第13話 逃げて!

 □◇救助隊◇□

 俺は自分のPCがある自室に戻った。

 ショコに今から何時間か掛かるかもと言うと「ぶうぶう」と抗議されたが「頭撫で撫でで許す!」と言われた。ある意味エコな子だ。

 言われるままに頭を撫でるとショコは目を細めた。何か猫っぽい。

 その表情がVの来栖・ショコランティーナにそっくりだった。ちゃんと本物をモデルにしてるんだ。こういうのは本当に役得というか……そういや、部分もちゃんと再現されてる。さざ波先生の緻密ちみつなお仕事に感謝!

 しかし、なんでこんなかわいい娘に懐かれてるんだか。いや、調子に乗って勘違いしないようにしないと。

 そもそも住んでる世界が違う。ショコはチャンネル登録者数200万人越えの人気Vチューバー。

 単に一晩同じ屋根の下で暮らしただけ。居間を出ようとした俺をショコが呼び止める。

「兄さん、その洗濯機使わせてもらっていい? その……下着とか洗いたいかなって。ダメ?」

「ダメじゃないけど、その……」

「あっ、根本的に居ちゃダメか」

 寂しそうな表情。

 なんか胸の辺りがざわつく。

 なんだろう、この身に覚えのない感覚は。いつもは、そう、いつもはこういう時曖昧な対応をして生きてきた。あの事があって以来は更にそうするようになった。

 それが傷つかないで傷つけないで済む俺なりのソーシャルディスタンスなんだけど……それ、何が楽しいんだ? 俺のつまらないこだわりじゃないのか? 過去から逃げてるだけじゃないか。そんなつまらない過去へのこだわりとか、わだかまりにショコを巻き込むのは、違う。全然違う。


「別にそういうんじゃ」

 そう言いかけて、言葉を飲んだ。そんな言葉で、そんな曖昧な言葉でこの胸のざわつく気持を表現出来るんだろうか。

 また、傷つかず傷つけないだけの人生を送るのだろうか。

 それも悪くない。だけど……伝わらないような言葉を伝えて何になる? 目の前の女の子を混乱させるだけ。それはまるで迷いの森に誘い込むようなものだ。


「その、居てくれると」

「うん」

「楽しかったり、うれしかったりする」

「もし、居なくなったら?」

「あぁ…なんだろ。恥ずかしいけど――」

「言って。聞きたいです」

「さみしいだろうね、きっと。いや絶対に」


「そうなんだ」

 真っ直ぐ一直線に見つめ返すその透き通った瞳が。出会って間のないあどけなさの残る表情がたまらなくて、守りたい――そんな気持ちにさせる。いやさせてくれる。

「うん」

「えっと、そのね。私もですよ、兄さん。だから――」

「――だから?」


「ママのこと! あの人すっごく魅力的でしょ? 女の私もそう思うもの! 話は楽しいし、明るいし! だからね、なんか、なんです! 使い方正しくないかもだけど、寝取られそうで嫌なんです!」

