第3話 古民家探索は楽し。

 ◇お兄さん目線◇

『その、見ますか?』

 思わず口にしてしまった言葉。

 大人びた言葉使い。少し大きめのリュック。胸には大事そうに抱えられたノートPCがその……えっと彼女のを圧迫する。これワザとじゃないよな? 何らかの演出なのか? もし演出なら……演出の効果は抜群――そうじゃない!

 いやそんなことは今はどうでもいい。

 その――じゃない! 女の子は「失礼します!」と元気な声を上げ、トントントンと我が家の廊下を跳ねるように奥に進む後ろ姿。

 その動きに合わせてスカートが揺れる。そうセーラー服のスカート。思い出したように振り返ると彼女のも揺れた。セーラー服の上からわかるって、どんだけ健やかなたわわをお持ちなのだろうか。いや、さっきからどこ見てんだ俺!

 冷静に考えて――いや、冷静に考えなくとも。マズいだろ、これ。

 女子高生を家に連れ込んでないか? 

 いや、連れ込んではない。本人が木造建築の我が家を見たがった――なんて言い訳、世間で通用するとは思えない。

 嫌な汗が流れる。スマホで時間を確認する。

 20時過ぎ。この時間ならギリ大丈夫じゃないだろうか? 

 いや、どうギリなんだ? 俺はその人物が先程まで履いていたグレーのスニーカーに目をやる。

 詳しくはないが、そこそこ価格がするスニーカーだ。そういや胸に抱えていたノートPC。A社製の最新型だ。リュックもスポーツブランドの物だが、安物ではない。しかも真新しい。

 裕福な家の娘なのだろうか。

 それとも、まさか世に言うパパ活……もしや今まさにパパ活が進行してるなんてことはないだろうな……まさか、親切そうな娘だし。

 でも、無警戒に独身の男の家に入り込むだろうか?

 はっ⁉「見てみますか」って言ったの俺じゃないか。

 つまり誘ったのは俺、なのか? 俺はすねのケガも忘れ恐る恐る女子高生の後を追った。居間につながる廊下の先で意外にも彼女は待っていた。

 どうやら閉められた引き戸を勝手に開けて入ることをためらっているようだ。

「どうしたの。入っていいよ」

 パパ活をしている娘を知ってるわけじゃないから、なんとも言えないがこの娘がそういうことをしそうには思えない。

 それに少し不安そうな表情。ここに来て独身の男の家に上がり込んでいる事の危険性に気付いたのかも知れない。

 そうなら、この娘は普通の娘で、好きな古民家にテンションが上がって、つい後先考えない行動に出たのだとしたら、パパ活なんかとは無縁だろ。

「えっと、その……誰かいるんですか、家の人? その電気ついてますよ。ご迷惑じゃ……」

「電気? あっ、これはその帰る前につくように設定してるんだ」

「つくように……灯りを? なんで?」

「えっと、その、暗い家に帰るのって寂しいからね」

「あぁ、それわかります!」

 どうやら俺以外に誰か家族がいて突然押しかけたら迷惑を掛けるんじゃないかと心配してくれたようだ。

 その反応に俺の警戒心は解けた。普通に気遣いの出来る娘。パパ活とか無縁の娘なんだ。

 いや、俺のこのパパ活の知識だってネットのものだ。実際あるかなんてわからない。

「あのあの! いい感じの廊下ですよね! 木製で昔の学校ぽいっていうか、最高です! えっとお兄さんの物なんですか、このお家」

 安心したのかテンション高めで迫ってくる。

 ちょっと前までは若い娘は苦手だったが、幸か不幸か女性新人の教育係をしてる。

 子犬のような彼女をあしらって数ヶ月。意外と若い娘の対応に慣れていた。思えば似たような年頃だろうし。

「祖母の物なんた。えっと、高齢で今は俺の実家で両親と暮らしてる。代わりに俺がここに住まわせてもらってる感じかな」

「めっちゃいいじゃないですか! いいなぁ~うちのおばあちゃんマンションなんですよ、だからそんなに古くなくって、憧れちゃいます」

「ははっ、そうなんだ。でもトイレとかキッチンはリフォームしてるから、そんなに古くないかもよ」

「いえ、逆にそういうのがいいんですよ、何ていうのかなぁ、新旧の融合っていいますか、古い中でも機能的なんて最高じゃないですか! いくら古くても使い勝手悪いと住みにくいじゃないですかって、ごめんなさい。私めっちゃテンション上がってますね」

 ペコリペコリと勢いよく頭を下げる。やっぱ、普通の女子高生って感じだ。なんかパパ活を疑って申し訳ない気持ちになる。

「その、もしよかったら好きに見て回ってもらっていいよ。ちょっと着替えてくるね」

「いいんですか、うれしいです」

 俺は軽く手を振り自室で着替えた。

 家には帰っていつまでもスーツは着ていたくない。来客中なので、少しこましなスェットに着替え居間のソファーに座ってると、彼女が戻ってきた。

 胸元のA社の最新ノートパソコンを握りしめて、なんか言いにくそうにしてる。

「どうしたの? もういいの?」

「あっ、いや、そのご迷惑じゃないならもう少し……その何ていうかプライベートエリアとでも申しましょうか、お風呂とかトイレとか、その……お兄さんのお部屋とか見たいです。あっ、もしえっと、その……エッチな物品があるのなら、その隠してもらって」

「いや、ないから! ないけど、朝起きたまんまだから、散らかってるよ」

「いえ、大丈夫です! その友達、片付けのまったく出来ない友達の部屋とか平気に行きますから」

「そうなんだ」

 汚部屋というやつか。流石にそこまでは汚くない。前の休みに掃除機かけたとこだし。

「いいよ、どこから見る」

「あっ、その前にいいですか?」

「どうしたの?」

「写真とか撮っても」

「あっ、別に構わないよ」

 そんな感じで、予期せぬ屋内ツアーが始まった。


 □□□作者より□□□

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