第2話 同期は課長。あと古民家好きです。
◇主任センパイ目線◇
「センパイ、センパイ! 主任センパイ!」
仕事の終わりが見えたころ、俺のデスクの周りをちょこまかと子犬のように纏わりつく影があった。
今年新卒で入社したばかりの女性社員で、俺は彼女の教育担当をしていた。
押し付けられたと言った方がより正解だろうか。
「今週の週報は書いたのか?」
「はい! 先程先週分をつつがなく、まるっとコピペしました!」
「なにドヤッてんだ。それじゃダメだろ。まだ時間あるんだ、がんばれ」
俺はぶうぶう言う後輩を手のひらで追い払った。
俺は俺で追い込みなんだ。今日は是が非でも定時退社したい。
そんな思いを知ってか知らずか「ぽん」と手を打った後輩女子は俺に近づき耳元で囁いた。
「主任センパイ、課長が宅飲みをご所望ですよ。もちろん娘さんのご指名です~~よかったですね、主任センパイ。ロリ冥利に尽きますね。ちなみに私もわりとロリ枠なんですけど? 合法ロリ? ニシシッ」
カテゴリー的にはロリ巨乳というかチビ巨乳。
このカテゴリーが嫌いなわけじゃないが、この新人後輩は俺の守備範囲じゃない。それはオフィスラブがどうとかというモラル的なモノじゃない。何ていうかガードが低いのだ。
例えば胸を強調した服。谷間が見えそうなブラウス。いや実際見えている。あと胸付近のボタンがなんていうか甘い。甘いというのはボタンとボタンの間から見えるのだ。ブラ的なモノが。
教育係をして数ヶ月もするとこの後輩がどういう性格なのか、なんとなくだがわかる。俺の反応を見ているのだ。しかし残念。いい恰好する訳じゃないがまるで興味がない。胸が大きいのはいい。背が低いのも別に問題ない。
しかしここから先は趣味嗜好とでも申しましょうか。そういうの――胸だったり谷間の話だったりするんだけど、隠してなんぼではないのだろうか。
見えそうで見えないではなく、何かの拍子に『この子意外にデカいなぁ……』という発見が至高であり喜びなのだ。
なのでこの後輩女子のように『大きいでしょ?』は俺的にはない。
あとある時あまりにも俺が興味を持たないものだから『主任センパイ。妹扱いやめてくださいよ~~』的な発言があった。これが俺がこの後輩に異性としての興味を示さない決定打となった。
何故なら俺には芽衣ちゃんという年の離れた妹――それはもう妹の中の妹と呼べる妹がいるのだ。その妹の頂点に立つ芽衣ちゃんを差し置いて、誰がコイツを妹扱いするだろうか?
そんなことは神が許しても芽衣ちゃんが許さない。敢えて言うなら妹という存在、概念、精神に謝れと言いたい。なのでどんなチラリを仕掛けて来ようと、これ見よがしに香水をつけようと俺の興味はピクリとも動かない。
完全なる無なのだ。無の境地。
それになんだ、この意味深な笑い。俺はあきれ顔で言い返す。そんな事より俺の心はここにあらず。
「誰がロリだよ、誰が。早く週報片付けろ。それから、課長の宅飲みは俺はパスな」
「えっ、行かないんですか? 焼肉ですよ、焼肉! 焼きましょうよ、和牛!」
「焼かない。俺は今日は用事があるんだ。それに、そもそもジンギスカン派だ」
「――モフモフさんが好きだそうですよ、課長」
「そんなに言ってやるな。こいつはこいつでレベリングしないとなんだよな?」
そこに現れたのは子犬のような女性後輩とは違い、落ち着きのある大人の女性の声の持ち主。
我が社始まって以来初の女性課長にして、俺の同期。
まぁ、相手は国立大卒で、上げてきた実績も俺とは段違い。しかも早くに結婚して子供もいて、付け加えるなら離婚も経験済だ。
ありとあらゆるものが俺の数歩前を行く。異次元の存在。彼女からしたら俺なんて競争相手にもならない。
「レベリング? 例のゲームの話ですか? ちな課長は地下何階ですぅ?」
「私は地下5階に到達した」
「主任センパイは?」
「地下2階」
「ざこ~! 主任センパイ、雑魚ですよ、雑魚」
「はぁ? おまっ、やってもないヤツに何がわかるんだ、容赦ねぇんだよ、マジで!」