 しんみりした感じから最終駄々っ子みたいになった。

 あれ、この娘って居てくれるんだって思える。安心をくれる。笑顔をくれる。笑顔にしてくれる。

 だから俺は手を伸ばしショコの頭をポンポンして「約束する」って言うと「ホントに?」とジト目で見られた。

 さすが芸達者だ。

 なんかほっとした。俺は彼女のことをあまりにも知らない。彼女にとってもそうだろう。

 1度この家を出たら2度と出会うことなんてない。知ってることといったら、彼女の名前くらい。

 来栖彩羽いろは。人気Vチューバー来栖・ショコランティーナ第一皇女の中の人。

 セーラー服を戦闘服と呼び、女子高生みたいだけど、実はギリ成人してる。内緒だけど。頭を撫でられるのが好きで、古民家好き。得意技はジト目。

 これから彼女のいくつもの好きを知っていくことになるのだろうか。その内のひとつになれたら、なんて高望みをしてしまうほどに、彼女の側は落ち着く。


 ***

「兄さん、あのですね、そんなにパーティランクあるのになんでまだ地下2階層を彷徨さまよってるんですか? これちょっとした引きこもりですよ(笑)」

 先生こと、さざ波小陽さんの全滅したパーティを救出すべく、イラストレーターのさざ波先生と協力プレーをすることになって、すぐにディスられた。

 確かにそうなんだけど……


「えっと、慎重派なんです」

 苦し紛れにごまかすが、違う切り返しがくる。

「そんな奥手じゃ、ショコショコ誰かに取られちゃっても知りませんよ〜」

 うっ、いや別に俺のじゃないし、いやその、だからっていいってわけでもないんだけど、ここは冷静に返さないと。

「先生。ショコは妹ですよ」

「あら、継承するんだ。面倒じゃない?」


「設定とかじゃ――」

「ふうん。きのう生配信でショコショコ言ってたけど、兄さんはなんで先妻の子だから皇位継承権がないの?」

 声の感じからして、少し意地悪をしてきている。試されてる。

 言葉に詰まったら「設定理解甘いわねぇ」とか言われかねない。


「本妻の子じゃないんです、俺。ショコたちと違って。それを言いにくいからショコは曖昧に言ったんだと思います。母が他界した今となっては扱いずらい存在なんです俺は」

 さざ波先生のイラストと共にケタケタとした笑い声。

「兄さん、すごいね~ショコショコの設定を継承して、かつ発展させたの? 兄さんやり手ね、兄妹愛ってところかしら。まぁ、私的には満足のいく返事ね~~私機転が利いて頭いい人好きよ?」


 そんな会話を交わしながら俺たちは『ダンブレ』を進める。

 さざ波先生は地下5階層まで到達済なので、案内は先生におまかせ。

 攻撃や防御は俺のパーティが担当した。比較的浅い層はサブのパーティで戦い、地下4階層を越えた辺りからメインパーティを前衛にした。

 先生のパーティは回復呪文と回復関係の薬の運搬を頼んだ。そう割り切ってしまえば、逆に余裕があった。

 先生のパーティは後衛の中盤なのでバックアタックを受けることはないし、先生は地下5階層までの経験があるので最短距離で踏破とうは出来た。

『ダンブレ』の地下4階層には、宿泊施設と道具屋があった。


 ここでひと休みし、消耗品を補給。

 先生がここの事を知っていたので、遠慮なく回復薬を使ってくれてたこともあり、ビックリするほど簡単に地下4階層まで到達した。

 とはいえ、リアルには数時間ゲームをプレーしてるわけで、俺も先生も少し疲れていたので、休憩を兼ねて雑談を始めた。

 そんな時先生がふとあることを言った。


「ねぇ、兄さん。ショコショコ静かだけど、寝ちゃってるの? あの娘、私のこと警戒してるでしょ? その割に静かだし……」

「えっと、洗濯してますよ、自分の下着洗うって」

「洗濯長くない? 川に洗濯にってワケじゃないでしょ? いやあの子なら桃拾ってくるかもね(笑)」

 あっ、そういえばお昼作るから冷蔵庫の物使っていいかって、ショコに聞かれた。

 女の子の手料理。なんか、感無量だ。ショコのエプロン姿。やっぱしたわわなエプロンが完成するんだろうなぁ。ゲームなんてしてていいのか。料理の事を言うと先生はなぜか言葉を失った。


「兄さん! ダメよ! 早く逃げて!」

「逃げるって?」

「いいから! !」

 物騒なことを言う先生の言葉とほぼ同時に部屋のドアがノックされた。

 そのノックの音を聞いてか、さざ波先生のアバターは軽く天を仰いだ。そして俺が目にしたのは――たわわなエプロン姿だった! 我が人生にいなし……


 ***作者より***

 ここまで読み進めていただき、ありがとうございます。

 毎度毎度公開前に最終確認を兼ねて加筆をするのですが、500~800文字ほど書き加えています。

 美容師さんの最終確認に少しハサミを入れるだけなのを少しは見習わないと。反省してます。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


 ***感謝***

 先日今作初のレビューを頂きました。

 久しぶりに頂いたレビューに子供のように感情が震えました。

 応援いただき感謝です。楽しんで頂けるよう頑張ります。

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