第5話 これで懲役7年は重すぎる。

 ◇お兄さん目線◇

「えっと……どうしたのさっきから?」

 古民家マニアと自称する――もとい、ちょっと発育のよすぎる女子高生を案内して回ってるのだけど、なんか様子が変だ。


 様子が変。

 微妙に距離が近い。なんかいい匂いがする。髪の毛。ほわっとした栗色の髪。髪先がちょっと触れる。柔らかい感触。いや、様子が変なのは俺か? なに、じょ女子高生相手に緊張してんだ! そうじゃない! 様子だ様子! 彼女の様子!

 さっきから彼女が見てるのは台所の棚だったり、洗面所の歯ブラシ置き場だったり、トイレの隅っこだったりだ。

 風呂場に至っては俺のシャンプーのボトルをしげしげと見つめて「白だ」と呟いた。あきらかに青色のボトルなんだけど……ちょっとわけがわからない。

 しかし知り合ったばかりの子と自分の家の風呂場に入るのはなんか……いや、もちろん服は着てる。着てるんだけど、それはそれでなんかエロい。服を着ての風呂場はとてつもなく、エロい。


 あぁ……エロい言っちゃった。しかも連呼した。ここは平常心。しかし彼女は至って普通の表情というか反応。

 まぁ、そんなもんか。独身男性の生態に興味があるのかも知れない。これは俺の妄想乙ということか。

 見られて困るものは別にない。少し所によってはホコリを被ってるくらいだ。物が少ない分片付けも出来てる方だと自負してる。


「よかった〜」

「何が?」

 いや、俺もそれなりに――よかったです、妄想。

「いえ、なんでもないです! お気になさらずに!」

 何がよかったのかさっぱり見当もつかない。同じように俺のよかったも彼女にはまったく見当がつかないだろう。まぁ、彼女のお目当てにかなう古民家だったなら、それはそれでいい。俺は平常心をキープすれば大丈夫。きっと大丈夫、俺なら大丈夫なはず。ん……最終的に祈りみたいになったけど。

 一応一通り案内を終えた俺は彼女と居間に戻ろうとすると、ちょんちょんと背中をつつかれた。そのちょっとした接触にドキッとする。


「お兄さん、その……この廊下の先は?」

 彼女に背中をつつかれ、足を止める。

「この先は俺の部屋だけど。何にもないよ、ベッドとかゲーム用のPC置いてるだけで。見てもそんなに楽しいわけじゃないけど」

「もしかして、エッチな物品を隠し持ってるとかですか? 例えば薄い本とか」

 きれいなアゴに手を添えて、まるで名探偵のように俺を見る。

 薄い本。それは押入れの奥底に隠してある。

 一人暮らしとはいえ年の離れた妹がいる。お兄ちゃんとしてはその辺の抜き打ち検査に対応済だ。抜かりはない。ここまで守り抜いた聖人のようなお兄ちゃん印象。へまをするわけないだろ。 

 そんなわけでエッチな物品は()ない。そういうのは押し入れの奥底にある。


 それに別に所有しなくてもネットで見れる時代。所有してるけど(笑)

 しいて言うなら、見える範囲にちょっとグレーゾーンなマウスパッドはある。いや、グレーゾーンなだけでアウトではない。だけど。そのキャラがこの子に似てなくもない。似てるキャラのたわわは残念ながらポロリ寸前の構図。

 それはさて置き寝室に会ったばかりの女子高生を連れ込むなんて、社会的に抹殺されるようなことはしたくない。なにより妹の芽衣ちゃんのイメージを損なうワケにはいかない。とは言え、やっぱりマウスパッドに描かれた巨乳キャラが気になる。

 どうしようか。うん、そうだ。一緒に入らなければいいだけだ。たわわなマウスパットはきっとマウスがなんとか隠してくれるはず! 頑張れ俺のロジマウス!

「別にそういうのはないけど、俺は居間で待ってるから。照明のスイッチはドアを開けてすぐにあるよ」


 俺は後ろ手に手を振った。マウスパッドを見られないように祈りを捧げながら。

 いくらパパ活しそうにない女子だとしても、やっぱり寝室に二人で入るのは不自然。あと芽衣ちゃんのクール系ジト目が怖い。

 変に下心があるなんて誤解されてもつまらないので、いや誤解じゃないかもだけど……居間に戻りソファーに腰掛けながら、彼女に貼ってもらったシップを見る。

 そもそも。下心はあるかないかが問題ではない、下心とはそこに芽生えるのだ。そう……たわわあるところ、下心もまたしかり。たわわとは下心とみつけたり。なんか武士道みたくなったが、かっこいいからよし。