「ふふふっ残念。おふたりの話を聞きまして、話題に付いて行くために、いつまでもはみご暮らしは嫌なんで、始めました!『ダンジョン・ブレイク』通称『ダンブレ』ちなみに、『アイチューブ』の攻略動画を参考にしたわたくし、地下4階ですがなにか?」
『アイチューブ』の攻略動画。
そういや『アイチューブ』で『ダンブレ』の攻略動画、すげー数あるよな。
多すぎてどれ見ていいかわからんくらいある。やっぱし、動画見ながら攻略した方がいいのかもな。
後輩から差し出されたスマホの画面は確かにダンブレで、地下4階層の入り口のモニター画面が写された写真。紛れもなく『ダンブレ』だ。
ダンブレとはいわゆるダンジョン系RPG。
40年近く前に発売された初代『ダンブレ』が3Dでリメイクされた。
中々プレイヤーに厳しく、地下1階層でも平気で全滅する。そして復活を2度失敗したら、キャラはロストされる。
ロスト――つまり消失されるのだ。
せっかく育てたキャラが見るも無残に消えてなくなるのだ。その憂き目を俺はゲーム開始序盤に経験した。
それもあってダンジョン攻略には慎重だ。なので進みが遅いのは仕方ないとはいえ、一緒に始めた上司とかなり後発で始めた後輩にまんまと置き去りにされてるのは、納得がいかない。
つまり益々課長の家で肉を焼いてる場合じゃないのだ。元々速攻直帰して、ダンジョン攻略に乗り出す予定だったのだ。
思わぬ後輩の参戦に俺の帰宅への意思は固まった。
会社を速攻退勤、電車に飛び乗り最寄駅から小走りで帰宅する。ホワイト企業でよかった。そんなことを思いながら家の近くの公園に差し掛かった時、事件が起きた。
◇ショコランティーナ目線◇
「なんか、かえって申し訳なかったですね」
ちょっと年齢がいったサラリーマン風のお兄さんの後に付いて行くと、少し古びた平屋建ての一軒家。
そこの玄関先に通された。明るいところで見たサラリーマンさんは、最初思ってたほどの年齢ではない。
20代後半ってとこだ。申し訳なさげに頭を掻いてる。すっごく人は好さげ。落ち着いた雰囲気が公園の暗がりもあって、年齢がいったように感じたんだな、これ。
それにしても古民家。築どれくらいだろ。築50年なんてもんじゃない。
んん、ヤバい。見たい。出来得るなら見てみたい!
わたくしこう見えて古民家大好き皇女なんだな、これが。
昔友達が夏休みにおばあちゃんちに泊まるって聞いて羨ましかった。ちなみに私のおばあちゃんはマンションなので、私の古民家魂に火は着かない。
「あの、どうしました」
玄関先で伸びあがる私にお兄さんは少し怪訝そうな顔。
うっ、私ったら古民家好き過ぎて無意識で背伸び。家の奥を覗き込んでいた。
初対面の人の家の玄関で家の中をのぞき込もうとするなんて、私ったら不審者だなこれ。
変な誤解を招く前に退散するか。
でもなぁ――おっしゃ、ここは女は度胸ってなことで!
「すみません、私。その超が付くほど古民家マニアでして、つい」
「古民家マニア?」
「はい、その……好きなんです! その木造建築!」
お兄さんは少し考え込んだ。
いや、そりゃそうだ。さっき会ったばかり。しかもケガさせられた相手が古民家大好きアピールって。
いくら何でも謎過ぎんだろ?
初対面の相手に困惑振りまいてどうすんだ、私。
この先どうすんだ? 期せずして私ったらめちゃ前のめり状態なんだが?
会話のボール。思いっきり初対面のお兄さんに預けてんだけど。これってあれか。生殺与奪の権を委ねるってヤツか!
自分の発言に少しだけ後悔をしていたところ、お兄さんから驚きの言葉が。
「その、見ますか? まぁまぁ、リフォームしててご期待にそえるかわかりませんが」
マジか。私はその言葉に甘え、即靴を脱いだ。
□□□作者より□□□
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***8/29 9:00一部加筆修正しました***
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