ。

 □◇ランチタイム◇□

「兄さん、お疲れ様〜ごめんなさいね、なんかママの無理に付き合わせちゃって。ママ我儘わがまま言ってない? ママだけに(笑)」

 振り返るとそこにはたわわなエプロン姿のショコがいた。

 エプロンは一応俺ので、あまり使うことがなかった。彼女が使うとまるで別物のように見えるから不思議だ。しかし、なんだこの破壊力……ちょっとした兵器じゃないか! いや、待てよ! 待てよ、俺! エプロンといえばアレじゃないのか、伝説の裸エプロン! そんな日が俺にも来るのだろうか⁉


「ショコショコ、一応聞くね。あなた、お昼ご飯なんて作ってないわよね? お願い噓だと言って‼」

 ひとり妄想で盛り上がっていたが、さざ波先生はそれどころじゃない。スピーカーから割れんばかりの声で叫ぶ。

「え? んんと、時間的にはブランチかな?」

「そんなカテゴリーどっちでもいいわ! つまりはあれね、あなた料理をわけね……禁忌きんきれたってことね」

 作っちゃった。

 そして軽い舌打ち。怪訝けげんな顔をしていると、さざ波先生は深いため息をつきながら頭を抱えた。


「なんかあったの?」

 わからないまま、ショコにたずねるが彼女は肩をすくめる。

 表情からして先生が何を言おうとしてるか、まったくわかってないようだ。

「それより、兄さん。お腹空いたでしょ? ワケわかんないママなんて放っといて食べません? えっと冷蔵庫にあるもので作ったから、簡単なものしか作れなかったけど……」

「なんか気使ってもらって悪いなぁ」

「なに言ってるんです。きのうあんなに助けてもらったのに、せめてものお礼です」

 どこかから台パンの音がした。

 さざ波先生以外にいない。何にかはわからないが、イラついてるようだ。


「あの、盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちょっと待ってショコショコ、なんで料理からが立ってるの? なんか禍々まがまがしい煙出てない?」

「紫色の煙? 湯気じゃないかなぁ。えっとこれは紫芋だと思う、たぶん」

「兄さん、あなた一人暮らしの冷蔵庫に紫芋とかあるの?」

「紫芋ですか? いえ、そんなのあってもどう調理していいか分からないし……うちにはないですよ」


 再び重いため息をついて、さざ波先生はモニターにぐっと寄る。

「ショコショコ。自分で料理したんでしょ! 紫芋入れたかどうかぐらい覚えてなさい! あのね、悪いことは言わないわ、兄さん。、その料理は食べないこと! リアルに救援隊がいるわよ! 兄さん、お願い! 生きて‼」

「ママひどい〜~そこまで言ったら冗談で済まないよ?」

「冗談で言ってない! あなたね、この間のコラボ企画。料理対決で付けられた二つ名忘れたの?『』でしょ! あなたくらいよ、冷蔵庫の食材で、普通に死人を出せるのは」

 さざ波先生も死人なんて大袈裟な。

 イラストレーターとはいえ、やっぱりVチューバーやってるから話を盛る傾向にあるんだろ、きっと。


「兄さん、ショコランティーナ特製カレーです、見た目はだけど、味で勝負です! 味自慢〜~隠し味はわ・た・し! なんちゃって!(笑)」

 にっこりと笑う。

 屈託くったくのない笑顔とはこういう笑顔をいうのだろう。

 確かに本人が言うだけあって、見た目はちょっとグチャっとしてるけど、カレーってそういうもんだろ。

 それにこんな短時間でカレーを用意してくれるなんて、意外と料理上手なのかも知れない。意外は失礼か。チャンネル登録200万もいて料理までテキパキこなすなんてすご過ぎだ。


