第6話 運命のカウントダウン。

 ◇ショコランティーナ目線◇

 お兄さんの部屋を見ていた。

 ベットの奥の細長い机には結構高価なゲーミングPCが置いてあった。しかも、モニターが2枚もあって、本格的なゲーマーのようだ。


「あれ? このマウスパット……!」

 ヤバい!! ヤバい!! ヤバい!! このマウスパッド! セントラルライブ公式で販売された『夏限定! ショコランティーナのおかげサマー触れるマウスパッド』だ〜〜〜〜!! 

 私なんて商品にゴーサイン出しちゃったんだ! お、お兄さんたら、このマウスで私のあんなとこやこんなとこをグリグリとクリックして……どえっちさんだ!

 しかし公式! これ商品化してよかったのか? 私水着着てるけど基本、肩紐両方はたけてるし、両手でポロリ押さえてるし、これ水着着てることになるの? 完全手ブラじゃない、これ?

 付け加えるならビキニパンツの紐! 座った構図とはいえ、ご丁寧に片方ほどけてます……我ながらえっちだ。実写でこれやったら、恥ずかし過ぎてたぶんあの世に旅立てる。


 現在思考能力大混乱な私。

 机の上にあるデジタル表示の時計を見て正気に戻った。

 忘れてた! 生配信! 古民家ツアーしてる場合か、私!『夏限定! ショコランティーナのおかげサマー触れるマウスパッド』なんてどうでもいい! 

 おかげさまで完売御礼! 感謝の増販中! いやいいわそんなん!


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! 生配信に穴をあけるぅ〜〜! ってか、いままさに現在進行系で穴をあけつつあるぅ〜〜! 

 もう、今からネット環境のある場所を探すのは無理! 

 ここはお兄さんにすがるしかない! ケガさせといてなんだけど、もうお兄さんに断られたら、手がない! ある意味手ブラだ! ぷっ! 笑ってる場合じゃない!

 告知して生配信すっぽかすなんて、絶対ダメだ! 事務所に怒られる。

 うちの事務所は超が付くほどの大手。生配信遅刻なんてネタにはなるけど、すっぽかすなんて、論外。

 私は恐る恐るスマホの画面を開くと……待機人数2806人!? みんな暇なの? いや私、言い方! だけど記録更新じゃ〜! ニヤリ。って、喜んでばかりはいられない! 

 即ダッシュでお兄さんにフライング土下座しよう!

 それしかない、それしかないのだけど、なんかお兄さんの雰囲気がおかしい。青い顔して正座してる。

 スネ腫れてるのに正座って、ヤバいだろ。痛いだろう。なんで刑法のネット情報なんて見てんだろ。18歳以下の未成年? 

 あっ、これだ!


「えっと、のことですよね」

 私は自分の服を――セーラー服を指先でつまんでお兄さんに見せた。

 お兄さんはカクカクと震えるように頷く。

 やっぱそうだ。そりゃ、これ着てたらどう見ても未成年に見えるなぁ。

 永遠の17歳って設定――いや、正確にはこちらの世界と私が住む世界では時の流れが違うくて――って、そんなの今はええって! 


 確かにお兄さんの立場からしたら、ケガさせられた上に誤解で懲役7年は重い。

 そりゃビビるでしょ。ここはまず、お兄さんの誤解を解かないと。

 んん……アレしかないか。私はリュックをまさぐり、サイフを取り出した。そして免許証をお兄さんに差し出す。


「えっと、なに?」

「免許証です。あの、一応お願いしたいのですけど、身バレとかホントにマズいんで――って聞いてます?」

 受け取った免許証を見ながらしばらく青い顔をしていたけど、ある事に気付いて指折り数えだした。

 それから「あれ? えっ? おかしいなぁ」と独り言。お兄さんの首がねじ切れそうなくらい傾げていたので、付け加えた。


「ちなみに偽造とかじゃないです。正真正銘私の免許証です」

「えっと、でもそれじゃあ、成人してない?」

「ギリしてますよ、大きな声では言えないですけど、これですよね」

「うん」

 指先でセーラー服をちょんちょんと揺らすと、お兄さんは子供のように頷いた。

 どうしよう、言うしかないよなぁ、正直絶対にマズい。

 今日会ったばっかの人に、洗いざらい言うなんて、どうかしてるぜってやつだけど、家出少女と間違われて通報されたら、警察から生配信なんてシャレにならない。半端なくウケるだろうけど。

「このセーラー服はその、いわゆる戦闘服みたいなものです」

「戦闘服? 戦闘するの?」

 ん~~違う、違う、違う、違う! なんか、変! 説明下手なの私? しゃあない、ええい、出たとこ勝負だ!

