第10話 毒を食らわば皿までも。
◇兄さん目線◇
「私、えっと改めて自己紹介しますね。Vチューバー事務所『セントラルライブ』所属2期生。
俺の家の3人掛けのソファーの両端に座り、お互いに頭を下げる。
しかし『セントラルライブ』っていったら俺でも知ってるくらいの大手事務所だ。今更ながら緊張してきた。
俺はその事を素直に言葉にすると「なんでなんです~もう~」と笑い飛ばされた。それはさておき、今度は俺の番だ。
「えっと、俺は立花優です。その、会社務めです。独身でひとり暮らしです」
「知ってます(笑)兄さん『優さん』って名前なんですね、名は体を表すの代表ですね、ホントに今日は色々ありがとうございました。よくこんな訳の分からないヤツ信用してくれましたね(笑)」
「訳わかんなくはないけど、その……今考えたら来栖さんもよく俺なんか信用して家まで来ましたね、疲れたサラリーマンって感じでしょ?」
「それは否定しませんけど(笑)あっ、でも『来栖さん』はナシです。距離感じます! 今日知り合ったばかりってのもナシ! もうきのうだし!」
元気いいな。
今着てるのは俺のジャージなんだけどセーラー服のイメージ。だからなんかこういう元気が似合ってると思う。元気が似合うのだが――生配信を終えても彼女のたわわな部分も元気だ。しかし、あれだ。ジャージを着ててもその……わかるって、どんだけ~~って感じ。いかん、平常心平常心。
それにしても初めの印象と今の印象はそんなに変わらない。だけど、高校生じゃないってことなら、それなりに接しないと失礼なのかなぁ。例えば呼び方とか。苗字呼びを封印された以上、
「ちな彩羽さんもナシ! もちろん身バレが怖いのでショコランティーナさんもダメ! となると、わかりますよね? 兄さん?」
先に封じられた。仔猫のようないたずらっぽい目をしてる。しかもなんか振られてる。どうしていいか全然わからない。ここはボケろってことでいいよな?
「じゃあ、来栖?」
「なんでやねん! って兄さんって意外に面白いですね。優しいだけじゃないんだ~えっとですね、私『ちゃん付け』って苦手です(笑)でも、うんホントは『
「そうなんだ『さん』も『ちゃん』もダメとなると、愛称ってことになるけど……」
「愛称! なんか響きいいです!」
嬉々として期待した目で俺を見てくれるのはいいが、なかなかいいのが思いつかない。イロとか、いろっち、イロリーナとか。
「あの、一周回って何なんだけど『ショコ』ってのはどう? 呼ばれてる?」
「あっ、意外にそれないですね。いいかもです、逆に『兄妹』の世界観出てて。じゃあ私は『兄さん』とか時々『優さん』とか呼びたいです、いいですか?」
この歳になるまで下の名前を異性に呼ばれたことがあまりない。いやなくはないけど、それは少しチクリとした思い出のある幼馴染だけで。でもその痛みも記憶。
彼女といたら――ってまだ数時間だけど、本当にくすぐったいことばかりだ。くすぐったいついでに言ってみようか。
「じゃあ、俺もそのたまに『彩羽』って呼ぶかも。生意気にも(笑)」
「生意気ってなんです? もう面白いんだから(笑)」
期せずして、イチャラブ感出てないか? 気のせい?