「ちょ! 待って! ショコショコ、なにそのとした茶色の塊! あなた、もしかしてカレールー解けてないんじゃないの?」

「ママ〜失礼にも程があるよ~~ちゃんと溶かしてますって。この茶色いのはチョコレート。ママ知らないの? カレーの隠し味にはチョコレート使うのよ?」

「いや、待って! 仮に隠し味に使うならせめて、! ゴロゴロ入ってるじゃない! 隠しきれてないじゃない! それむしろトッピング! もはやルーより入ってる勢いじゃない! どんだけ甘党!」

 ショコと俺は向かい合って首を傾げる。


「ショコ。先生って意外に細かいのな」

「うん、なんていうの、こういうの『重箱じゅうばこすみをつつく』っていうと思うの!」

「だ〜っ! 全然、隅じゃないでしょ! お皿の中央にチョコレートが陣取ってるじゃない!」

「ママ、お言葉を返すようですけど、お皿の中央はデザートのプリンですけど、よく見てよ、ホント。あきれちゃう」 

「いや、これだけのことしてよく呆れられるわ! 紫色の禍々しい煙でよく見えないんだけど……なんで、デザートのプリンをカレーの中心にトッピングした? あなたのアバターの頭にもプリン乗っけた絵にしてやろうか? そういう薄い本売るぞ?」


 悪態をつくさざ波先生にショコは、やれやれみたいな顔をする。

 わかり合うのをあきらめたのか「兄さん、冷めないうちにどーぞ」とすすめられた。

 朝から何も食べてない。いい感じにお腹が空いていた。

 カレーのスパイスの香りが食欲を刺激する。スプーンを持つ俺に先生は何か叫んだが、俺はひとくち口に運ぶ。


「兄さん、どうかなぁ? 冷めてない?」

「いや、めてるかどうかは今は問題じゃないでしょ、っか冷めると言うのなら、ここは『目をませ』でしょ? 兄さん、意識ある? 救急車呼ばなくていい? ちゃんと呼吸出来てる?」

 呼吸ってホント大袈裟だなぁ……


「ショコ、これってさぁ」

「うん……どう?」

「ん……隠し味のチョコレートって、もしかして、ショコラとチョコを掛けてたり? お前の名前的なところと?」

「さっすが! 兄さん! わかってる! ねぇ、ママすごくない?」


「いや、凄いちゅーたら凄いよ。あなたの料理口にしてまだ軽口を叩けるんだから」

「もう、ママったら、兄さんどう?」

「うん、えっと、チョコレートがゴツゴツしてるかと思ってたけど、カレーの熱で表面が溶けてて滑らかな舌触りで、正直言って食が進む」

「はぁ⁉ 正気なの、兄さん! 無理して好かれようとしてない? この間のコラボ企画の時、阿鼻叫喚あびきょうかんの騒ぎで、心肺停止が出たとか出ないとか……兄さん、言ってごらん、無理しなくていいのよ?」


「無理と言われても、普通にうまいし……確かにプリンが中央なのはデザートの立ち位置としては食べにくいかなぁ、ショコ。次からは端のほうに頼めるか?」

「あっ、それもそうね! 見た目バエを重視しすぎて、食べる兄さんの気持を考えてなかった。反省反省〜」

「いや、見た目バエ重視でこれなの? あとね、他に反省することあるでしょ、ってホントに兄さん平気なの?」

 そんな眉間にシワを寄せられても困る。


 確かにカレーとデザートのワンプレートは斬新ざんしんではあるけど、そんな救急車がどうとかと言うほどのものではない。

 やっぱりVチューバーは話を盛りすぎなんだろうと思った。

 まぁ、これくらいじゃないと一人で何時間も話できないか。そう思った矢先、さざ波先生はポンと手を打つ。


「兄さんって実はなんじゃない? そうよ、きっと! いやもうこれはバカ舌というより暴食の域ね。つまり『暴食』と『料理界のマッドサイエンティスト』って……もしかして謎の運命ディスティニー⁉」

 先生は口元を押さえてワナワナ震えた。











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