「えっと、何ていうか……永遠の17歳っていうか、こっちの世界と私の住んでる世界だと時間の概念が違うというか――ってか、わかんないですよね? そんなこといきなり言われても、コイツ頭なのかなぁになりますよね!」

「ごめん、なんか理解が全然追いついてない。その……君はつまりは高校生ではないってのは間違いなくて、セーラー服は何ていうか……趣味で着てるってことなのかな?」

 しゅ、趣味とか言わないで! アイデンティティだから! つまりアイデンティティとは自己同一性――アイデンティティの意味は聞かれてない? そうなんだ、残念。


 ここは、我慢。自分の存在意義は一旦置こう。ここでセーラー服の堕天使なんて新要素ぶち込んだら、まとまる話もまとまらない。自分で言っておきながらなんで堕天使がセーラー服着てんの? 変でしょ、普通に。

 いや、もとい! せっかくお兄さんも頑張って理解してくれようとしてるんだから、歩み寄らないと。そうだ、うん、もういい。全部言おう。


「お兄さん、そのVチューバーってご存知です?」

「えっと、動画でアバターみたいのが喋るやつ? ゲーム実況とか?」

「そう! それです! それで、内緒なんですけど、私Vチューバーでして、セントラルライブって聞いたことないですか? 結構大手なんですけど」

「名前だけなら。えっとコンビニとかでよくコラボしてるヤツですよね?」

 あっ、ラッキー! 意外と知ってくれてる! 

 興味ない人はまったく興味ない世界だもんなぁ。

 あっ、お兄さんゲームとか好きみたいだから、少しくらいは見聞きする機会もあるか。よし、ここはあと少しだ。もう、出し惜しみしてる時間じゃない!


「お兄さん、スマホ貸してくれませんか?」

「スマホ? いいけど」

 手渡されたスマホ。世界的な動画サイト『アイチューブ』のアプリをタップし、わたくしこと『ショコランティーナ』を検索して、お兄さんに見せる。

「えっと……ショコラ国第一皇女ショコランティーナ?」

「はい。セントラルライブ所属ショコランティーナ第一皇女とは私のことです! ちなみに中の人って話ですけど、何かご質問あります?」

 そう言ってあることを思い出した。お兄さんのマウスパット。

 そう。セントラルライブ公式『夏限定! ショコランティーナのおかげサマー触れるマウスパッド』だ。これが一番説得力がある。

 これ通販でしか手に入らないものだ。つまりお兄さんが通販で購入したってこと。私は自身が描かれたマウスパッドを手に取り言った。

「お兄さん、あのこれモデル私なんです」


「えっ?」

「だからですね、この『夏限定! ショコランティーナのおかげサマー触れるマウスパッド』私モデル! お兄さんが日々私のあんなトコやこんなトコ、マウスでクリックしちゃってますよね! 私なんです! これ」

「ほ、ホントだ。なんか……ごめん」

 謝られた。お兄さんはマウスパッドと私を見比べて――

「お兄さん!! ど、ど、どこ見てます⁉ いま! 見比べないでください、! あわわわっ! お兄さん! 私です、こっち私! 私の胸にマウス当てようとしないで! こっち実物です! お兄さんのどえっち!」


 お兄さんは首を放心状態で傾げながら、私の1つの動画を再生した。

 すると少しして「あっ……」と小さい声を上げた。どうやら声でわかったらしい。

 案外耳がいい。リアルの友達でも気付いてない子は多い。

 そしてお兄さんは理解したのか、いくつかの動画をスクロールするうちに今夜の生配信画面を見つけて、私を見た。


「21時に生配信なの?」

「はい」

「生配信って、実は録り置きとかだったり?」

「全然です。リアルに生で配信します」


「それって、普通に考えてヤバくない?」

「手汗ダクダクになるくらいヤバい状況でして」

 それを聞いたお兄さんは私の手を引いて、走り出した。

 小脇には私のA社のノートPC。向かった先はお兄さんの部屋だった。運命のカウントダウンが始まった。


 ***作者より***

 今回も公開前に加筆しちゃいました。なので長文です。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。




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