 それにしても、こんなふうに誰かにお世話をされたのは何年ぶりだろう。不意に幼馴染とのチクリとした痛みの記憶を思い出す。

 もう昔のことだ。

 俺はポケットからスマホを取り出し、時間を見る。20時40分。そろそろ帰ってもらわないと家族が心配する頃だろう。あと理性が息切れする。21時以降の我が家へのたわわの持ち込みは固くお断りします。


 もし、遠いなら車で送っても構わない。

 ただ、少し今になって気になることがあった。彼女の荷物。

 パンパンになったリュックなんだけど、ボリュームの割に重たくなさそうだ。

 持っている感じからして、彼女が相当な力持ちでもない限り、教科書とかそういった重たいものが入ってるようには思えない。

 まさか……パパ活ではないにせよ、家出少女とかじゃないだろうな。

 これはこれで、まずいことになるかも知れない。


 でも、アレだなぁ「君、家出してきたの?」とは聞き辛い。第一聞いたとして、内容が内容だから素直に認めるとは思えない。

 どうしたもんかと、思案していたところ、廊下の先からてってってと足音が聞こえた。小走りで戻ってきたようだ。

「お兄さん! つかぬ事をおうかがいしますが、このお家ってネット環境ありますか?」


 息を弾ませて戻った女子高生。ついでながら彼女のたわわも存分にぷるんとした。わざとではないだろう。そしてなぜか彼女が開口一番聞いてきたのが、ネット環境だ。

 まぁ、近年リモートワークもあるし、ネットゲームもする。今やってるゲーム「ダンジョン・ブレイク」通称「ダンブレ」はオンラインで協力要素もある。

 他のゲームで協力プレーとかするので、ネット環境は欠かせない。

「あるけど」

「えっと、それって光です?」

「光回線だけど、なんで?」

 インターネット回線の勧誘とは、とても思えない。

 なので、我が家のネット環境が光回線なのかエアーなのかというのが、どういった意味を持つか、まったくわからない。


 アンケートとは思えない悲壮ひそう感がある。悲壮感は何となくわかるんだけど、腕組みして腕からあふれそうな胸には胸の悲壮感がある。そう思うのは俺だけだろうか。ごめん、俺ほぼ、たわわしか見てない。気を取り直して――

「あの、俺もつかぬ事をお伺いしていい?」

「えっと、なんでしょう。改まって」

「そのリュック。パンパンだけど重そうじゃないね」

「リュック? あっ、これはですねまくらが入ってます! 私、枕が変わると眠れないんですよ、それより――」

 枕――入ってます。入ってます。入ってます……ますますます……


 これが世に言う――枕営業と、いうヤツなのか……

 これがあの伝説の枕三部作――

『枕の数だけ恋がしたい』『枕がけるまで抱きしめて』『私を枕に連れてって』みたいなヤツか⁉ 

 いや、動転して俺なに言ってんだ⁉ 

 これ壮大そうだいんでないか? 俺終了のお知らせ?


「あの、どうしたの?」

「その……たいへん申し上げにくいのですが――」

 ヤバい。たわわな枕の件は一旦置こう。いや、一旦置いといていい? 言葉は丁重だけど、これ完璧な家出少女だ。助けるつもりで泊めてあげても、相手は未成年。

 確か犯罪だったような……こんなの想定したことないから、確信は持てないけど、可及かきゅう的速やかに警察に届け出ないといけない案件のハズ! 

 俺は彼女の言葉をさえぎってスマホで調べる。


「あの……お兄さん? どうかされましたか?」

「ちょっと待ってね……あった。えっとね、勘違いならごめんね。あの君ってもしかして家出?」

「家出? ん……家出といいますか、追い出されたっていうか……あの、聞いてください! 酷いんですよ、私兄貴がいるんですけど、うるさいから出てけって今朝追い出されまして――」


 あぁ……駄目なやつだ。駄目なたわわだった!

 マジでリアルな家出少女だ。グッバイたわわ。ここで変な情を掛けたら、警察のお世話になる。それだけは避けたい。芽衣ちゃんの手前、クール系ジト目妹の手前、この手の犯罪だけは避けたい。


「ごめん。えっとね、このネット情報によると――18歳以下の未成年を親の同意なしに泊めたりしたら『未成年者誘拐罪・未成年者略取罪(刑法224条)』により、3ヶ月以上7年以下の懲役刑に処すって」

 いや、未成年を守るってのはわかるけど、重すぎない? 

 いや、これくらいしないと、この手の犯罪は後をたたないのもわかる。


 刑を重くすることで、抑止力となるのだろうが、まったくそんな気もない俺――基本たわわをチラ見してるだけ! たわわにはドンタッチなのに、懲役7年?

 ここは帰ってもらいたい。必要とあれば家までのタクシー代くらいは出す。目先のたわわに懲役7年をくらうことを思えば安いもんだ。俺の背中に嫌な汗が流れた。


 ***作者より***

 公開前に加筆。つい長い回(文字数的に約2話分)になりました。ここまでお読みいただきありがとうございます。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る