それから俺たちはいくつかの話をした。
ほとんどが彼女――ショコの話なんだけど。お互い明日が休みなのを確認して、夜更かしをすることにした。
たぶん彼女が一番気にしてる『居場所』の話から。
「その、ショコの現状から教えて欲しいんだけど。兄妹喧嘩して出てきた感じみたいだけど、その帰れる見込みあるの? 誤解しないでほしいんだけど、帰ってって話じゃないからね。それと、いくらギリ成人してるからって、どこにいるかくらい連絡しなきゃだと思う。偉そうなこと言うけど」
説教がしたいワケじゃないのに、説教っぽい。
こういうのは苦手だ。考えてみたら、こういうの今まで避けてきた。そりゃ会社の後輩女子にもなめられるか。
なんで今回だけ避けないのか我ながら不思議だ。
「えっと、現状ですね、現状。うん、えっときっかけはそうです兄妹喧嘩が原因なんです。でも――」
「でも?」
なにか言いにくそうなので相槌を打つ。
そして考えがまとまるまで待つことにした。時間ならいくらでもある。明日は休みなんだ。
「えっと、兄さんに何ていうか出会うまで。えっとこの場合の『兄さん』は『優さん』のことですよ? その、なんていうか自己中だったのかもって」
「自己中? ショコが? なんで?」
「えっと、確かに兄貴がキレて追い出されたまでは、そうなんです。夜の配信が多いし、その後も意外に仕事って多いんです。それを夜中してたりで。家族からしたら、たまったもんじゃないですね、実際兄貴が怒ったのは自分が寝れないからだけじゃなくて、お母さんが不眠症なんです。でも、お母さん優しくて私のこと応援してくれてて。甘えてばっかで。たぶんですけど、いや実際のところ兄貴は心ミジンコなんで、本当にお母さんのこと考えてキレたかは、
しょんぼりと肩を落とした。帰りたい。
帰る権利もあるけど、帰っていいのかわからない。そんな感じか。
そして思い詰めた顔で口を開く。まるでいたずらを父親に告白する幼子みたいに。自宅に帰るのか、もしくはどこか部屋を借りるのはハッキリするまでなら居てもいい。そんなことを思い始めていたのだが――
「ごめんなさい。その……私、来月МV出すんです。ミュージックビデオ。その知ってます?『歌ってみた』っていうの」
『歌ってみた』っていうのは、いわゆるカバー曲のことだろう。Vチューバーの方がそういうのをしてるってことは知っていたけど、残念ながら俺はオリジナル派だ。
「知ってるけど、あんまり聴いたことないかも。ごめんね」
「いいえ、そんな。えっと、私ですね歌を頑張りたいんです。それで今度の『歌ってみた』のMV相当力入れてまして。知ってます? Vチューバーって事務所に所属してても基本個人事業主なんです。配信では『お給料』とか言いますけど。つまり――」
ん……なんか雲行き怪しくないか?
「まさか、経費は?」
嫌な汗が背中を流れる。
「はははっ、お察しの通り丸かぶりです!」
かわいい顔してるけど、これって笑って誤魔化してないか? でも一応……
「えっと、ごめんね、踏み込むけど」
「じゃんじゃん、踏み込んでください!」
なんだろ、この胸騒ぎは。
確かに今すぐ帰れとは言わないよ、みたいな話をするつもりではあったのだけど、その次元じゃない気がしてならない。
「МVに力入れたってことは、それって頑張ったってことだと思うんだけど、経費も頑張ったって話なの? まさか」
「はい。えっと、正確には今月分のお給料は吹っ飛びます。なんなら来月分も怪しい感じ?」
マジか。もしかしてこの子計画性とかゼロな子なの?
俺はうまく言葉を探せないでいるとショコは自虐的な笑顔で言った。
「兄さん、ドンマイ! 私にはクレカがついてます!」
「ドンマイ、お前な? クレカって、ご利用は計画的に‼」
『てへ』みたいな顔するショコと奇妙な同居生活が始まるのは、火を見るよりも明らかだった。
そして申し訳なく思ったのか彼女は続けた。
「兄さん、毒を食らわば皿までというじゃないですか」
「それ励ましてるつもりなの?」
呆れた俺の顔を見てショコは大爆笑をした。
笑う門には福来るっていうし、まぁいいか。いや、いいのか、俺?
***作者より***
ここまで読み進めていただきありがとうございます。
楽しんで頂けるよう日々精進してます。
さて、ウェブ作家にとって☆評価は気持ち的にはスパチャにあたります。
レビューはまさに赤スパに該当します「おもしろかった」みたいな簡単なレビュー大歓迎です。よろしければひと肌脱いで頂ければ大興奮です。
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